相談は手短にお願いします、王太子殿下。
「アリア!」
王女様方との茶会を終えて家に帰るために馬車へと回廊を歩いていたアリアは、自分を呼ぶ声に振り返り、声の主に対してベールの下で嫌な顔をしつつも丁寧に右足の膝を左足の膝裏に入れて身体をかがめる、カーテシーと呼ばれる最上級の挨拶をした。
「これは……我が国の光、王太子殿下に拝謁いたします。」
「そんな堅苦しい挨拶など私にしなくていいのに……、顔を上げてくれ。」
「王宮という、ある意味公の場で王太子殿下に対して礼がなっていないとなれば、公爵家の名折れになってしまいますので。」
王太子に返事をしながら、アリアはゆっくりと顔を上げた。
「……それで、私めに何のご用でしょうか。」
「君に少し相談があるのだけど、いいか?」
「もう日も暮れてしまいますので、また改めて……」
「時間は取らせない!、そうだ、君を馬車まで見送る間喋らせてくれないか?」
アリアはそそくさに帰ろうと王太子の問いに早口で答えていったが、話し終わる前に王太子の言葉で口をふさがれてしまった。
「護衛も付けずに歩いているのだから、私に送らせてくれ。」
「いえ、別に……」
「一人で歩くご令嬢をエスコートしないなど、紳士としてあるまじき行為だろう?。王太子としての面目を保つために、協力して欲しい。」
理に適っている願いに対して反論ができないアリアに対して、レオナルドは
「王家の名折れになりたくはないのだ、頼む。」
と念を押しながら微笑んで手を差し出した。
「……それで、ご相談とはなんですか?」
観念して王太子の肘の上に手を添えてエスコートされているアリアは溜息を吐くように質問した。
「ああ……、アウローラの事なんだが、二週間後の誕生祭から正式に社交界に仲間入りすることになるだろう?」
「十五歳になられますもの。誕生祭がアウローラ王女殿下にとってはデビュタントと同じ、とも言えますわね。」
この国の成人年齢は女性は十七歳とされ、男性は二十歳であるが、結婚適齢期は女性は十六、男性は十八とされている。
子どもができたら成人という認識が根付いているため、成人よりも結婚が早い傾向になっている。
その結婚適齢期までに良い相手を見つけるため、社交界デビューは男女揃って十五歳と定められており、十五から自由に舞踏会やパーティーに出れるようになるのだ。
今年十五になるアウローラの誕生祭は正式な社交界デビューを祝うものでもある。
「そう、だからまだ場馴れしていない。………そんなアウローラが異国から来る婚約者の相手が務まるとは思えないんだ。」
「まぁ……、初めての場で、初めてお会いする婚約者様でしたら緊張してしまうでしょうね。」
「そこで、君にアウローラを誕生祭前からサポートしてほしいんだ。」
「は?」
突拍子もない願いにアリアは顔をしかめた。
アリアはまっっったくと言っていいほど、社交場に出ていないのである。
サポートだなんてとんでもないと彼女は首を横に何度も振りながら早口で断り始めた。
「いやいやいや!!、私社交界なんて年に二回出るだけだし滞在時間は一回十五分あればいい方ですよ??、アウローラ様のお支えなんてとても………!!!、」
「でも、この前の勲章授与式も主役として堂々としていたし、母上の誕生祭の時だって誰にも有無を言わせない凛とした面持ちで、とても美しかったじゃないか。」
「はえ?」
王太子の口から"美しい"という賛辞が出てきたのを聞いたアリアの脳内は大混乱に陥った。
醜いと罵った相手から美しいと言われるなど、ありえない。
アリアは自分の聴力が狂ってしまったのだと考えた。
「立ち姿や動作の一つ一つが丁寧で、マナーも完璧。うん、神々しささえ感じられる麗しさだったと思う。」
王太子の率直な褒め言葉に、自分の聞き間違いだとも言えなくなってきたアリアはベールの下で狼狽えている。
「だから、君にアウローラを支えて欲しいなと思って。……それに、アリアは隣国の言葉も喋れるから何かあったときに通訳できるだろう?」
「そっ、それは王太子殿下も出来るのではなくて?、それにアウローラ王女殿下も隣国の言語は習得されているはずです、私など……」
「同じ女性の方がいいかな、と。私には話せないこともあるだろう?、アウローラを任せられるような素敵な女性が君しかいないんだ。……駄目、だろうか?」
王太子は足を止めて、アリアの見えない顔を覗き込むように見つめた。
後光が射すような美麗な顔を潤ませて懇願してくる圧倒的な美に、アリアは一瞬見とれてしまった。
顔が良すぎる。
鍛えられたことによって更に古代文明の筋骨隆々とした彫刻のように麗しくなった顔が、なんかもう、ズルい。
女だったら傾国の美女だわ。
エスコートしてくれてる腕も凄くがっしりしてて、筋肉の程よい柔らかさがとてもよい……。
はぁ……、これは思わずうん、と言ってしま………
いやいやいやいや!!!!
駄目でしょ。了承したら誕生祭に長居することになるし、隣国の方々と会わなきゃいけない……!!
アリアは脳内でぶんぶんと首を振りながら、危うく美貌に騙されるところだった意識を取り戻した。
「申し訳ございません、王太子殿……」
「まぁ、了承してもらえなくても、母上に頼んでアウローラの側に居てもらうつもりなので断らなくていい。」
「は????」
「そのつもりで、もう既に母上にも話を通してある。」
にっこりと自分に向かって笑う王太子の美しい顔面に先程までみとれていたアリアだったが、今は殺意しか沸かない。
「………ということは、私は"はい"と言うしかない状況、なんですね???」
「そうだな。逃げられると思って先手を打たせてもらった。」
こ の 野 郎 。
こんな時だけ優秀なの本当にどうにかしてほしい。
「すまない、怒っていると思うが……、アウローラと隣国との関係性の為に君の力が必要だと思って……。」
「えぇ、物凄く腹が立ってますね!!、…………ですが、アウローラ様にお付きの方が必要なのは理解できます。」
気持ちを落ち着かせるためにアリアは大きく息を吐いた。
「社交界デビューで外国の方と交流しなければならないのですから、それ相応のご令嬢が側にいるのがいいでしょう。アウローラ王女殿下と歳が近くて仲が良く、隣国の言葉が理解できる礼儀正しい伯爵家以上のご令嬢……」
はて、そんな人物はいたかとアリアが頭の中で探している間に王太子が口を開いた。
「だから、いるじゃないか。」
「え、」
「君だよ、君。」
ベールの下であんぐりと口を開けているアリアに王太子は指をさしながら話を続ける。
「礼儀作法が完璧で美しく、アウローラが姉と慕っている三ヶ国語以上喋れる公爵令嬢だろ?、全部当てはまってるじゃないか。だから、君にアウローラの補佐をしてもらうことにしたんだ。」
「ほ、ほう……??」
「…………、言っておくが、君の佇まいや礼儀作法、語学力はこの国の令嬢の中で一番だぞ。」
「私が!?!?、はぁっ!?」
アリアの驚き方から、この人は何処まで自分を過小評価しているのかと王太子は疑問に思った。
「王妃教育を完遂した唯一の女性なんだから、もう少し自分に自信を持てばいいのに。」
「あっ、あんなもの死ぬ気で耐えて根性で喰らいついていけば何とかなるので誰でも出来ます。私なんて、王妃教育を嫌がらずにやる、という感情以外死んじゃってたので全然駄目ですよ。」
感情が死ぬほど辛いものを完遂するのは常人には出来ないぞ?
と、内心ツッコミを入れた王太子だったが、そう彼女に告げた所でアリアの卑下は止まらないと思い、話を元に戻した。
「ともかく、君は条件にピッタリ合致し、なおかつ母上と父上からも推挙されているから、アウローラのサポートをしてくれ。頼む。」
「…………はぁ。国王陛下からも推挙されているなら、断れませんね。……わかりました、微力ながらお手伝いさせていただきます。」
大きな溜息をついた後、アリアは嫌々ながらも王太子の願いを了承した。
それに応えるかのようにレオナルドの顔がぱぁっと明るくなり、アリアに微笑みかけるように笑い、
「良かった!、ありがとう。じゃあ来週から一週間、王宮でアウローラの側についていてくれ。」
というアリアが予想していた願いとは違う言葉を放った。
「今、なんて????」
聞き間違いでなければ一週間王宮に滞在することが意図せず決まってしまったアリアは、今日一番の驚いた顔を王太子に向けた。




