ダンスをご一緒しませんか?、公爵令嬢。
「急にすみません…!、あの、ここに来るまでにご令嬢方が噂されているのを聞いたので……。」
「ああ、私と公爵令嬢が恋仲で、だから殿下と別れたとか?
全く……、何処でそんな変なことを思いつくのやら。」
幼馴染みとの仲を疑われる呆れた質問に、ファヴィオは溜息をついた。
王太子までとはいかないが、次期宰相候補であり高身長で顔が良く、成人していて唯一未婚の公爵家の男であることからファヴィオの女性人気も高い。ファヴィオはパートナーを連れて舞踏会に来たことがないため、我こそは…!と狙っている女性たちも多かったのだ。
そんな中、王太子に嫌われている醜女がファヴィオをパートナーとして連れてきたのである。
そのため、
『ノウン公爵令嬢は王太子殿下を捨ててディチア小公爵に乗り換えたのかしら。』
『まぁ!心も醜いのね、あの尻軽女。』
等という悪態を、先程からアリアに聞こえるようにワザと話している令嬢も多かった。
「本当は兄にエスコートしてもらうつもりでしたが、都合がつかなくて……、代わりに義姉がディチア小公爵様に依頼してくださったのです。」
「姉の義妹は私の義妹でもありますからね。コイツと恋仲だなんて世界が滅んでもありえませんよ。」
「それ、私に失礼ではなくて?ディチア小公爵様。」
ははは、と爽やかに笑うファヴィオをアリアは咎めるような視線を投げた。
「そうなのですね、不躾な質問をしてしまい申し訳ありません。
………でも、」
とっても仲が良いいんですね。
ヴィオラは最後の言葉を誰にも聴こえないように吐き出した。
「いいんですよ。家族ぐるみで仲が良いものですから、疑われても仕方ありませんし……。
あら、アルバ伯爵令嬢様は今日お一人ですの?」
「あ……ええ。父は用事があるそうで、兄は王太子殿下のお供で忙しいですから……。でも、ノウン公爵令嬢様とお話したかったので……」
「まぁ…、」
めっっちゃ可愛い!!えっ、健気じゃん!?
私を好いてくれるご令嬢とか天使では……!?
頬を赤く染めて話すヴィオラに見惚れながら、アリアは可愛さに悶えていた。
「そうだわ、もうすぐ曲が始まると思うのだけど、ディチア小公爵様と踊ってきたらどうかしら?」
「はい?」
アリアの提案に先に驚いたのはファヴィオだった。
ヴィオラには聞こえないように、ファヴィオはアリアの耳元で講義した。
「ちょっと!どーゆーことだよ!お前のエスコートしに来てるんだぞ!?」
「恋仲だって疑われたままでいいの!?、チャンスよ!これはチャンス…!、しかもアルバ伯爵令嬢様お一人できてるのよ!?可哀想じゃない!」
「あの……、よろしいんですか?」
ひそひそと会話する二人に弱気な声でヴィオラは問いかけた。
「ええ!勿論。私、療養を終えたばっかりですので出来ればダンスは踊らずゆっくりと過ごしていたいの。それにディチア小公爵様を付き合わせるのは心苦しくて……」
アリアはファヴィオの腹を肘でぐいぐい押して、はよ誘わんかい!!と促した。
「……アルバ伯爵令嬢様がお嫌でなければ、私と踊ってくださいますか?」
「もっ、もちろんです……!」
ファヴィオが差し出した右手に、ヴィオラは少し照れながら初々しく手を重ねた。
「まぁ、本日の主役は踊らないのね!さすが、醜女だわ。」
「折角パートナーとして付いてきてくださったのに……、ディチア小公爵様が憐れだわ…」
「あんな無作法な女によく王太子殿下も耐えていらっしゃってましたわね…。」
なーにが、さすが醜女だ!?、支離滅裂じゃない。
ファヴィオとヴィオラの麗しいダンスを見ている自分の近くで、クスクスと自分の悪口を聞こえるように放つ令嬢たちに嫌気が差したアリアは、心の中で悪態をついていた。
踊ってたら男に色目を使う…とかって言われてただろうし、踊らなかったら踊らないで悪口言ってくるのね。
皆私となんか喋ったこともないのによく罵詈雑言が思いつくわ……。
「私の命の恩人に対して、今何と言った?」
令嬢たちの声が止まったのを不思議に思ったアリアが声の方を向くと、令嬢たちの中に金髪の男性がまじっていた。
「れっ、レオナルド王太子殿下……っ、違うんですの、これはっ…!!」
「おや、今夜の主役を罵っておいて言い訳をする気なのか?
どっちが無作法な女なのだろうな。」
「っ!!、で、ですがっ……!ノウン公爵令嬢様は先日まで王太子殿下と婚約されていたのに、ディチア小公爵様と出席されているのですよ!?、無礼にもほどがありませんか!?」
「公爵令嬢は兄が来れない代わりに義兄にあたるファヴィオに出席を依頼したと聞いている。
四ヶ月も前に婚約を破棄しているのに、私にとってなぜ無礼になるのだ?。」
お前達の言動のほうが私にとって無礼じゃないか?と言わんばかりの視線で王太子に睨みつけられた令嬢たちは、声を発することができなかった。
「彼女は君たちのように誰かを卑下にすることはないし、君たちが半月も経たずに逃げた王妃教育を十年間やり遂げた芯のある強い女性だ。
敵うものが無いからといって、人を貶めるのはやめたらどうだろうか?」
「な……、」
「では失礼する、命の恩人を嘲る輩と会話することはもうない。」
冷酷な眼差しで一蹴された令嬢たちは、蒼白い顔で下を向いたまま動かなくなっていた。
アリアは一連の王太子の言動を、一応諌めてくれたんだ…、と感心して見ていたが、王太子がこっちに迫ってきている事に気が付いて、内心慌てだした。
なっ、何でこっちに来るのよ……!!!くるな……!!
お前のほうが階級高いから喋りかけられたら返さないといけないだろうが!!!
これ以上私を目立たせないでくれーーーーっ!!!
「ノウン公爵令嬢、この前は私の命を救ってくださり本当にありがとう。心より感謝申し上げる。」
王太子が自分にお辞儀をしたことによって、アリアの願いは虚しく消え去った。
「レオナルド王太子殿下、ご足労いただき誠にありがとうございます。
臣下であれば、貴方様を御守りするために命を賭すことなど当然なこと。私には勿体ないお言葉です。」
アリアは丁寧にお辞儀を返した。
国の剣であり盾でもあるノウン家に生まれたアリアにとって、女であれ王族や民を守る事に重きをおいているため、命を張るのは当たり前であり、
王太子の婚約者であればなおのこと、それで死んでも悔いはなかったのである。
それを知らない王太子にとって、アリアの言葉は自分を遠ざけるモノに聞こえていた。
「……それでも、私は君に感謝したいんだ。
レオナルド個人としての言葉として、受け取ってくれないだろうか…?」
「……困りましたね、そう言われてしまいますと受け取らない訳にはいきません。
わかりました。貴方様からの感謝の言葉、有り難く頂戴いたします。」
「それは良かった。」
レオナルドはあでやかに微笑んだ。
この男、顔だけは本当に整ってるな……。
中性的で天使とかの彫刻であってもいいような顔なのよね…。
この顔じゃ、好みの令嬢がいなくてダンス全制覇するわけだわ……。
見惚れるというよりかは、芸術作品の解析をするような目でアリアは王太子の顔を眺めていた。
「……ところで、君は踊らないのかい?」
「はい?」
話が途切れたため、会話が終わったっぽいからファヴィオを探しに行こうかなー、と考えていたアリアに向かって、王太子は唐突に尋ねてきた。
「君のために開かれてる舞踏会なのに、次で最後の曲だろう?
気は乗らないと思うが、一曲ぐらい踊ってみては……?」
「ああ、なるほど……」
確かに、めっっっっちゃ開催してほしくなかったが、自分のために行われている舞踏会である。
主役が踊らないというのも変な話、ここは一つファヴィオと最後だけ踊れば………
と考えたアリアは首を左右に振りながらファヴィオを探した。
「そうですね…、最後の一曲ぐらいパートナ……」
「どうか私と踊っては下さらないだろうか、ノウン公爵令嬢様。」
パートナーと踊ります。
とアリアが言う前に、王太子はアリアの前で頭を下げて右手を差し出した。
「お、王太子殿下!?、何を……!?」
本当に何をしてるんだお前は。
驚きのあまり、声が少し裏返ったアリアであった。
「婚約者ではないが……、また君と踊りたいんだ。駄目だろうか?」
その顔で上目遣いすれば許されると思うなよ!?
私が好きなのは筋骨隆々のお父様みたいな人だ!!
お前みたいなひょろひょろイケメンにやられるかバーカ!!
等と悪口を心のなかで唱えて断ってやろうと思っていたアリアだが、そうもいかなかった。
ほぼ全ての貴族が、こちらの様子を伺っていたのである。
何でこっち見てるのよーっ!!!
確かに今夜の主役が婚約破棄した相手にダンス申し込まれてるんだもんね!!そりゃあゴシップのネタだわ!!!
男性貴族からは好奇の、貴婦人方からは青春を懐かしむ眼差し、そしてご令嬢方からは今にも射殺されそうな羨望の眼差しで見られている。
見つけたファヴィオに助けを求めようと思ってアリアは目線を送ったが、
帰ってきたのは親指を上げて健闘を祈る…!という合図だった。
あの野郎……!!!覚えとけよ!!
どうあがいても絶望じゃねーか!!!!
一緒にダンスを踊ればほぼ全てのご令嬢を敵に回す、だが断れば王太子殿下の願いを断った令嬢というレッテルが追加される……。
どっちに転んでも不利益にしかならない選択を迫られたアリアは、ええいままよ!と回答した。
「私で宜しければ是非、よろしくお願いいたしますわ。」
アリアは渋々、王太子の手を取ったのだ。
「ファヴィオ殿」
「おや、ノウン公爵様、お久しぶりです。」
端の方でアリアと王太子の踊りを眺めていたファヴィオは、隣に並んできたアリアの父にお辞儀をした。
「今日は娘のパートナーになってくれてありがとう。だが……」
「最後のダンスに関しては王太子殿下の命なのでお咎めを受けるつもりはありませんよ?」
公爵の声に被るように、ファヴィオは答えた。
「……殿下の命だと?」
「ええ。私がパートナーになることを容認する代わりに、最後のダンスは譲って欲しいと言われたので。
……まぁ、殿下に容認されてもって思いましたけど、恨まれると後が怖いんでね。」
「なるほど……。しかし、その前のダンスはどう言い訳するつもりかな?」
「あれはアリアお嬢様のご命令なんで、娘さんに言ってくださーい。」
「随分としらを切るのが上手くなったな。
……ところで、このまますんなり閉幕になると思うか?」
公爵は鋭い目つきでファヴィオに瞳を向けた。
「おや!、殿下の様子がおかしいのがわかるなんて、やはり稀代の将軍様は違いますね。
……絶対何か企んでる顔ですよ、アレは。」
「……だよなぁ。いやぁ、心配だなぁ……王太子の身体。」
そっちかい!!!!
予想外の言葉に驚いて思いっきり公爵の方に首を動かしてしまったファヴィオだった。
「何かあったら君の監督不行き届きにしようと思ってるのでな!。場を収めるのに協力してくれたまえ。」
ファヴィオの肩を掴んで、にかっと爽やかな笑みを浮かべる公爵を見て、
こいつーっ!!!将軍ってより策士じゃねーか!!
とファヴィオは内心喚いた。
「ははは!!!、一蓮托生だ、一蓮托生。」
ファヴィオの考えを見透かすかのように、ノウン将軍閣下は笑い飛ばした。
「こんな一蓮托生は嫌ですよ……。」
ファヴィオは溜息をつきながら、
どうか我が主よ早まらないでくれ……!
と祈ったのである。
「……体の調子はもう平気なのか?」
ラスト・ワルツを踊りながら、王太子はアリアに問いかけた。
「お陰様で、もう傷口も塞がっております。」
体の調子を心配するならダンスに誘わないで欲しかったと思いつつも、アリアは社交辞令を述べた。
「……貴女の身体に、癒えぬ傷跡を残してしまったこと、本当にすまなかった。」
「はぁ?」
悔しさと罪悪感が入り混じったような顔で苦しむ王太子に対して、アリアは苛立ちを覚えた。
「王太子殿下?、何度も言っておりますが臣下として王太子を守ることは当然のこと。
私が女であろうがなかろうが、それはどうだっていい。
私は国の為に、貴方様を生かす道を選んだのです。
仮にあそこで死んでいようと後悔なんてしません。」
ベール越しで見えない顔から、王太子は強い眼差しを感じていた。
「それに、私は生きていますし、王太子殿下は傷一つ負っていないではありませんか。
それだけで儲けものです。
あの傷跡は私の勲章の一つになりましたし。」
「………そういう、ものなのか?」
「ええ。私は王太子殿下を命を賭してお守りできたことを誇りに思っております。
だから、王太子殿下が悔いる必要はありません。
貴方様は、次に王になるものとして国や民の事だけ重んじればいいのです。
臣下は貴方様に未来があるのであれば、勝手に支えてついていきますから。」
「なるほど……、努力しよう。」
「………元婚約者からの、最初で最後の助言として心に留め置いてくだされば幸いです。」
そう言葉を発しながら、アリアは踊りを終えるお辞儀をした。
もう、会うこともないだろうが
王太子が語り継がれるような良き国王になることを祈っています。
という想いを込めて、公爵令嬢はとても美しい礼を王太子に捧げた。
「アリア」
お辞儀を終え、王太子の元から去ろうと向きを変えたアリアの右手を王太子が引き留めた。
「……なんでしょうか?」
王太子の方に向きを戻したアリアの前で、両手でアリアの右手を握りしめた王太子はゆっくりと跪いた。
「ノウン公爵令嬢アリア殿、どうか私と結婚してくれないだろうか。」




