見破れるだなんて意外と凄いね、レオナルド。
「ギャアアアアアアアアアッ、」
金切り声のような悲鳴とともに、最後の一体が崩れ落ちていき、アリアの足元に死体が増えた。
威勢の良い威嚇を放っていた魔物の群れの影はなく、山のように巨体な蛇の亡骸が積み上げられている。
「は………、強すぎないか…………?、」
ティグレは亡骸の上で剣に付いた血を振り払う女性を呆然と見ながら呟いた。
この護衛は王太子の従者が感嘆してしまうほど、とてつもない速さで魔物の群れを殲滅したのだ。
彼女が剣を一度振れば、魔物の首や胴が落ちた。
まるで野花を手折るかのような軽やかさで、次々と魔物の死体が出来上がり、魔物が反撃を与える隙すらないほどの速さで斬撃を繰り広げていく。
朗らかにステップを踏むように倒していく様は、ダンスを踊っているかのようだった。
見惚れるように彼女の動きを眺めていた王太子はふと、この剣技、どこかで………?、と既視感を覚えていた。
「……王太子殿下、ティグレ様、お怪我は御座いませんか?、救援が遅くなり大変申し訳ありませんでした。」
アリアは血を拭った剣を鞘に戻し、王太子の方へと赴いて、膝をついた。
「いや、衛兵方とティグレ、そして君のおかげで怪我は何もない。顔を上げてくれ、」
王太子の許しを得た護衛は、ゆっくりと立ち上がり顔をあげる。
「君のおかげでティグレも私も命拾いをした、本当にありがとう。」
王太子が感謝の意を込めて、アリアに深々とお辞儀をした。
「なっ、何を……!!、私は務めを果たしたまでのことです…!、王太子殿下、顔をお上げください!!」
ここまで丁寧に感謝されると思っていなかったアリアは、慌てて王太子に近寄り頭を上げるようにと促す。
それに応じるかのように、ゆっくりと頭を上げてアリアが扮するアリスの慌てぶりを見た王太子は、何かに気が付いたように、アリスの腕をつかんで口を開いた。
「君………、もしかしてアリアか?」
「え、」
バ レ た 。
自分の本来の顔を知らないはずの王太子なんかに、アリスが公爵令嬢アリアであることなどわからないだろうと思っていたアリアは開いた口が塞がらない。
「やっぱり!、その剣筋にどこか見覚えがあると思ったんだ!、それに……、この声色に体格、しかも服装もさっきと同じままだったから、君かと……!」
飼い主を見つけた子犬のように喜びながらレオナルドはニコニコと笑いかけてくる。
「は!?、アリスちゃんが、アリアちゃん!?、待って待って!!!、だって顔が見えてるじゃんか…!!、顔がっ………、て、アレ???」
ティグレは頑なに顔を隠し、顔が見えない呪いすらかかっているアリアが、顔を晒したまま自分達の前に現れるとは思わず、アリアの顔を指さした。
が、そこにあったはずの顔がない。
レオナルドに腕を掴まれている女性は、のっぺらぼうだ。
「「顔が、ない!?!?」」
確かに存在して、彼女の表情を見たはずなのに顔が跡形もなく消えていることに驚いた王太子と従者は、思わず揃えて声を上げた。
「……王太子殿下が、私を公爵令嬢であるアリアだと、認識してしまったので呪いが発動したんですよ。」
「なに……??、」
「公爵令嬢アリアの顔は、私が信頼している人以外、誰にも認識されないんです。
なので、アリアだと解ってしまうと、顔が消えちゃうんですよ。
あ、勿論アリスとして認識してた頃の顔の記憶も消えてるはずです。
じゃないと容貌がバレちゃうので。」
「そんな、はずは…………」
王太子がアリスとして見た顔を思い出そうとするにも、顔に靄がかかったようにしか思い出せず、はっきりとした容貌がわからない。
確かに、安堵した笑みを、見たはずなのに。
彼女の表情すら、思い出せないのだ。
「ホントだ………、アリスちゃんと一緒に買い物とかしてたのに全然思い出せない……。」
王太子が言葉を紡ぐ前に、頭を抱えたティグレが声を出した。
「でしょう?、………というか、バレないと思って面布取ってアリスで来たのに……。まさか王太子殿下にバレてしまうとは………。」
「求婚してる相手の声や仕草ぐらい、すぐわかる。」
「なっ………、」
「将来妻になってほしいと思ってるのに、顔以外で見抜けないようじゃ駄目だろう?」
「!!!??!?!?、」
腕を掴まれたまま王太子に思いがけない言葉をかけられたアリアは思考が停止した。
求婚されてるとはいえ、まさか見えない顔を覗き込むようにしながら真顔で"将来妻になってほしい"と言われるなど予想もしていなかったのだ。
これは、嘘だ。
アリアの脳が叫ぶように全身に語りかける。
醜いと罵ってまで結婚したくなかった相手に、妻になってほしい等と言うはずがない。
腹に傷をつけた罪悪感と、私と結婚してしまった方がまだマシだという合理的な判断から私に求婚しているだけなのに、
嫌がらせにも程がある。
アリアは乾いた笑みを浮かべながら、呆れたように口にした。
「………はは、ご冗談を。将来私を妻になんかする気もないでしょう?。」
「なにを……、」
「呪いが解けなきゃ貴方の妻になることもないですし、王太子殿下だって私みたいな醜女を愛してなんかいないでしょう?、それなのに妻になって欲しいだの心にないことなど言う必要ありませんから。」
「そんな……っ、私は……」
声を遮るように、アリアは王太子の腕を振り払う。
「なぜ頑なに求婚してくるのかはわかりませんけど、こんな醜女に嫌がらせをするより、さっさと他の王妃候補様とくっつくのがいいんじゃないですか?」
王太子は何も言い返さず黙って口をつぐんでいる。
その仕草を、嫌がらせしていることが図星で言い返せないのだと捉えたアリアは益々怒りがこみ上げてきたが、満身創痍の衛兵たちの中で叫ぶことでもないと溜息を一つついて、王太子に背を向けた。
「……どうでもいい話を広げてしまい申し訳ありません。さて、衛兵と憲兵団が来るまで、私アリスが護衛して参りますので、どうぞ王太子殿下と従者様は馬車にお戻りください。」
「待ってくれ、アリ……」
「衛兵!、負傷者の手当は終わったか?、毒に侵されたものがいるならば解毒剤で応急処置を取るように。憲兵・衛兵団への報告を頼む。無理はせず、ここで待機するように。」
「はっ!!」
王太子の静止を聞くことなく、アリアは衛兵に指示していく。
「うーん、今日はもう諦めなよ。」
まだアリアに話しかけようとする王太子の肩に手を置きながら、ティグレが止めるように促した。
「だけどっ……、」
「帰ってから王妃様と王女様たちに再教育してもらってからにしな?、このままだと更に嫌われるだけだよ?、ただでさえレオナルド、アリアちゃんにクズだと思われてるんだし。」
「クっ……!?!?、」
いつだって自分の味方だった従者からクズ呼ばわりされるとは夢にも見なかった王太子は目を見開いている。
「何が悪いのかすら判ってないんだから、ちゃんと理解してから再挑戦しようね〜?」
「……………、わかった。」
認めたくはないが、ティグレの言う通りこのまま話しかけても更にアリアを苛立たせる事は確かだと感じた王太子は、顔を歪ませながらも了承した。
「王太子殿下、ティグレ様、出立の準備が整いましたので馬車に………」
アリアが愛馬を引き連れながら王太子達の元へと向かってきたその時、
何十もの兵士が迫ってくる足音が馬車の周りを駆け巡った。
「!、ティグレ様、王太子殿下と共に私の後ろへ!!」
「了解!!」
瞬時に自分の領内の衛兵や憲兵でないことを判断したアリアは、王太子とティグレを庇えるように剣を構えた。
「衛兵!、殿下と馬車の周りに集合しろ。」
「はっ!!!」
ガシャガシャと鎧が動く音がするものの、未だその姿は茂みや森に隠れており確認できない。
アリア達は小さく集まって王太子を見えないように陣を敷く。
ばさ、と旗を振る音と共に旗章が茂みの中から現れ、何処かの騎士団が馬車を包囲するように姿を見せた。
「嘘だろ………、まじかよ………。」
旗章を確認したティグレが、驚愕しながら口を開ける。
「アルバ伯爵の、騎士団だ……。」




