真実の愛を知らないんですか?、公爵令嬢。
「真実の愛の、キス?」
王太子が確かめるように呟いた。
「そうさ、アリアの事を愛し、そしてアリアが愛する運命の相手が口付けをすればいいってわけ。」
私が眠りから覚めるとでもいうのか。
アリアはベルナルティ卿の言葉を聞きながら、もう覚醒してるしお姫様でもないんですけど、と胸底で愚痴を吐いていた。
「きゃーーっ!、なにそれ!?すっっごくステキだわ!!」
周りが驚くような黄色い声を出した王妃は、心を躍らせていた。
「愛している人からの口付けで呪いが消え去って、アリアちゃんの可愛らしい顔がまた見えるようになるだなんて……、御伽噺みたいでときめいちゃうわ…!
ベルナルティ卿はロマンチストなのねーっ!」
まるで夢見る乙女のようにきゃっきゃしている。
「いい年のババアのクセに何がロマン……」
ボスンッ!!
公爵が小声で文句を言い終わる前に何処からともなくクッションがノウン公爵を目掛けて勢いよく飛んできたが、さすがは軍神、間一髪で回避した。
「……何か言ったかね、ノウン公爵?。」
「いえ、何も。」
父親が清々しい笑みでベルナルティ卿の睨みをスルリと躱している事をよそに、アリアはふと思い付いたことを口に出した。
「……それって、お父様とかお母様じゃだめなんですか?、愛してるし愛されてますよ?
今ほっぺたにキスしてもらえば解けちゃうのでは?」
何を馬鹿なことを言っているんだ。
アリアの発言は、そんな顔で全員に呆れられたのである。
「アリア、確かに私もアレッサも貴女を愛してるけど……、その愛じゃないのよ。」
「え?、愛し合ってればいいんでしょう?」
愛に種類なんてあったのか、というたまげた顔でアリアは母に聞き返したため、ローザはこんなにも娘は鈍感だったのかと頭を悩ませながら答えた。
「………なんて言えばいいのかしら、私がアリアに対して注ぐ愛情と、アレッサに向ける愛情はちょっと違うの。」
「ほう……、」
「例えるならそうね………、恋をしてるかどうかかしら。」
「こい。」
そういえば東の大陸にコイという川や池に住み、滝を登ることができれば龍になるっていう魚がいたな……、なんてことをアリアは頭に思い浮かべていた。
「違うこと考えてないわよね?、恋愛の方の恋よ。私はアレッサに恋をして、愛し合って結婚したのよ。
だから………
言い換えるならば、アリアが婿にしたいと思った人にキスしてもらう、
ってのが一番あってるのかしら。」
「婿にしたい人ぉっ!?!?」
かーっ!!!結局は結婚かよ!!!、と心臓が飛び出そうになったアリアだった。
「なんつー呪いをかけたんですか!!!、解く方が地獄じゃないですかベルナルティ卿!!!」
アリアは問い詰めるようにベルナルティ卿の肩を揺すった。
「地獄?、天国の間違いじゃないかい?。アタシはアリアに他人を愛して、新しい幸せを手に入れてほしかったのさ。」
「別に相手がいなくても幸せは掴めるわーっ!!!」
家族以外の他人を愛するなど冗談じゃない、誰も信用できないのだから。
そう考えているアリアにとって、恋などという事は自分には関係のないことだったのだ。
「……こうなったら、本当に修道女になるしかない。」
ベルナルティ卿とは考えが一致しないと諦めたアリアは、覚悟を決めたように言葉を口にした。
「やめてくれ!!!」
王太子はアリアの手をとって強く言い切った。
「……何故?、貴方様は貴方のために私の呪いを解きたいのかもしれないけど、私は解けなくても構わないの。
というか、こんな顔が世に出るぐらいなら解けないほうが良いのよ。」
「………っ、」
「貴方だって物珍しいからってこんな女に構ってないで異国の王女様とか探せばいいんじゃない?。
罪悪感から私と結婚しようとしてるならもう一回殴るわよ。」
「…………け、」
王太子はアリアの手を両手で優しく包むように握り直しながら、呟いた。
「何?、喋るならもう少し大きい声で……」
「もう一度だけ、私にチャンスをくれないか?」
も う 一 回 ア ッ パ ー か ま す ぞ こ の 野 郎 。
猪ですら後退しそうな殺気の籠った目でアリアは王太子を睨んだ。
だが、王太子は怯まずこちらを熱い視線で見てくる。
「あと一回でいい、だから私が君の呪いを解くチャンスをくれ……!!」
「はぁっ!?、何!?じゃあアンタが私に……」
「口付けすることになるな、時が来たら。」
「さいっっっあく!!!!、あ、ヤバい…気持ち悪くなってきた。」
考えただけでもゾッとすることを王太子の口から言われたアリアは、口を手で抑えて吐かないように必死である。
「だめかな?、」
「無理無理無理無理ムリムリムリムリ!!!」
絶世の美人が首を傾げてお願いをしている横で、お願いされている方は口を手で抑えながら首がもげそうなほどブンブン振っている。
わぁ、なにこれめちゃくちゃ面白くない?
二人のやり取りを遠巻きで見ていたファヴィオは笑わないように必死で口を噤んでいた。
「そもそも、私のタイプはお父様みたいな筋骨隆々で強い人が好きなの!!!、アンタみたいなひょろひょろ美人なんて論外なんだよっ!!!!」
「ブハッ!!、」
アリアに大声でタイプ外と言われて衝撃を受けて固まる王太子を見て、ファヴィオは耐えきれなくなって吹いてしまった。
「ひょろひょろ……。」
「お父様の二分の一も上腕二頭筋ないし、胸筋だってヘロヘロじゃない。お兄様よりもペラッペラだわ。」
鼻で笑うかのようにアリアは言葉を吐いた。
王太子は鍛えているつもりだったのに、結婚を申し込んでいる人から手酷いダメ出しをされ、サーッと血の気が引くほど落ち込んだ。
他人から指摘されることがこんなにも辛いとは……、アリアに何てことをしたんだろう。
王太子はまた、自分の馬鹿さに嫌気が差していた。
ノウン公爵は愛娘からタイプだと言われて顔が緩んでいる。
「せめてお兄様ぐらい筋力があって、お父様ぐらいの策略が練れる武人なら婿にしてもいいと思うわ。
でも、そんな人この国に父と兄しかいないから婿探しはしない!!。この話はこれで終了!!」
「じゃ、じゃあ私が鍛えたらダメか!?」
「しつこい!!、ちょっとやそっとで筋肉がつくわけ無いでしょう!、筋肉舐めるな!!」
「きっと君の理想に近づいてみせる…!!」
「体型が理想だとしても中身が理想だとは限らんだろうがーっ!!!」
「そこまでだ。」
中々終らない問答に痺れを切らした国王が、言葉で二人の動きを止めた。
「このままじゃ埒が明かん。どうだろう、アリア殿、期限を決めて王太子に機会を与えるというのは……?」
「期限を?」
いや、何でアイツにチャンスを与えんきゃならんのだい!!、とアリアは内心考えたが、この国の王にそんな口を叩くことは恐れ多いので聞き返すだけにした。
「私に似て頑固な息子だ。君がこのまま修道院に入ったとしても、権力でも何でも使って嫁にすると言いかねんのでな……、期限を設けることでその心配をなくそうかと。」
「なるほど。」
そりゃあ、期限付きチャンスのほうがいい、とアリアは考え直した。
「レオンもそれでいいか?、」
「機会を貰えるのであれば何でもいいです。」
「ならば、期限は………」
「一年!!!!」
国王が期間を言い渡す前に、王太子自ら提案してきた。
「長いわ!!!!、そもそも貴方来年二十歳になるのに結婚してなきゃ他国から笑われるわよ!?」
一年間もこの猛攻に耐えられる気がしなかったアリアは反論した。
確かに、大体の貴族や王族の男性は十八歳で成人してすぐに結婚をする。女性の場合は十六歳が結婚適齢期であり、十七歳を過ぎると行き遅れである。
王族であったら尚の事、結婚は早ければ早いほうが良い。
それを考えると、一年間もこの問題を抱えているのは王太子……、いや王家にとってリスクが大きい。
国王は頷きながら口を開いた。
「アリア殿の言う通りだ、一年は待てん。」
「ならっ………」
「半年後の王太子の誕生祭まで、ってのはどうかい?」
王太子が反駁する前に、ベルナルティ卿が提言した。
「私の誕生日、ですか?」
「そうさ、アンタが十九になるまでにアリアと相思相愛になれば晴れてアリアと結婚。なれなきゃ、国王が決めた相手と結婚すればいい。
そのくらいならアリアも耐えられるだろう?」
「六ヶ月………、まぁ、うん、耐えられるギリギリですね。」
かなり悩ましい顔をしながらアリアは答えた。
「なに、それでも嫌ならアリアはさっさと王太子以外の運命の相手でも見つけて結婚しちまえばいいのさ。」
「!?っ、」
王太子がたまげている間、アリアはその手があったか!!と感心していた。
「成程、俺に似て力がある奴を探し出して婿にすればいいのか……、よし!そうと決まれば大々的に婿探しをするか!!」
「お父様っ!?、なっなにを!?」
急に何を言い出すんだと言わんばかりにアリアは父親に近づいていき、ノウン公爵は近付いてきた娘の耳元で囁いた。
「結婚したい人が見つかればそれでいいし、王太子が敵わないような相手を見つけておいて偽装婚約でもすればいいだろう?。」
アリアは父の提案を聞いて身震いしたあと、ノウン公爵に飛びついた。
「………さいっっこーだわ、お父様!!!凄い!!すごーい!!」
「ははは!!なんせアリアの憧れの父親だからな!!!」
公爵は飛んできた娘を抱きかかえてぐるぐるとまわっている。
「わぁ………、ねぇ、うちの殿下アレに敵う男になれると思う?」
笑いが収まったファヴィオは一緒に傍観者になっていたティグレに尋ねた。
「いや~~、無理がありますよね、あの筋肉。そもそも百戦錬磨の将軍と事務作業が主な王太子ってジャンルが違いません?」
ティグレは笑いながら手を振っている。
「だよねぇ、何か王妃様もまたチャンスが来た……!みたいな感じで燃え始めてるけどさぁ、まずそもそも好感度マイナス二千ぐらいからはじまるのに半年って無謀だよね。」
「………でもまぁ、レオナルド、
一度やると決めたら完璧にやる男なんですよね………。」
「ああ……」
そういえばそうだった。
そんな遠い目をしながらファヴィオはこれ以上面倒事に巻き込まれませんように、と祈ったのだった。




