何で平気な顔で刺されたと言えるんだ、君は。
「王太子殿下、よかったですね……これで貴方の婚約者は……、」
「二度と…貴方様の前に、現れません。」
その言葉とともに閉じられた瞳が再び開くことはなく、
王太子が何度名前を呼ぼうと応えることはなかった。
淡い色の、彼女の白銀の髪によく似合っていたドレスが深紅に染まっていく。
止血しようにも短剣は腹の奥深くまで刺さっており、彼女の凝った服に邪魔をされて押さえることすらままならない。
あの時、王太子は徐々に聴こえなくなっていく脈を必死で感じ取りながら、ただただ医者や魔導師が来るのを待つことしかできなかった。
自分を庇った人間の命が、目の前で消えていく。
しかも王太子が忌み嫌い、貶していた人間が、自分を見捨てず命を懸けて守ったのだ。
レオナルドは今思い出しても、これ以上恐ろしい出来事は無いと心が震えた。
「しかも、久々に王太子と出席するって事も小説と同じだったので、小説と同じ展開になるのかなー、とか考えてたら案の定、刺されたんです。」
三人かアリアが刺された状況を思い出して苦い顔をしているというのに、当の本人はあっけらかんと喋っている。
「悪役にあたる私が、男爵令嬢や主人公と接点がなければ何も起きないかなって思ってたんだけど……、主人公みたいな平民上がりの子爵令嬢が出てきたから、一応警戒してたの。」
そしたら大当たりーってね、等と陽気に口にしながらアリアは自分で作った焼き菓子を食べ始めた。
「………君は、何故、そんなにも平然としていられるんだ?」
「え、」
王太子の顔が、自分が刺されて意識を失う前に見た、
あの苦虫を噛み潰したような表情をしている事にアリアは驚きを隠せなかった。
「……想像を絶する痛みだった筈だ。毒だって入っていたんだ、辛かった筈だろう?、それにっ………、」
王太子はまるで自分が毒を盛られたのを思い返すかのように渋い顔をしている。
「死ぬところだったんだぞっ!?、どうしてそんなに平気なんだ!?、私を庇ったせいで君の人生すべてが終わってしまったかもしれないのにっ………」
「物凄く痛かったわよ。生きてきた中で、一番痛かった。」
王太子の声を遮るように、彼女は淡々と呟いた。
「立ってるのもままならないぐらいだったし、頭も回らなかった。
………でも、自分の人生が無価値だと言われた事の方が辛かった。」
アリアは、誰の顔も見ることなく話を続けてゆく。
「貶されようが罵られようが、なりたくもない王妃になった時の為に必死で努力してたのに、私に下された評価は"無価値"。
……その怒りに比べたら、あんな痛み大したことなかったの。」
アリアは十年もの間、次期国王の支えとなる為に、人生を捧げて尽くしてきたのだ。
自分の顔が不出来だから、それが補えるようにと人一倍励んできたというのに、
外部からの評価は相も変わらず、
『醜くて、王太子に纏わりつく嫌らしい公爵令嬢』
というものだった。
十年間、一度も王太子に会わず、手紙を交わすことすら無かったのに、
私のせいで婚約が続行されている、
と世間からは噂され、小説でもそう描かれていた。
そんな中で、アリアを刺した男爵令嬢から、
"お前は無価値だ"と烙印を押されたのである。
腹部の痛みよりも酷い、燃え滾るような熱さで心を焼かれた。
あの苦しみこそ、思い出したくもない。
アリアは昂ぶる感情を抑えるために紅茶を口に含んだ後、いつもの明るい素振りに戻してみせた。
「それに、死して価値を残せて、王太子の妻になることなく、あの過酷な王妃教育から逃れられるなら、死ぬのも別に悪くないじゃない?
ここで死ねたらラッキーだな!、ぐらいには思ってたし。」
何回も言っているように後悔はしてないのよ、と付け足しながら、けらけらと笑うように彼女は喋った。
何事もなかったかのようにアリアは二個目の焼き菓子を頬張っていたが、男性陣は誰も言葉を発せず、まるで葬式の最中のような静けさである。
「だから別にアレは私にとって、恐怖でも思い返したくない過去でもないの。
王太子殿下が気にすることじゃないし、落ち込む事でもないでしょ。」
辛気臭いのに嫌気が差したアリアが励ますも、王太子はうんともすんとも言わない。
猛省し、なおかつ物凄い罪悪感に苛まれているような顔をしている王太子を見て、流石に可哀想になってきたアリアは焼き菓子が乗った皿を王太子にゆっくりと差し出した。
「………………、お菓子、食べます?」
驚いた表情をする王太子を見て、自分が差し出した皿を確認してみたアリアは、
あ、ヤバい……、コレ私が作ったやつだ……。
と口から出そうになるほど自分の間違いに驚愕した。
この薄暗いムードに耐えかねたアリアは、何とかしようと慌てて言葉を紡いだ為、自分が作った方の焼き菓子を王太子殿下に進めるという失態を犯してしまった。
アリアの手作りお菓子を踏み潰した前科のある王太子の目の前に用意された焼き菓子は、ちゃんと料理人が作成したものであり、見た目からして最上のモノである。
そんなお菓子を食べていた人の前に、ビスキュイと呼べるようなふんわりとした食感も高級感もない、ちょっと焦げ目のついた苺ジャム入りのクッキーのお皿を彼女は出してしまった。
アリアは大急ぎで料理人が作ったマカロンを進めようとした。
「あっ、間違えました。こっちを………」
「いや、アリアが出してくれたのを食べる。」
「あ。」
クッキーが入った皿をアリアが王太子の目の前から持ち去るよりも早く、レオナルドはクッキーを一つ取って口に入れた。




