なんで生き返ってるんですか、私。
目が覚めたら、そこは王宮だった。
正確に言うと、王宮内の賓客を饗す部屋にアリアは寝かされていた。
アリアは刃に毒が盛られていたにも関わらず、
侍医と宮廷魔術師の懸命な治療の末、生き延びてしまった。
通常ならば、毒が回る前に出血多量で死んでいておかしくなかったのだが、
王妃付き侍女たちに締め上げられたコルセットが
キツすぎたせいで、傷口から血があまり出なかったのだ。
手を握り、泣きながら話す母親から聞いたアリアは
コルセットなんて滅べばいいのに…と内心恨んだ。
「よかった…、本当に良かった……!、
貴女一週間も昏睡状態だったのよ!?、どれほど心配したか……っ」
アリアの手に陶器のように白く澄んだ頬をあてながら、肌よりも白く清らかな睫毛を濡して、アリアの母ローザは優しく語りかける。
「お母様…、心配かけてごめんなさい。でも…」
「わかってるわ。貴女は臣下として、王太子殿下をお守り通した。それはノウン家の者として素晴らしいことよ、
そのことで怒ったりなどしません。
よく頑張りましたね、私の愛しいアリア。」
自分と同じ色の瞳が、優しくアリアに微笑みかける。
愛する人に褒められ、自分の頑張りを認めて貰えたことに
自分の人生を懸けた行いは無意味ではなかった、
そう感じることができたアリアは、何故だか涙が止まらなかった。
「アリアああああああああああああ!!!!」
アリアの涙が収まりかけた時、
怒号のような声とともに部屋に飛んで入り、思いっきりアリアを抱き締めたのはアリアの父でありこの国の将軍
アレッサンドロ・ドナート・ノウン公爵である。
「俺が討伐に行っている間に愛娘が倒れただなんてっ……!!俺がいれば指一本触れさせなかったのに……っ、でもよかったあああああ!」
「おとうさまっ……ぐ、ぐるじい…っ」
羆ですら軽々しく投げ飛ばせそうな剛腕でキツく締められ、コルセットや短剣よりもこっちの方が苦しい……!死ぬ!と生命の危機を感じたアリアは力いっぱい父の胸を叩いて抜け出そうとするが、
びくともしない。
「貴方!、まだ起きたばっかりのアリアを苦しめないで上げてくださいませ!」
ローザに窘められて、腕の中で娘が青白くなっていることを認識したアレッサンドロは慌てて腕を離した。
「すまん!!、つい…、大丈夫か?」
「だ、大丈夫です……」
アリアは深呼吸をして、空気が吸えることを確かめながら言葉を吐いた。
「何にせよ、アリアは生還!
そして王太子殿下も無事!それに子爵も捕まった!
いやぁ、よかったよかった!」
公爵は豪快に笑いながらアリアの背中をバシバシと励ますように叩く。
「うえっ、お父さまっ…痛い……って、ちょっと待って!?ソリーニ子爵が捕まったの!?」
「おう!アリアがゴートに本を渡しておいてくれただろう?そこから、調べ上げさせた。」
ソリーニ子爵令嬢のミーナは、自分が『王太子殿下の恋人は平民』の主人公に似ていると思い込み、主人公と同じ行動を取ればお姫様になれるのではないかと考えたらしい。
だが、悪役であるはずの婚約者が表舞台に出てこない。
そこで、王太子が踊るパートナーが誰であれクライマックスのシーンさえ再現できればきっと、王太子が自分を選ぶと考えたのだろう。
王太子に恋い焦がれていた男爵令嬢に薬を盛って洗脳し、刺すよう仕向けたのだそうだ。
「ソリーニ子爵の館から洗脳に使ったと思われる薬が出てきた。また、刃に塗ってあった毒薬の購入履歴もあったそうだ。」
「はぁ……あの、無垢そうなご令嬢が……。」
「人は見た目で判断できないからなぁ。俺だってこんなナリでも公爵だしな!」
短く整えられた銀髪に、サファイアのような深い青色の瞳。ここまでならば貴公子のような装いにも思えるが、
アリアの父は筋骨隆々、上半身は逆三角形型で、軍服の胸元はいつ弾けてもおかしくない。
長身であるためそこまでゴツく見えず、顎髭を蓄えたその顔は、爽やかで優しい笑みがよく似合う端正な顔立ちである。
どちらかというと、庶民にも愛されている騎士団長。そんな説明が似合う人であった。
「確かにお父様は公爵っぽくない見た目ですけど、中身は公爵そのものでしょう?
あのご令嬢も、見た目じゃなくて中身が……」
「失礼いたします。両陛下と王太子殿下が、アリア様にお会いになりたいと申しておりますが……」
アリアが言葉を続けようとしたとき、扉の向こうで宮女から知らせがあった。
「うそ!?お母様っ、ベール!!ベールは!?
お父様、お通ししてもらってもいいけど三分待ってって…!」
「解った、俺がゆっくり連れてくる。」
愛娘の頭を撫でた後、公爵は立ち上がって国王達を迎えに行った。
「アリア、ちゃんと持ってきてるわ。」
寝台の隣の棚からベールを取り出し、ローザは娘に被せた。
「よかったぁ…、お母様ありがとう。これがなかったら大惨事だわ……、うっ、」
腹部に鈍痛が走り、アリアはお腹を抑えてうずくまった。
起きて早々父の襲撃や、慌てたことにより、アリアの腹部の傷跡が裂けかけていた。
「起きてすぐに無理をさせてしまったのね…、横になってなさいな、国王陛下も許してくださるわよ。」
「そうする……」
アリアは母に助けられながら、ベッドに横たわった。
ああ、神様……なんで私は死んでないんですかね。
今の状態何なのよ、これ。
おかしいでしょうが。
『良かった…!良かった!!』
って私の手を握って瞳に涙を溜めてる王太子殿下が見えるんですけど???
なぜ?何故こうなった??
コイツ、私のこと嫌いだよね??は??意味がわからない。
なんか国王陛下と王妃様後ろでニヤついてるんですけど、
どうなってるの?
はーーーー!?!?
アリアの腹部へのダメージは意外と大きく、国王達が部屋に入った後も動けない状態だった。
動けないことを良いことになのか、王太子がアリアの顔元まで来て、両手で左手を握りしめて離さない。
「私が必ず守ると、言ったのに……君には守られてばかりだ……
本当に……、生きていてくれてよかった、ありがとう。」
麗しい顔をくしゃくしゃにして、真摯に感謝を述べてくる王太子を見てアリアは、嫌いな人であっても自分の為に命を落としてほしくなかったのか……意外だな、と目を丸くしていた。
「この度は我が息子の命を救ってくれて、本当にありがとう。」
国王は息子の命の恩人であるアリアに対して、敬意を持って頭を下げた。
「国王陛下っ、そんな…っ、顔をお上げください!
私はただ、臣下として当然のことをしたまででごさいます。」
アリアは起き上がろうとしたが、王太子に優しく肩を抑えられ安静にしてなさいと言わんばかりに寝かしつけられた。
「並の臣下であっても到底真似できまい。公爵は真に良き娘を育てたな。」
「勿体なきお言葉に御座います、陛下。」
公爵は陛下に会釈をした。
「それでだな、我が国の次期国王を救った英雄殿に、私共から何かお礼をしたい。」
「お礼……、ですか?」
「勿論、公に勲章や褒賞を授けさせるつもりである。
それ以外でもう一つ、息子を救ってもらった父親としてお礼をさせてもらいたい。
宝玉や領地、金銭…何であろうと、この国の王の威信に懸けて叶えてみせようぞ。」
「……何でも、いいんですね?」
アリアはごくり、と生唾を呑んで言質を取ったぞと言わんばかりに国王に問いかけた。
「ああ、この私に二言はないとも。」
勝った。と心のなかでガッツポーズをしながら、アリアはゆっくりと望みを言葉にした。
「では、王太子殿下との婚約を破棄してくださいませ。」




