今度こそさらばだ!あばよ、王太子。
「………今、何と言った……?」
三分ほどの沈黙を破ったのは、アリアの手を握りしめる王太子だった。
「婚約破棄です、婚約破棄。貴方様と私の。」
何故絶望したような顔でこちらを見てくるのか。
国王陛下も無言を貫き通すのをやめて!!
王妃殿下に至っては失神してもおかしくないような顔をしないでほしい!!
さらりと王太子に返答したものの、アリアの内心は場の空気に耐えるので必死である。
「なんで、破棄すると…?」
王太子が私を嫌ってるからだよ!!!
と怒鳴りたい気持ちを抑えて、アリアはそれらしい理由を述べることにした。
「今回運良く生還できましたものの、私の腹には見るに堪えない傷痕がございます。侍医から一生治らない痕であると言われたと、母から聞きました。」
短剣は柄の近くまで根深く刺さっていたらしく、更に毒によって膿んだことにより宮廷魔術師であってもアリアの傷痕は消せないものになっていた。
「私はご存じの通り醜女でございます。その上、傷ものであっては王太子殿下のお相手に相応しくありません。
元々、王太子殿下との仲は良くありませんでしたし、身を引くつもりでしたので、これを気に婚約破棄していただければ幸いでございます。」
「私を庇ってついた傷だろう!?、私は気にしない!だから……」
「殿下、契約書にサインしましたよね?、拇印、押しましたよね?」
アリアは強く握ってくる王太子の手をこれでもか!という馬鹿力で握り返して、お前約束したよな?という視線で睨んだ。
「押したけどっ……これは……」
「元々婚約破棄するつもりだったんで、あの時から願い事変えていません。契約不履行にでもするおつもりですか?」
「元々婚約破棄を望んでたのか!?」
あたりまえだ。
「ま、まぁ…アリア殿、婚約破棄については追々……」
「陛下、先程二言はないと仰いましたよね?」
言っちゃった、
そんな顔をしながら国王は口を手でおさえた。
「王太子殿下には嫌われている、醜女でキズモノの女との婚約など、破棄した方が良いに決まってるでしょう!、どこに破棄したくない理由があるんですか!?」
「私が破棄させたくないんだもんんん!!!」
まさかいつもおとなしい王妃様が今頃駄々をこねると思わなかった一同は、呆気にとられていた。
「だってぇ……、白薔薇の君のご息女よ!?小さい時からとっても可愛らしくて、私の可愛いレオンと一緒になったらいいのにってずっと思ってたのにぃ……。
こんな……こんな……っ!」
半分泣きじゃくっている王妃をよそに、アリアは一点疑問を感じた。
「あの……、『白薔薇の君』とは誰のことです?」
「嘘!?知らなかったの!?ローザ様教えてなかったの!?」
王妃の涙が止まり、本当に知らないのかとアリアの母に問いただしていた。
「……教えるわけないでしょう、恥ずかしいもの。」
「はい?」
「いい?アリアちゃん、貴女のお母様はその美しさから社交界で異性からの誘いが途絶えない方だったんだけど、誰とも踊らずつっぱねることから、『白薔薇の君』って呼ばれてた……」
「やめて頂戴!!あなただって、『紅薔薇の姫』って呼ばれてたでしょう!!」
真っ白な頬を真っ赤にしたローザは王妃の口を塞ごうと必死になっている。
白薔薇と紅薔薇……、下手すれば戦争が起こりそうなあだ名だな……等とアリアは呑気に考えていた。
確かに、アリアの母は真珠のように煌めく白色の髪と、絹よりも白い肌を持っており、成人した息子がいるにも関わらず、その美しさはうら若き乙女である令嬢達が束になっても勝てないような、洗練されたものである。
対して、王妃は楓の葉を思わせるような艷やかな赤毛で、瞳は柘榴や紅玉のような深紅。お伽噺のお姫様が王妃になったのなら、きっと彼女のような慈愛に満ちた麗しい女性であると言わせるだけの美貌を持っている。
「ずっと、ローザ様に憧れてて、いつかローザ様が王妃になったときに乳母になってご子息達をお世話するのが夢だったのにぃ……、いつの間にか公爵夫人になってるし!」
「元々王妃になる気なんてなかったし、今貴女が王妃でしょう!?
公爵夫人の何が悪いのよ!!好きになっちゃったんだもん!!」
「貴女が王妃にならなかったから、私にまわってきちゃったじゃない…!!貴女のほうが完璧なのにぃっ!!」
旦那を放っておいて奥様方は言いたい放題である。
国王は妻が元々自分を好きじゃなかったことに今更ながら衝撃を受けていた。ノウン公爵は少し照れていたが。
いや、そんな事はどうでもいい。
痴話喧嘩はよそでやってくれ!!
アリアは自分の婚約破棄が決まらないことに苛立ちを覚えていた。
「とにかく!馬鹿息子が悪いのは百も承知だけど、私はアリアちゃんが諦められないの…!」
「……王妃様、王太子殿下の婚約者じゃなくなっても、お誘いがありましたら、またお茶会にお伺いさせていただきたいと思っております。」
「えっ、」
アリアは弱々しく、そして可愛らしく言えるように頑張った。
「……それに、いつも私を気遣ってくださっている王妃様のことは、第二の母のように慕っておりました。
婚約破棄となりましても、その思いは変わりませんわ…。」
「第二の母……」
憧れの人の娘からそんな言葉を投げかけられた王妃は、気持ちが揺らいでいた。
「王太子殿下が私を嫌っていらっしゃるのに、これ以上婚約など続けていても意味はありません。
私、殿下のためにも身を引きたいのです。
お母様なら、私の気持ちをわかっていただけますでしょう……?」
潤んだ声でアリアが放った矢は、王妃の心にクリティカルヒットした。
「……そうね、私の意地で二人を傷付けてたわよね…、ごめんなさい。婚約は破棄しちゃいましょう。」
「母上!?」
さっきまでの駄々捏ねは何処へやら。王妃は少し寂しげな笑をして、自分の息子の肩にそっと手を添えた。
「レオン、ずっと母の我儘に付き合ってくれてありがとうね。
貴方は昔から他人に決められるの嫌だったのに十年間も強いてしまって……、
アリアちゃんも、ごめんなさいね。
たとえ婚約破棄したとしても、アリアちゃんは私の娘の一人だと思っているの、だから……」
「もちろん、お呼びがあればセレナお母様のため、直ぐに馳せ参じますわ。」
アリアは口調から笑みが漂うように伝えた。
「勝った……!!!、大勝利よ!!!私は勝った!!!!」
ぜー、はー、と荒い息を整えながらアリア両手の拳を上げようとした。
王妃が婚約破棄を承諾したことにより、破棄の手続きはすんなり進んだ。
なんせ国王は妻の爆弾発言でショックを受けていたので言い返す気はなく、王太子は自分の母親の行動に振り回されていたので、
アリアは父親とアイコンタクトで会話してすぐさま婚約破棄の書類にサインを貰えるよう、手配してもらい、その場で記入してもらったのである。
「よくあの頑固な王妃様を手懐けたもんだな!」
豪快に笑う父親を前に、アリアは大きな溜息をついた。
「ほんっっっとう、大変だったわ……、この十年間、お父様にいくら頼んでも婚約破棄にならなかったから……。
でも、もうこれでおさらばよ!!!やったわ……!やりきった……。」
念願の婚約破棄達成のために、アリアは体力を使い切ってしまっていたのか、声が掠れかけていた。
「本当に、よく頑張ったなアリア。今回の件も、王妃教育も。
これからはよく休んで、元気になったら好きなことをすればいい。」
「そうよ、今日はもう寝て、体調を整えましょう?
貴方が何をしようと、私達はいつだってアリアの味方よ。
本当に…、生きていてくれて良かったわ。」
「うん…、お父様、お母様、ありがとう。」
頬や顔を愛しむように撫でる両親の手を取って、アリアは久しぶりに、心の底から微笑んだ。
療養が終わったら、私の薔薇色ハッピースローライフが待っている……!!!
そんな素敵な夢を描きながら、アリアはまた眠りについたのだった。




