初対面では普通醜女って言わないんですよ、王子。
「こんな顔が醜い女となんか、結婚したくない!!!」
アリア・ルーナ・ノウン公爵令嬢の冷遇は、レオナルド王太子のこの言葉から始まった。
大公と呼ばれた三つの公爵家の一つ、
軍事を司るノウン公爵家の長女として生を受け、貴族としては珍しい恋愛結婚をした両親と兄から多大な愛情を注がれて育ったアリアは誰が見ても愛らしい少女だった。
そんな少女が七つの時、公爵家の中で当時第一王子であったレオナルド王太子と歳が近く、ノウン公爵夫人が王妃の親友であったことからレオナルドとアリアを婚約させることになった。
そんな二人の顔合わせを含めた舞踏会で
レオナルドがアリアに初めて放った言葉が"アレ"である。
「嫌だ!!!何で私が気持ち悪い顔のやつと結婚しろって今から決められなきゃいけないんですか!!」
「二度と私に顔を見せるな!!」
「レオン!!!ご令嬢に失礼だろう!謝りなさい!」
レオナルドは王や王妃の指摘を聞かずにアリアに向かって容姿の悲惨さを叫ぶ。
……いつか、お父様とお母様のような仲の良い夫婦になれたらいいな。
そんなことを思い描いていた少女の夢は、婚約者の罵詈雑言によってガラガラと音をたてて崩れていった。
初対面の王子様に顔の醜さを指摘され、周りの大人たちから静かに嘲笑されていることを認識したアリアは
自分の顔の醜さに悲しみを覚え、今にも零れ落ちそうな涙を必死に堪え……
てなんていなかった。
むしろ王子に対する苛立ちで目を背けていないと
彫刻のように美しい顔に向けて思いっきりアッパーで殴りそうな自分を抑えるのに必死だった。
殴りたい。私に対する不満しかない王子に私も不満をぶつけたい……!!
武人の子は武人。
アリアの父であるノウン公爵は、軍部の頂点に君臨してきた歴代のノウン公爵の中でも随一の武人であり、
まさに軍神とも呼ばれる天賦の才を持っていた。
そんな父を持つアリアもまた、武の才や気の強さが他の少女たちよりも"ちょっと"余分に持っていたのである。
アリアは何でも拳で解決したくなる感情を堪えつつ、どうにかこのクソ野郎と結婚しない道を脳内で必死に考えた。
そうだ!顔がみにくいことを理由に婚約をやめちゃえばいいんだ!そしたら王子の顔を見なくて済む!!
レオナルドがアリアに向けて叫ぶ中、アリアは恭しくお辞儀をして誠心誠意を込めたように謝った。
「…レオナルド殿下、このような醜い顔を尊きわが国の第一王子である貴方様にお見せしてしまい誠に申し訳ありませんでした。
二度と貴方様に顔をお見せするような事は致しませんので
どうかお許しくださいませ。
私と殿下の婚約に関しましても破棄していただいて構いません。
今後、殿下のお目に触れぬよう公爵家の領地に籠もります。
国王陛下、並びに妃殿下にも大変ご迷惑をおかけ致しました。
全ては私の不徳が招いたことにございます。」
僅か7歳の少女から紡がれたとは思えない言葉に舞踏会の中が静まり返った。
「では、私はこれにて失礼いたします。
皆々様、この度は素敵な席を汚してしまい大変申し訳ありませんでした。」
「アリア!」
再度恭しくお辞儀をしたアリアは、両親の呼び戻す声を聞かなかったことにして、レオナルドに顔を見せることなく舞踏会の出口へと走っていった。
そして、彼女はその足で宮廷魔術師に乞い願ったのだ。
『私が愛し、私を愛している人以外には私の顔を"認識できないよう"、呪いをかけてください。』
呪いをかけられたノウン公爵令嬢は、それ以来貴族たちの間で嘲られている。
醜すぎて呪いを被った『醜女』と。