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プロローグ

 本を読むのはいいことだ。

 

 読書は本当に素晴らしい営みだなぁ、とつくづく思う。熱気溢れる青春小説、ちょっとオトナな恋愛小説、剣と魔法のファンタジー小説。もちろん小説だけじゃない、歴史に宗教、物理に数学。自己啓発からオカルト本まで、ありとあらゆる活字が、ありとあらゆる読者に知恵を授け、想像力を耕し、心を豊かにしてくれる。

 もちろん、「いくら本を読んだところで、現実には何の役にも立たない」と言う人もいるだろう。そういう人は、たとえば、こんなことを言う。


 現実社会は物語の世界とは違う。

 書物の知識に頼るだけでは頭でっかちだ。

 読書の体験はナマの現実の経験に及ばない。


 …確かに一理ある。今はむしろ、そういう考えの人の方が多数派なのかもしれない。


 でも、僕はそうは思わない。本を読むのはいいことだ、と、心から信じている。

 小説の世界は、どんな大胆な虚構でも、どこか僕たちの社会を映している。書物の知識は優れた専門家の思考の結晶だし、読書体験は現実の経験に匹敵するほど…いや、時には何倍もの実りを僕たちの人生に与えてくれる。


 何より、本を読むのは純粋に楽しい。実際、何の役にも立たなかったとしても、僕は本を読み続けるだろう…たとえ今の世界から、異世界に転移してしまったとしても。


これは、「三度の飯より本が好き」な僕が、とある異世界に転移し、旅し、奮闘し…結果として、その世界のありようを変えてしまうまでの物語だ。


◆◆◆


 だんっ、だんっ…

 

 単調な音が、周囲に響く。

 僕の手にした杖が、柔らかい土の地面を叩く音だ。

 遮るものない野原の真ん中で、野球のバットくらいの重さの杖を振り上げては、力を込めて地面に…いや、正確には、地面の上にだらりと伸びた、紫色のゼリー状の物体の上に振り下ろす。

 何度も何度も、何十分にもわたってこの動きを繰り返しているせいで、腕が疲れてもげそうだ。日頃の運動不足も相まって、息も切れてきた。

 ひときわ力を込めて、杖を叩きつける。


 だんっ


「…」


 紫ゼリーは、あいかわらず、ぷるぷると震えている。到底、何かのダメージを与えられたとは思えない、僕が叩き始めたときとまったく同じ状態だ。僕はいい加減いやになって、杖を放り投げた。

そんな僕を隣で見ていたクラスメートの早矢(ハヤテ)が苦笑する。


「うーん、こいつはこの辺で一番低級な“邪”(ヨコシマ)だからなぁ…ふつうは一撃か二撃で倒せるんだけど。」

「そんなこと言われても…なんの手ごたえもないけど。」

「まぁ、文月(フヅキ)はまだ霊力が上がってないのかもしれないよな…。」


 そう言いながら、早矢は紫ゼリーに歩み寄った。黒いブーツを履いた右足を振り上げるや、思いっきり踵落としを見舞う。

 ぶしゅう、という変な音とともに、紫ゼリーは跡形もなく消え去った。


「…とまぁ、こんな感じでさ。」

「すげえ…」


 何度杖で殴っても倒せなかった僕とは雲泥の差だ。思わず尊敬の眼差しを向けると、早矢は照れ隠しのように笑った。


「俺の力っていうより、“神器”(ジンキ)の力だよ…。文月も神器が覚醒すれば、こんな邪、すぐ倒せるよ。」

「うーん、そうなのかなぁ…」


 繰り返される「神器」という言葉に、ちらりと胸ポケットを見やる。

 旅人用の装備の胸ポケットに差してある銀色の物体が、日光を反射してきらりと光る。


「ただの栞に見えるけど…」

「うーん、俺もよくは分かんないんだけどさ…」


 困り顔の友人と一緒に、大きくため息をついてから。


(そもそも、どうしてこんなことになったんだっけ…)


 そもそも、修学旅行のバスの中、だったはずだ。

 それが、あれよあれよという間に、異世界だ、神器だ、霊力だ…早矢をはじめ、他のクラスメイトたちはそれなりに理解して順応しているようだけど、僕は正直、展開が早すぎてついていけていない。


「日も暮れるし、紫菀(シオン)都に戻ろうか…」

「分かった…」


 早矢に促され、地面に投げ出した杖を拾う。クラスメートの後ろをとぼとぼと歩きながら、やはり割り切れない思いがむくむくと頭をもたげた。


(ちょっと頭の整理が必要だな…)


 なんとか頭を振って、ネガティブな思いを振り払う。

 愚痴を言ったって始まらないんだし。であれば、なんとかこの状況で「生き延びる」方法を考えるしかない。

 背中から夕日を浴び、自分の行く手に黒い影が伸びる。僕は状況の整理を兼ねて、今までに起きたことを順々に思い出していった。

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