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さようなら、私を嫌っている婚約者様。
頭から血が引いていく。
久しぶりに身に纏った淡い色がどんどんと深紅に変わっている。
剣を抑え込んだ手が血でじわじわと温まる反面、その他の部分は蒼白くなっている気がした。
「………!」
「………ア!!しっかりしろ!!」
顔の上で誰かが叫んでいる。
「アリア!しっかりしろ!!アリア!!」
見上げると金色の輝かしい髪と、宝石のように煌めく銀の瞳があった。
……ああ、こんな時でも王太子殿下は憎たらしいほどに綺麗な顔をしている。
馬鹿馬鹿しい。
何故今にも泣きそうな顔で叫ぶのか。
貴方が嫌った婚約者が倒れただけなのに。
最後に見る顔が自分を『見た』こともない婚約者だなんて、
神様に喧嘩を売りたくなる。
「………殿下、」
「…っ!アリア!!もうすぐ侍医と魔術師が来るから……」
最期ぐらい、殿下の声を遮ったって
不敬罪にはならないだろう。
王太子の婚約者、アリア・ルーナ・ノウン公爵令嬢は
消えゆく意識の中で一つの言葉を彼に残した。
「王太子殿下、よかったですね。」
「………これで貴方の婚約者は、」
「二度と…、貴方様の前に現れません。」