百合 先輩と自分の妄想を執筆しているのがバレた結果
このドアを開ければ先輩がいる。私の部屋に。ニヤけそうになる顔を引き締め、部屋に戻ると、先輩は私のノートを開きじっくりと読んでいた。なんてことだ。それが大学で使ってるノートならいい。だけどそれは何がなんでも隠さなくてはいけない私と先輩のいちゃらぶが書かれてたSS集。終わった。口元をおさえ、吐きそうになるのを我慢していると、先輩はなんでもないように私に微笑んだ。
「あ、おかえり」
「た、だいま。あの、その」
「勝手に見てごめんね? まさか、真面目なテアちゃんがこんなの書いてるなんて思ってもみなくてさ」
「ぁ……!ごめんなさい!なんでもしますから、あの、このことは」
万が一言いふらされたら死ぬ。見られてしまった今、取り繕うことも不可能。もっと最悪なのが、先輩に嫌われること。幻滅されたに決まってる。ぐるぐると最悪が思考を蝕み、泣きそうになるが今はそれよりも謝罪だ。ソファーに座ってる先輩の目の前、慌てて床に正座し、頭をさげる。なぜか撫でられる。どういう状況だろう。困惑していると、頭上から降り注ぐ声は愉快そう。
「頭上げて。なんでもか。じゃあ、ここに書いてあることしよ?」
「へ?」
思いもよらぬ提案に、戸惑いながらも素直な身体はごくり、と唾を飲み込んだ。だけど、聞き間違いだろうか。あまりにも突拍子のない発言。確かに先輩は少し変わってはいるけれど、そんな夢みたいな。
「11ページのSSがいいな。今の状況的にもこれならスタートしやすいし。わかる?」
「もちろん! ってあ、いや、その」
自分で文字にした妄想。何度も読み返し、一人で人に見せられない顔をしていた。それを白状したようで、視線をふいっと逸らすと先輩は最初の台詞を言った。
「も〜そんな冷たい床なんかに座ったらダメだって。ほら、私の膝の上においで」
「っはい」
演技。ちょっとしたお遊び。重々承知しているが、勘違いそうなくらい先輩の演技は自然でどくんと主張する心臓。こんなチャンス、二度とない。心の中で謝罪しながら、先輩の膝の上に向き合う形で座る。しっかりと支えるように腰に回される両腕。密着する身体。喜びとドキドキでおかしくなりそうな心臓。
「ふふ、赤くなっちゃって可愛いね。ね、その綺麗なネックレスはじめてみたけど、私が来るからお洒落してくれたの?」
「あ、いや……」
「違うの?」
片眉をつりあげ、むっとした顔になる先輩。それは嫉妬ですか。台本だとわかっていてて、泣きそうになってしまう。
「違わない。先輩と約束した日から、どんな服を着たりとかずっと悩んで、普段はつけないアクセサリーまで買いに行っちゃうくらい浮かれてた。なんて行ったら笑う?」
震える声。それは台本通りの台詞だけど、本当の事だから。
「まさか。嬉しくてどうかなっちゃいそうなのに笑うわけない」
「ほんとに?」
「うん」
真っ直ぐ私を射抜く先輩の瞳は透き通っていて、見惚れてしまいそう。だけど、次のシーンはない。もう、終わりだと分かっていても、名残惜しくてじっと見つめていると、近づく綺麗な瞳。重なる唇。硬直していると、先輩は困り果てたような顔で笑った。
「ごめん。さみしそうな顔してるから、つい。そんな顔されたら誰だって我慢できないよ。エチュードってことで許して?」
「せ、んぱいは即興劇でちゅーしちゃうんですか」
「テアちゃんだけにね」
その言葉に、ぶわっと熱くなる顔。口元を手で隠すと、茶目っ気たっぷりに先輩は告げた。
「好きだよ。このノートに書いてあること全部しよ? もちろん、書いてないことも沢山。いいでしょ?」
頷くと、先輩はふふっと笑いまた唇を重ねた。さっきのような、可愛いキスじゃない。ぬるりとした熱い舌を絡めさせるような、大人の戯れのような。それだけでもぼーっとしそうになるのに、鼻先を掠める、先輩の香水のふわりとした甘い匂いにさらにクラクラする頭。逃がさないよとでも言うように、後頭部に回される手。触れ合う唇と身体から、どくどくと鼓動の音が伝わってしまいそうだなんてとけた頭で考える。堪能するように、歯列を舐められゆっくりと離れる唇。すると、どちらのかわからない唾液が糸を引き、それが大人のキスをしたということをハッキリと自覚させられ、照れくさくてふいっと視線を逸らした。
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