貴方も知らなかったんですね、恋を。
「………話を整理すると、私が"アリアが好きで求婚しているのか"という質問の『好き』の意味が理解できず、『好き、とは?』と聞き返した、ってことですか…?」
「そう、だな?」
「質問に疑問で返さないでください!!」
煮えきらない答えにファヴィオは思わず声を上げた。
「じゃあレオナルドは、アリアちゃんの事が好きじゃないの?」
「………ティグレと同じように大事で好きで、家族のように愛してる……、とはまた違う、気がして、これが何なのか………。」
「ほぉ………、ならどう思ってる?、アリアちゃんのこと。何で、求婚してるの?」
曖昧な答えしか返ってこない王太子に、ティグレは少し質問を変えて訪ねた。
「………何で、……勿論傍で支えてもらいたいと思ったから、なんだが……。」
王妃教育と称してアリアに王太子の仕事が一部委託されたのを知ったのは婚約破棄されてからだったが、
婚約破棄後、自分の仕事が膨大に増えたことを鑑みるとノウン公爵令嬢はとても優秀な臣下であったことを思い知った。
各騎士団からの報告書を見やすくまとめられていたり、異国からの公文書が訳されていたり等、公務が簡単にこなせるように工夫がされていたのだ。
そんな臣下をみすみす手放す事など出来ない、という思いも王太子の中に存在しているのだが、それよりも、
「彼女が、他の誰かの妻になることが、すごく嫌なんだ。」
という、彼には名前の付けられない想いが心の中で渦巻いている。
「……そう、誰かに取られてしまうのなら自分の妻として、支えて貰いたいし、彼女の顔だって気になる……。信頼している人にだけ、見えるってのも凄く……、自分の中で苛ついていて………、」
「「へぇ……」」
ここまで、鈍感だとは。
ファヴィオとティグレは溜息をつくように相槌を打ちながら、自分の気持ちに気づかない王太子に呆れていた。
「………じゃあ、私、アリアの容姿知ってるし、小さい頃から見てるし、唯一無二の親友なんですけど、そんな部下のことどう思います?」
「死ね。」
「思ったよりも辛辣!!」
ちょっと悪戯してやろうと、ニヤつきながら意地悪な質問を王太子に投げかけて、羨ましいと言わせようとしたファヴィオは、まさかシンプルな単語を返されるとは予想していなかった。
「……私はアリアの怒った顔も、笑った顔も、……軽蔑の顔さえ見えないというのに。
……顔を見ながら笑い合ってるとか、……羨ましいを通り越して刺し殺したい。」
「物騒!!!物騒ですよ!!!、こんなのがこの国の王太子でいいの!?、」
凄まじい形相で主に睨まれた側近は従者を盾にして吠えている。
「……ったく、レオナルドもからかわれてるだけなんだから冷静になりなよねぇ。ちょっとおちょくられただけで、殺意が湧くほどだなんてさぁ……、よっっぽど嫉妬してるんじゃない?」
「……嫉妬?、」
「そうそう。自分よりもアリアちゃんと仲良しなファヴィオ様にヤキモチ焼いてるんでしょ?」
立ち上がってファヴィオに迫る王太子を宥めるようにティグレが放った言葉に思い当たる節があるのか、レオナルドは口元に手を当てたたま動かず悩んでいる様だった。
「現に、誰にもアリアちゃんを取られたくないって言ってる時点で独占欲の塊だし、嫉妬以外の何物でもないじゃん?、アリアちゃんを独り占めしたいんじゃない?」
「……、独り占め………。」
「その声も、顔も、表情も、親愛の証も、自分だけに向けてほしいって思ってない?」
従者が自分に言った言葉をなぞるように、王太子は思いを馳せた。
彼女が、自分だけに顔を見せてくれたら。
彼女が、自分だけに笑いかけてくれたら。
彼女が、自分だけを………、
……愛して、くれたら。
脳内で考えれば考えるほど、王太子の顔が紅く染まって鼓動が早くなる。
自分で名前の付けられない想いがどんどんと膨らんでいく。
アリアしか思い浮かばなくなった頭では、照れる口元を手で隠すので精一杯だった。
「なんなんだ、これ……。この、気持ちは……っ、」
「……心に気がついたみたいだから言うけど、レオナルドはアリアちゃんが好きで、"恋"してるんだよ。」
「恋……?、」
「そ。好きな人に振り向いてもらいたい、好いてもらいたい、ずっと一緒にいたい、自分だけを見てほしい、………愛して、欲しい。
そんな焦れた気持ちが、恋だよ。」
ティグレが説いた言葉がレオナルドのわからない感情に名前をつけ、その名が腑に落ちたかのように、王太子の顔の赤みがひいていく。
「じゃあ、私は……、アリアが好きで、恋してるって……、事に、なるのか?」
「そうですね。……ってか、恋してるから堂々と求婚したりしたのかと思ってたのに恋心も知らない朴念仁だったとは……。」
溜息と共にアリアが可哀想、と呟きながらファヴィオは自分のティーカップにお茶を注いでいる。
「………そういうお前は、恋心を知ってるのか?」
幾度も側近にからかわれた王太子は、仕返しをしてやろうと不機嫌な面持ちでファヴィオに尋ねたが、自信満々な顔で
「勿論。」
と返答されてしまい、目が点になってしまった。
「恋の一つや二つ……、というか現在進行形で恋してますからね。」
「なっ……!!!、だっ、誰に!?」
「……殿下と恋バナする気はないんですけど。」
嫌そうな顔で王太子を眺めながら、ファヴィオは紅茶を口に含み、ゆっくりと飲み終えた後、囁くような声で呟いた。
「………叶う可能性が著しく低い相手です。……それでも、少しでも、私を見てくれるなら………って、ずるずるとまぁ……、長いこと片想いしてますよ。」
「そう、か……。」
「でも、彼女が幸せになってくれるならそれでいいっていう思いも少なからずあるので、結ばれなかったら結ばれなかった時ですね。ま、最後まで諦めるつもりはないですけど。」
どことなく寂しげな笑みを浮かべていたのが幻だったかのように、いつもの皮肉を含んだような笑みでファヴィオは微笑んでいる。
王太子はアリアが自分ではない他の誰かと結ばれることをファヴィオのように容認できると思えず、彼はもしかしたら恋を超えた何が強い想いを持っているのかもしれない、と自分と比べて苦い感情を抱いていた。
「ま!、私の恋心の話は置いといて、問題なのは殿下、貴方でしょ!!!」
「はい…?」
急に指をさされるとは思っていなかったレオナルドは紅茶を飲もうとした動きが止まってしまった。
「あと五ヶ月切ってるんですよ!?、わかってます!?、あと四ヶ月と二週間前後で相思相愛にならないと、結婚できないの忘れてませんか!!?」
「あっ……!!、もう期間がっ……!、」
「うん、これは完全に期限忘れてた顔だね。」
言及されて衝撃を受ける主を眺めながら、従者は悠長な顔で紅茶を飲みながら解説している。
「イベント事に誘うこともなく夏が終わりそうなんですよ?、このままだとすぐ秋になって冬になり、期限切れでアリアが別の人と………」
「それ以上は言わないでくれ!!」
「なら、毎週毎週意味のない手紙を沢山送るのではなくて、会いに行くとか、彼女の気持ちを知る努力をしなさい!!」
「なんで手紙のことっ……!!、ティグレにも言ってないのに……!」
「アリアが愚痴ってるからですよ、『殿下の手紙一文だけしか書かれてなくて何したいのかまるっきりわからない。嫌がらせか?』ってね!!」
「………っ!!!!」
まるで雷が直撃したかのような面持ちのまま、王太子が動かなくなっている。
手紙の愚痴に関してはティグレもアリアから聞いていたので、ごもっともだなと思いながら会話を眺めていたが、まさかそれで相手に好意が伝わっていると思っていた自分の主にちょっと引いてしまっていた。
「殿下がアリアを好きだとわかったので、私もできる限り応援させていただくつもりです。アリアが嫌だと言ったらやめるんですが。」
硬直した主の事などお構いなしに、ファヴィオはそれは置いといて、と話を続ける。
「殿下がこんな朴念仁……、いやまず人の心もわからないクズの状態では支援すら出来ないので、まずは学んでもらいます。」
「言い直しが逆じゃないか??、何故クズに言い直した??」
仮にも君の主だぞ?と言いたげな顔で反応した王太子だったが、クズなのが当たり前かのように自分の側近と従者が話を勧めていく。
「そうだね、口下手とかかわいい言葉使ってたけど、レオナルド本当酷いもんね。みっちりしごくぞ〜!」
酷いとはなんだ、あと意味深な笑みを向けながら腕を捲くらないでくれ。
「業務は勿論継続してもらいますが、これからは身体の鍛錬に気遣う心の鍛錬も入れます。覚悟してください。」
目が笑っていない!!!、目が…!!
王太子は側近と従者の対応に内心ものすごく焦っていた。
「まずは、今日王宮に来るアリアに対して好印象を与えられるようにします。」
「そんなわけで、今までの悪行をまずは叱ってくね?」
「え、叱りから入るのか……?、ちょっ……、ティグレ……まっ……!!!!、」
自分の幼馴染の怒りの鉄拳の味を知るレオナルドは、二度と味わいたくないものを喰らうような顔で声にならない叫びを上げた。
「…っくしょん!!、」
「あら、アリアお姉様大丈夫?」
「……失礼致しました。何やらちょっと寒気がしたみたいで、」
王宮の庭園で王女様方とお茶会をしていたアリアは、何処からともなく走ってきた悪寒に嫌な気配を感じながら、丁寧な仕草で口元をナプキンで拭いていく。
「まぁ、ご無理はなさらないでね。風邪をひいてしまっては大変だわ。」
「ご心配ありがとうございます、アウローラ様。でも私、身体が健康なのだけが取り柄なので大事ないですわ。」
美しい顔を潤ませるアウローラ王女に、アリアは気品あふれる面持ちを保ちながら礼を述べる。
「それよりも、再来週のアウローラ様の誕生祭の事で、何かご相談ごとがあるとお聞きしました。」
「そうなの!再来週はアウローラ姉様十五歳のお誕生日なんだけど、なんと!!、婚約者のフィリップ王子が来国されるんですって!!。」
「イアーリア!」
自分で言おうと思ったのに、と興奮を隠せない妹を窘めるようにアウローラは声を出した。
「隣国のフィリップ王太子殿下が?、それは良かったですね。一度もお会いしたことがないのでしょう?」
「……そう、なの。文通はね、何度もしているのよ?、だけどお姿を拝見したことがなくて……」
指先をもじもじと動かしながら、小鳥のさえずりのような声を少しずつ響かせる姿は、正しく童話の中のお姫様のように愛らしい。
頬を少し染める姿もとても素敵だな……、等とアリアは呑気にアウローラ姫を眺めている。
「だからね、アリアお姉様に、聞いてみたくって、」
「……何をですか?」
「恋って、政略結婚でも芽生えるものなのかしら?」
「………は、」
自分に聞かれると思わなかった質問を前に、アリアの思考は宇宙へと旅立った。




