食べたのっ!?嘘でしょ、王太子殿下。
『食べ物と呼べないような汚物を差し出すな!お前が作ったというだけで吐き気がする。』
そう吐き出した王太子の足元に散らばる塵屑は、
せめて少しでも将来の結婚相手と仲良くなろうと決めて、何十回も試行錯誤を繰り返してやっと作り上げた苺ジャム入りのクッキーだった。
何か心の籠った贈り物をすれば、少しは自分に対する嫌悪感が晴れるのではないか。
七歳の少女が幼い頭を悩ませて出した結論は、食べ物としても扱われず、塵芥となって消え去った。
世間を知らない無垢な幼子だったアリアは、自分の努力が実を結ばなかった事と、どうあがいてもこの人から友愛すら貰えないのだという事実に打ちのめされ、涙を堪えて菓子だったモノを床から拾い集めることしかできなかった。
今ならわかる。アレは、悪手だ。
どう考えても、嫌いな相手から手作りの料理なんて貰いたくない。
受け取りたくもないくらい嫌いだったら踏んじゃうかもしれないよね、うん、自分でもそうも思う。
我ながら突拍子もない馬鹿な事を思い付いて独りで傷つくってどうするんだ、と十七のアリアは思い返しながら、今の状況をもう一度振り返った。
王太子殿下が、嫌いな人が作った苺ジャム入りのクッキーを口に含んだ。
十年前と変わっているとすれば、あの王太子が自分の作ったモノを口に入れている、という事。
自分で勧めておいて何だが、まさか食べるとは思ってもいなかったのだ。
勿論、あの時のクッキーよりは美味しい。
何なら食べ物扱いされなかったことに腹を立てて、帰ってから時間があれば菓子を焼いて自分や家族、使用人達のおやつとして配り歩いた十年を過ごしてきたアリアの手作りお菓子は、見た目はイマイチだが味は絶品である。
高級というよりは、庶民的な味ではあるが。
だが、王太子の口に合うかは別だ。
国一番の高貴な家に産まれ落ち、贅に溢れた暮らしをしてきた人に、こんな庶民的なお菓子が口に合うわけがない。
ましてや、求婚しているとはいえ、最近まで大嫌いだった女の手作りお菓子である。
落ち込みすぎてたからって、お菓子なんて渡さなきゃよかったな………。
うん、吐き出されても文句は言えない。
というかさっさと小説に話を戻そう。
アリアは王太子が咀嚼している間、そんなことを思いながら小説の内容の続きを話し始めようとしていたその時、
「うん、美味い。」
と王太子がサラリと呟いた。
「ん??、え???」
「?、何か問題でもあったか?」
困惑したような声色のアリアに問いかけながら、レオナルドは二枚目を食べようと皿からクッキーを取って頬張った。
「このクッキーは本当に旨いな、マカロンも美味しかったが……、なんだろう、懐かしいというか、素朴な味わいが癖になる。」
まるで子供が甘いものを喜んで食べるかのような顔で、王太子はアリアが作った菓子を次々と口に運んでいく。
その様子に、アリアは開いた口が塞がらない。
「このジャムの程よい酸味と口当たりで、飽きることなく食べられるな!、
………これ、誰が作ったんだ?」
「……………、うっそぉ……、レオナルド、作った人わかんなかったの?」
動きが止まってしまっているアリアの代わりに、従者のティグレが口を開いた。
「え?、ティグレ、お前知ってるのか?」
「知ってるも何も………、アリアちゃんの手作りだよ、ソレ。」
「はい……??????」
焼き菓子を頬張っていた王太子の手と口が硬直した。
思考が亜空間にでも到達してしまったような顔をしている状況からアリアは、
あ、コイツ、本当に私が作ったって知らなかったんだ
と推察した。
王太子が普通に食べ始めて何枚も口に頬張ったのも、嫌いな人が作ったものだと知らなければ合点がいく。
うわー、可哀想に。
知らない間に美味しい美味しいってトラウマのような私の手作りお菓子食べちゃったのか………。
まだ思考が亜空間から帰ってきていない王太子を見て、アリアは流石に悪い事をしたと反省した。
「王太子殿下、本当に申し訳ございません。私が拵えたモノ等を勧めてしまい………」
「…………い、」
「はい?、」
「私の方こそ、申し訳ない!!!!!!」
思いがけない大きな謝罪の声に、王太子以外の三人が仰天した。ファヴィオに至っては、うるさすぎて耳を塞いでいる。
「え………、んん?、何が???」
王太子のソレが何に対する謝りなのか、思い付かないアリアは王太子に困惑したまま尋ねてみた。
「………いや、その、昔………、君が丹精込めて作ってくれたクッキーを、貶して、食べずに踏み潰しただろう?」
「はぁっ!?!?!?、アリアそんなことされてたの!?」
しどろもどろ話す王太子の証言に、ファヴィオは我が主ながら何てことをしているんだと声を荒げた。
「昔ね、もう十年も前の話よ。」
アリアはファヴィオの態度など気にせず、王太子の言葉の続きを待っている。
「………そんな風に、君の作ったモノをぞんざいに扱った男に、手作りの菓子を食べられていたら、気が気でなかったんじゃないかと………、
謝って済む訳でもないが………、すまない、アリアが作ったと知らなかったんだ。」
あの王太子殿下から、まさか自分を思いやる言葉が紡がれるとは。
彼の心の底から謝罪を行っているように感じる態度と声色に、アリアは驚きのあまり思考が宇宙に飛ばされた。
「すごい美味しかったから、職人が真心を込めて作ってくれたものだとばかり………、」
しかも、王太子はアリアが作ったものだと解った今でも褒めちぎっている。
何なんだ、これは。
えええええー、王太子って嫌いな相手の手料理も褒められるような人格者だったっけ????
よくわからない。わからないぞ………。
「十年前に、君を傷付けたのに……、その、食べてしまったりして…………、本当に…………。」
無言を貫いているアリアがもしかして怒っているのではないかと思ったのだろう、王太子の声が段々弱々しくなっていった。
今にも泣きそうな顔をしている王太子を見て、
何か勘違いさせてはマズい…!、というか王太子泣かせたなんて不敬罪になる……!!、と驚いて宇宙から思考を取り戻したアリアは頭を高速回転して、上擦りながらも何とか言葉を紡ぎ始めた。
「あああ謝らないで下さい、別に気にしてませんから!!」
「え、」
アリアは咳払いをして喉を落ち着かせてから、王太子に語るように話しかけた。
「……もう十年も前の事でしょう?、そりゃあ苦い思いはしましたけど、
アレは私が手作りだなんていう、重たい贈り物をしたのが悪かったのです。」
「な……、」
「うん、私だって顔が醜くて生理的にも受け付けられないような嫌いな相手から贈られたら、踏むかもしれないし。
だから、王太子殿下に謝っていただく必要はありません。」
王太子が食べたことに対して、確かに気が気ではなかったが、嫌悪感というよりは不安の方が大きかった。
そう思えるくらい、アリアはあの件に関して王太子に対する怒りを所持していなかったのだ。
「……むしろ、美味しいと言っていただけて良かったです。」
アリアは、王太子に向かって微笑んだ。
ベールと魔法に隠されたその笑みがレオナルドの目に映ることはなかったが、いつもと違うアリアの雰囲気に、彼は見惚れてしまっていた。
「それに、確か王太子殿下って苺がお好きなんですよね?、そしたら私が作った拙いクッキーだって美味しく感じるはずだよなぁ……とは思ったので。」
「………今、何と???」
アリアからいちごジャム入りクッキーを食べる許しを貰って、美味しそうに頬張っていたレオナルドは、アリアが自分の好物を知っているという事実に驚いてクッキーを口から離して聞き返した。
「え、苺嫌いでした?」
「いや、好きなんだが………、誰から聞いた?、ティグレか?」
「いやいやいや!、レオナルドがわざわざ隠してる好物なんだから、アリアちゃんであっても言うわけ無いでしょう!?」
急に犯人扱いされた従者は首と手をブンブンと振って、身の潔白を訴えている。
「あ、そっか。苺が好きなのを隠しているのは小説の方の王太子殿下でした!!、てっきり現実の王太子殿下がお好きなんだとばかり…………、んん???」
アリアは脳内で『王太子殿下の恋人は平民』の王太子レオが、苺好きだったのを隠していた事を思い出し、目の前の王太子と似すぎていることに頭を悩ませた。
「えっ………、まるっきり同じじゃん。つまり………、」
レオナルドを一番知っているティグレが、わなわなと震えながら呟き、
「「「「情報漏洩?」」」」
その場にいた全員が、声を揃えた。




