勲章授与式という波瀾の幕開けです、英雄になったお嬢様。
王太子殿下を庇って刺殺されかけてから四ヶ月後、
アリアへの勲章授与式が王都で開かれていた。
本来は一ヶ月も経たずに開かれるはずであったが、アリアの体調が回復するまで延期となったため、四ヶ月もの時間が空いたのである。
危険を顧みず、命を懸けて王太子を護ったご令嬢としてアリアは庶民の中でも特に中産階級の皆様と男性貴族の間で、かっこいい…!と人気の的になっていた。
だが、中級貴族やご令嬢方は元々アリアに対して『王太子に嫌わている醜女』というイメージを抱いているため、今回の勲章についても『キズモノ』が貰うだなんて……と、不快感を表している者も多かった。
そんな感情がごちゃまぜになっている場所に、アリアは主役として立たされることになったのだ。
アリアは勲章授与式への招待状を貰った際、
内心勲章なんているか!もう矢面になんて立ちたくない!!いやーっ!!
と喚き散らして王太子に丁重に断りを入れていたが、
二人の攻防戦に痺れを切らしたファヴィオの
『これが終わったらもう舞踏会に出ることも無いんじゃないか?』
という口車に乗せられて、何とか勲章授与までは使命を果たしたのである。
「お前の口車になんか、乗るんじゃなかった………。」
大広間に入る廊下の前で、アリアは今にも吐きそうな顔で呟いた。
「もう乗っちゃったんだから下車は出来ないでしょ、さっきまでの完璧な公爵令嬢は何処に行ったのやら。」
アリアは両陛下と重職貴族達の前で堂々と勲章を授けられた。
その姿は誰にも醜女と呼ばれた公爵令嬢だと思わせないほど力強く美しく、王座のステンドグラスから射し込む光と合わさった姿は神々しさすら感じられたという。
ファヴィオは隣で嫌そうな顔をしているアリアの容姿を再確認した。
軍服のブランデンブルク飾りのような銀糸の留め具で胸元を覆った真っ白な立襟のコタルディ型のドレスの上から、ノウン家を象徴するような深縹色のドレスを羽織っている。
袖はハンギングスリーブになっているため、腕にフィットし手の甲まで覆う白い袖と、深縹色の垂れ袖のコントラストが美しい。
白銀の装飾ベルトでドレスを胸元で止め、スカート部分は緩やかな円形を描いて広がる引き裾になっている。
手の甲、垂れ袖と裾の端に、王妃殿下より戴いたヘッドドレスと合わせた刺繍が銀糸で施されており、
白乳色の魔法のベールをヘッドドレスで止め、顔と髪を一枚で覆っている。
華やかさよりも、勲章を受けるものとして、また左胸に勲章を付けていても恥じない装いになっていた。
確かに、アリアは顔も含めて豪華絢爛な麗しさではなく、清楚秀麗な美しさを秘めている為、女神のように見えたんだろう。
まぁベールの下で嘔吐しそうな顔をしてなければの話だけどな、とファヴィオは鼻で笑った。
「馬子にも衣装だよなぁ……、本当お前のその吐きそうな顔が誰にも見られなくて良かったな。」
「私まだ吐きそうな顔してた…?、直したつもりだったんだけど…。」
「かなり口角下がってるぞ、せめて眉と同じく垂直にしとけよ。もうすぐ舞踏会ですからね、ノウン公爵令嬢様?」
「あーー、ファヴィオが居てくれてよかった…!
お兄様に頼めなかったから一人で戦場に赴くのか……って思ってたの。」
「よかったなぁ、私がパートナー引き連れて舞踏会に行く男じゃなくて。
てか、王太子に頼めば……」
「は?嫌われてんのに?、てかこの前婚約破棄したばっかでしょ。」
アリアは食い気味でファヴィオの言葉を否定した。
「………めちゃくちゃ殿下に恨まれたんですけど、私。」
ファヴィオはアリアに聞こえないような声を溜息とともに吐き出した。
アリアは父か兄と舞踏会に参加しようと思っていたが、
ノウン公爵は夫人と参加することとなっており、
兄ジルベルトは妻と産まれたばかりの子供から離れたくないので留守番します!等と言ったため、アリアは一人で出席しなければいけない危機に瀕した。
そこでアリアは兄ジルベルトに私のパートナーになってくれそうな男を探せ!!と駄々をこね、
姉に逆らえないファヴィオに白羽の矢が立ったのだ。
義兄と姉から頼まれ、更に妹分でもあるアリアからも追い詰められたファヴィオはパートナーとして出席することとなったが、
その後が地獄だった。
側近の仕事をする度に、何処かでアリアのパートナーを知った王太子にちょくちょく睨まれたからである。
「なんか言った?」
「いや何も。あ、入場だって。」
「あとで必ず埋め合わせはするんで、よろしく頼んだ!」
「はいはい。」
気怠そうに返答するファヴィオの言葉が終わった時、入場の号令と共に大広間の扉が二人の前で開いていった。
「この度は勲章授与おめでとう、ノウン公爵令嬢殿。」
「ディチア宰相閣下、公爵夫人お祝い戴きありがとうございます。
また、小公爵殿をお貸しいただき本当に感謝しております。」
国王夫妻に挨拶を終えたあと、アリアはファヴィオの両親であるディチア公爵夫妻から声をかけられていた。
「あら、いいのよ。どうせパートナーを付けずにほっつき歩く息子なんだし、貴女の義理の兄でもあるのだから。ビシバシ使ってやって頂戴。」
「母上……。」
使われたくないんですけど、という抗議の目でファヴィオは母を見ていた。
「兄より是非また遊びにいらしてください、と言伝を預かっております。本日兄は欠席して公爵邸に居りますので。」
「まぁ、ソフィアの為にかしら?。出来た旦那様だわ〜!、そのうちお伺いするとお伝えしておいて。
産後にどれだけ優しくしてくれたかで、旦那の価値が大きく変わるのをわかってるのね〜!!」
思い当たる節があるのか、宰相は顔を強張らせて咳払いをし、早めに退散しようと考えた。
「それじゃあ、私達はこれで失礼しようか?。まだ今夜の主役と話したい方は沢山いるだろうし。」
「あら、残念だわ。ファヴィオ、ちゃんとエスコートするのよ?」
「任せといてくださーい。」
ファヴィオはひらひらと手を振りながら、両親が離れていくのを見送った。
「ノウン公爵令嬢アリア様、ディチア小公爵様。」
二人を呼ぶ奥ゆかしい声が聞こえてきた。
「まぁ、リッジュ公爵代理ベネディッタ様。お久しぶりにございます。」
アリアとファヴィオは声の主であるベネディッタにお辞儀をした。
この国の公爵家は武力を司るノウン、政治を司るディチア、そして法律を司るリッジュの三つに分かれている。
リッジュ公爵家は代々憲法と法律を司る裁判官長を輩出しており、法において知らないことはなく、法を侵すことは王であろうと決して許さない。
他のニ家は国王に忠義を尽くしているのに対し、リッジュはこの国の法に対して忠義を尽くす家柄である。
その中立性を保つために、一族の政治的関与は一切許さない。舞踏会にも王族の誕生祭など最低限しか参加せず、リッジュ家に嫁や婿として入る場合は今までの家族との縁を全て切らなければならない。当然、逆も然り。
先代公爵夫妻が若くして亡くなり、後継者であるベネディッタの弟が幼かったため、成人するまで後継者の姉であるベネディッタが当主の代理をしている。
「この度は勲章授与、おめでとうございました。……お身体の具合はもう大丈夫なのかしら?」
艷やかな黒髪を一つに纏め、黒曜石のような瞳でベネディッタは不安げに尋ねた。
「ご心配ありがとうございます。もう完全に傷口が塞がりましたので、つつがなく日常を送れています。」
「今日の装いは髪色と瞳も相まって一段とお美しいですね。……公爵令嬢に合わせられたのですか?」
ファヴィオはふんわりと笑みを浮かべながらベネディッタの装いを眺めた。
「あら、お気づきになられました?。この前のドレスが素敵だったから、真似てみたの。どうかしら?」
漆黒に染まった三角錐のヴェルチュガダン・シルエットのドレスに、金糸で綺羅びやかな刺繍が施され、宝石と真珠を使った飾りロザリオが揺れている。
デコルテ部分は鎖骨が美しく見えるよう開かれており、ヘッドドレスは縁を真珠で彩っている。
「ベネディッタ様に似合うようアレンジがなされていてとても素敵です。まるで夜の女神のようだ。」
「ふふ、小公爵様はお世辞がお上手ね、ありがとう。」
いつもは凛として顔色を変えない美人が、頬を染めて笑っているのにアリアは見惚れていた。
「今日のノウン公爵令嬢様のドレスもとても素敵ね。機能性が優れていて、派手でなくても今日の主役の装いに相応しいし、ハイウエストなのも良いわね。」
「お褒めいただきありがとうございます。
ハイウエストなのは、あの事件以降お腹をきつく締めたくないので……。」
事件というよりかはコルセットの締めすぎがトラウマになっていたので、コルセットを付けたくなかっただけである。
「そうだったの、不躾な事を言って申し訳ないわ。」
「いえ!、褒めていただけて嬉しかったのでお気になさらないで下さい。」
「そうかしら……あら、もうすぐダンスが始まる時間ね。
私はそろそろお暇するわ。貴女様にお祝いが言えてよかった。」
「こちらこそ、ご足労いただき感謝申し上げます。」
アリアの礼に答えるように、ベネディッタはお辞儀をして大広間を去っていった。
「あーあ、今日こそダンスに誘おうと思ったのになぁ。」
ベネディッタが去ったあと、ファヴィオは溜息をついた。
「これで何連敗目?、というかリッジュ家の方々が曲が始まるまで残ってることって少ないんじゃない?」
「そもそも舞踏会では会わないよな。んー、職場でも会う機会が少ないけど………、おや?」
ファヴィオはアリアの近くに一人の少女が近付いてきたのに気がついた。
「アルバ伯爵令嬢、ご無沙汰しております。」
「ディチア小公爵様、お会いできて光栄にございます。」
ファヴィオに声をかけられた少女は、二人に向けて丁寧なお辞儀をした。
「こちらはアルバ伯爵令嬢ヴィオラ様。よく王宮図書館に通って来てらっしゃってて、そこで知り合いになったんだ。」
「アルバ伯爵……、ということはティグレ様の妹君かしら?
いつもお兄様にはお世話になっております。ノウン公爵の一女、アリア・ルーナ・ノウンでございます。」
「ノウン公爵令嬢様、初めてお目にかかります。アルバ伯爵の一女、ヴィオラ・ディ・アルバにございます。
この度はおめでとうございます。」
互いに会釈をした後、アリアはヴィオラの愛らしさに絶句した。
かっ……、かわいい!!ティグレ様は見た目が猫の子犬だけど、ヴィオラ様は子猫!!子猫だわ……!
儚げで守ってあげたくなるような可憐さ!、御伽噺のお姫様…というか、恋愛小説の主人公でいそうな見た目だわ…。
雰囲気はティグレ様にも似ているけど、容姿はお母様似なのかしら?
茶髪に藤色の瞳の兄ティグレとは違い、クリーム色の緩やかなウェーブの髪に菫色の潤んだ瞳。まるでお人形のように整った顔から生みだされる微笑みにアリアは目を奪われていた。
「私もあの舞踏会に出席していたのですが、ノウン公爵令嬢様の行動は本当に凄かったです…。あんな形相の方が剣を持って走ってきたら、私……動けなくなってしまいそうですもの。」
「いえ、あの時は必死だったので…。それに、私はノウン家の生まれですから少しは武の心得がありますの。そのお陰ですので、私が凄い訳ではありませんわ。」
ああっ…!そんな憧れの眼差しを向けてくれるなんて…!!
可愛すぎる……!
遠くの方でご令嬢方にめちゃくちゃ睨まれてるのが浄化されるわ……
キラキラした眼差しに圧倒されつつも、公爵令嬢としてきっちりと返答するアリアであった。
「武術の心得もお持ちですのね…!、素敵です…。」
「ほんの少しですけれどね、褒めてくださって嬉しいですわ。」
ファヴィオは隣で高貴に微笑むアリアに向かって、魔物ぶった斬る令嬢のどこが少しなんだよ!?と心の中で突っ込んだ。
「ところで、その……、ノウン公爵令嬢様とディチア小公爵様はどういったご関係なのですか?」
「「は?」」
申し訳無さそうにもじもじと話し始めたヴィオラの言葉が、あまりにも予想外だったため、アリアとファヴィオは二人で同じ言葉を発してしまった。




