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いつの間にか悪役令嬢になってます、お嬢様。

「あら、アリスちゃん今日はお休みなの?」


アリスと呼ばれた灰色の髪の女性は、出店の店主に笑顔で答える。


「そう!久しぶりの休日だからおばさんのご飯食べに来たんだー」


「やだ嬉しいこと言ってくれるじゃない!包みパイが焼き立てだけどそれ食べるかい?」


「食べる!今日は何味があるの?」


「今日はね…この前輸入されたばっかだっていう…赤い果実のような野菜?が偶々手に入ったから、それにチーズと燻製肉を入れて包んだのよ」


「あ、あの赤い悪魔とか言われてた野菜ね!アレほんとうに美味しさは悪魔並みだったわ……そこにチーズだなんて…最高じゃん!二つちょーだい!」



ノウン公爵領は南北に広がり、南には港があり北には山脈がそびえ立っているため、海の幸、山の幸も堪能でき、先代ノウン公爵がやり手の貿易商でもあったことから異国の食料や品物が色々入ってくる。公爵邸のお膝元であるこの街は、衛兵や傭兵や見習い騎士達の溜まり場でもあるため、食料や武具に関しては国内随一の品揃えであった。


「はい!包みパイ二つね」


店の女将さんがまだ湯気が立ち上るきつね色の包みパイを一つずつ紙に巻いて渡す。


「ありがとう!んーっ、いい匂い!」


「アリアお嬢様によろしくね!この前来てくださって嬉しかったって伝えといて」


「まかしといてー!じゃあねー!」


アリスは空いている手を振りながら歩き出した。




「………、この包みパイめちゃくちゃ美味しい…どうしよう…2個じゃ足りないかもしれない」


サクサクと包みパイを食べながら真顔で呟くアリス。


「これ家で作れないかなー、うーん、料理長に台所借りていいか聞かないと……

というかこの赤茄子…トマトって言うんだっけ?

コレが凄くいいアクセントになってる…チーズと合う…これは本格的に栽培して作るべきだわ。

確か南西の大陸の山脈地方から輸入したはず……ならば気候や壌土にあまり左右されずに栽培が可能ね……品種改良を重ねて味をまろやかにして、なおかつ大量栽培出来るようになれば料理の幅が広がる…しかも国に流行らせれば輸出で儲かるわね……これは色んな意味で美味しい……」


等とブツブツ考えているアリスは、顔が全然隠しきれていないアリア・ルーナ・ノウン公爵令嬢である。


顔が割れていないこと良いことに、休みになればしょっちゅう街に繰り出して"公爵令嬢付きの衛兵アリス"として様々なお店の店主や女将と喋ったり買い物をしたりして楽しんでいる。

また、他の女性よりもちょっと腕っぷしが強いため、色んな事を物理で解決していくうちに、街の人から慕われるようになっていた。


「いける…!いけるわ!!あのトマトをこっちで栽培できるように計画しよう!そうすれば儲かる!軍資金さえ貯まれば……」


「アリスちゃーん!!!」


声の方向にアリスと呼ばれたアリアが振り返ると、

中年の眼鏡をかけた男性が小走りで近づいていた。


「本屋のおじさん、どうしたの?」


「いやぁ、さっきそこの女将さんにアリスちゃんが来たよって聞いたから…、帰る途中だった?」


「そこの宿屋に馬を預けてたから迎えにいこうとしてたところ。本屋でなんか乱痴気騒ぎでもあった?」


「そうじゃないんだが…、見てもらいたいものがあって」


そう言って鞄からスッと取り出されたのは、淡い桃色の装丁の本だった。



「……なになに?『王太子殿下の恋人は平民』……凄い題名の恋愛小説ね、今流行りなの?」


公爵領は衛兵や傭兵・騎士といった武人を目指す人や、貿易商人を目指す者が多く、そのための学舎も幾つかあるため、識字率が他の貴族領に比べて高い。そのため、民間人でも本を娯楽や学びのために読むことが多く、街の中の本屋は庶民向けの本も多く取り揃えている。

中でも恋愛小説は家同士の結婚が多い女性たちにとって、憧れを想像できると大変人気があった。


「平民や下級貴族の女性の間で人気だって言われて、必死で売り込みに来たから一つだけ試しに買ってみたんだけど……」


「けど?」


「……これ、悪役がどうもうちのお嬢様がモデルっぼいんだよな」


「は?」




『王太子殿下の恋人は平民』の内容をざっくりと要約すると以下の通りになる。

主人公はとても美しく優しい平民の女の子で、母と二人貧しいながらも幸せに暮らしていた。

そんなある日、家に伯爵が押しかけてきて自分の父親であり、母と主人公を迎えに来たと告げる。こうしてただの平民から主人公は伯爵令嬢となり、初めて出掛けた舞踏会で王太子と主人公は互いに一目惚れをする……。


「へぇ…、ここまでは灰被り姫のような素敵な童話みたいじゃない。」


「いやその後が重要でな?このあと王太子に婚約者がいた事が判明して……それが物凄く顔の醜い公爵令嬢なんだよ!」



『王太子殿下の恋人は平民』で主人公のライバルとなる王太子の婚約者、アマリア公爵令嬢は顔がヒキガエルのように醜く、また性格も傲慢で我儘で手に負えないと書かれている。

幼い頃に王太子に一目惚れしたアマリアは、公爵家の財力と権力を使い婚約者にのし上がる。その後も財力と権力を使い、周りを脅したり、没落させて敵を消していっていた。

王太子は彼女との結婚を嫌っており、主人公との密会を繰り返し愛を深めていった。

その事に気がついた公爵令嬢はあの手この手で主人公を虐めていく…。


「最悪……、自分のために財力を使って何になるのよ、民のために使ってこそのお金でしょーが!!というか名前がアマリアって何?一文字違いじゃん!!」


余りの酷さに"私と!!!"と最後に付け足しそうになったアリアは慌てて口をつぐんだ。


「そうなんだよ!アリアお嬢様がこんな事をする人ではないのに…お嬢様を見たことがない人に"これがノウン公爵令嬢だ"と言わんばかりの書き方なんだよ」


「……で、これアマリアは最後どうなるの?皆の前で婚約破棄されて追放とか?」


本屋の店主は、鼻で笑いながら呟いた。


「公爵令嬢がこんなにも醜悪に書かれていて追放で終わると思うかい?」



本のクライマックスで、主人公と王太子の仲が引き裂けないことに堪忍袋の緒が切れた公爵令嬢は王太子の事を好いている男爵令嬢に暗示をかけて狂わせ、王妃の生誕会で王太子を刺すように仕向ける。

王太子が刺されたあと、アマリア自身が救護して命の恩人となり、義理高い王太子を自分から離れられなくしようとしたのだ。


勿論、公爵令嬢の作戦は失敗に終わる。


王太子が刺されたその時、主人公がすぐさま駆け寄り、聖なる力でまたたく間に傷を癒やしてしまう。

そして、隣で見ていたのに何もしなかった公爵令嬢が仕組んだのだと主人公がアマリアに向かって叫び、聖なる力で悪事を暴かれてしまうのだ。

悪事が公になった公爵令嬢は処刑され、主人公と王太子は結ばれて幸せに暮らしましたとさ。



「"聖なる力"凄いわね……何でも聖なる力で解決できるだなんて…いったいどんな呪文なのかしら…というか禁術?」


「感心してる場合じゃなかろう!!!これ!!処刑されてるの!!公爵令嬢が!!わかる!?」


急に大声を出されたのでアリアは一瞬固まってしまった。


「いやぁ、それは解るけど……これは物語よ?事実じゃないじゃない。」


「だけど一般に広まっていいものかね?これを模倣してお嬢様を貶めるような輩が出てくるかも……」


「ないない、だってお嬢様が王太子と会うことなんてないもん。」


右手を顔の前で振り、ため息をつくアリアを本屋の店主は固まった顔で見返した。


「はい?」




「王太子殿下に醜い顔を見せるなって言われたから、舞踏会にも最低限しか出席してないし、王太子が参加する前には帰るって言ってたよ、お嬢様。」


仮にも婚約者なのに、うちのお嬢様への配慮がなさすぎる王太子ってクズでは?と衝撃を受けている店主をよそに、アリアはあっけらかんと述べていく。


「この本みたいに王太子が嫌でもお嬢様をエスコートなんかするわけ無いじゃん、権力とかで脅されてないんだし。それに、お嬢様まっっっっったく王太子殿下に興味がないからね。」


「興味がない」


「一尺…いや、一寸も興味ないね。今はトマトをどう栽培してこの国相手に商売をしていくかに興味があるわ。」


真面目な顔で意見を述べるアリアを見て、店主は思わず吹き出してしまった。


「あっははは!!それでこそ私らのお嬢様だな!次はトマトか…なるほど……」


一度考えたあと、店主はアリアに尋ねた。


「それで、アリスちゃんはこの本をどうしたらいいと思う?私はもう販売する気は無いんだが…」


「そうね……、私が預かっとこうかな。お嬢様に注意喚起ぐらいはしといたほうがいいと思うし。」


まぁ、私がそのお嬢様なんだが。と思いつつ、アリアは店主から本を受け取った。


「なんかすまんね!変なものを見せちゃって」


「いいのいいの!次は東国の群雄割拠の天下統一話とか、神話時代の戦争とか、活気づくような小説仕入れといてね!それか兵法の本!」


「変わってるなぁアリスちゃんは!見つけたらまた教えに来るよ!仕事頑張ってな」


「ありがとう!おじさんもお仕事頑張ってね」




本屋の店主に別れを告げたあと、

今の恋愛小説って人刺すのが当たり前なのか…怖いな、

愛憎って恐ろしい…と思ったアリアだった。



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