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短編集

これが届かぬ声だとして

作者: 糸勺 束



「いやぁ、やっぱ東京はあちーわ。ビルが太陽の光を反射してるし、人は多いし、電車なんてぎゅうぎゅうだぜ?」


 彼は毎年8月になると決まって私に会いに来る。


 高校を卒業すると同時に私たちの地元を離れた彼はこうして夏休みになるとケロッと顔を見せては他愛もない話を長々と聞かせて帰って行くのだ。

 

 当時はみんなに裏切り者とか言われてたっけ。


「全く、その話何度目よ……」

 同じような話を毎年何度も何度も聞かされるこっちの身にもなって欲しい。


 本当は私だって彼に伝えたい気持ちや言いたい事があるのに私の言葉はまるで届きはしない。


 ペラペラペラペラペラペラと、よくもそんな楽しそうに話せるわよね。


「そんなんだから未だに彼女も──」


「お、柊真くん。帰って来てたんだね」


 私たちの会話?と呼ぶにはあまりにも成り立っていないやり取りに新たな声が加わった。

 

 いや、やり取りなんかじゃないか。


 こいつが一方的に喋ってるだけだし。


「お久しぶりです、お父さん!今年も暑いですね」


「「誰がお父さんだ!」」


 おぉ、凄い!これが親子の絆というやつだろうか。

 それに柊真の奴、今日気温の話しかしてないんじゃないの?


「えぇ、認めてくれないんですかぁ」


「何を言ってるの!私たち付き合ってすらいないのに!」

 

 そう。私たちは付き合ってすらいない。

 

 関係で言うなら未だにただの友人だ。

 にも関わらず社会人になった後でもこうしてちょくちょく私に会いに来るのは彼が私に好意を抱いてくれているからだろう。


 自惚れだって?いや、そんなことないと思うよ?だって……

「俺、高校生の頃こいつに告白したんですよ」

 そう。私は彼に告白されたのだ。

 当時は恥ずかしくて返事もしないままはぐらかしてしまったのだけれど。


「いやぁ、がっつり振られましたね。だからその時言ったんです。お前が俺の事すきになったとしても俺に告白してくるまで付き合ってやんねぇから!って。今思うと恥ずかしいセリフですよね」


 柊真は私の方を見て懐かしそうに笑った。

 あれももう6年も前の話。

 それ以降私たちの間でこの話題が上ったのは今日が初めてだ。


 もし、今の私の気持ちを彼に伝える事ができたらこの関係も変わるだろうか。


「はっはっはっ。若いなぁ」


「若いなぁ。じゃないよ!お父さん!」


「それじゃあ、これ以上はもう私もお邪魔かな?柊真くん。後でうちに来なさい。夕飯の用意をしておくよ」


「ありがとうございます。では後ほど」


 そう言って柊真はお父さんを見送ると、私の方を向く。


「今日は大事な話があって来たんだ……」


 彼はどこか憂いを纏った瞳で私を見つめながらそっと撫でた。


「あっつ!」


 そう言って柊真は私から手を離す。


「あれ?そんなに熱かったかな……。そ、それより大事な話って……?」


 私は彼が何を話す気なのかそっちの方が気になる。


 私が熱いのは仕方ないことでしょ?状況が状況だけに。


「俺さ、結婚することにしたんだ」


「え?」

 聞き間違いじゃ……ないよね?


「お前とは全然違うタイプの奴でさ、むしろ真逆かも。ゴキブリから俺を守ってもくれねぇし、真面目だし、ちゃんと好きって言ってくれるし──」


私を置いてけぼりに話はどんどん進んでいく。


「あれ?私今貶されてる?ゴキブリ触れる女ってのもあんまり評価されてるようには聞こえないんだけど?」


 好きを伝えられなかったのは私が悪いと思う。

 ずっとこんな関係が続けばいいってわたしは本気で思ってたんだから。


 だけど、まさか柊真がそんなことを言い出すとは思わなかった。


「やっと好きになれそうな人を見つけたんだ。今はまだお付き合いもしてないけれど、多分そろそろ関係も進んでくると思う。だからお前にはちゃんと伝えとこうと思ってさ」


「そっか……。私の他に好きな人できたんだ。そっかぁ。そっかぁ!良かった!」


 良かった。本当に良かった。


「やっと前に進めたんだね」


「安心した?それとも嫉妬した?」


 柊真はまた私を撫でながら……いや、私の墓石を撫でながらそう聞いてきた。


 今度は熱くないように水を掛けてから。


 初めてのことだ。毎年毎年くだらない話を長々聞かせる彼が初めて、私に質問をしてきた。


「安心した。このままずーっと死んだ人間に好意を持ったままだったりしたらみんなに心配かけるもの」


「ほほう!嫉妬してくれたのか!ありがとうな」


 自分本意な解釈だ。

 私の声が聞こえないことをいい事に好き勝手な解釈をする柊真に少し口元が緩む。


 まぁ、ほんの少しだけなら嫉妬してあげてもいいけどね。


「あーあ。どうせなら1回くらいデート行きたかったよなぁ。虫取りじゃないこと2人でしたかったよなぁ。手とか繋いでみたかったな」



「うん」



「俺、お前の口から好きって聞きたかったなぁ」



「……うん」



「子供作ってさ、ピクニック行って、息子とキャッチボールしてさ」



「…………うん」



「お前はベンチで涼みながらお弁当を用意する」



「………………うん」



「泥だらけの手を洗ってお前の手作り弁当をみんなで頬張るんだ」



「……………………うん」



「それが俺の想像しうる最高の幸せだったんだよ」



 もう叶わないけどな、と笑う柊真の言葉に胸がチクリと痛む。


 なんだろう。この気持ち。共感?罪悪感?


 けど、確かなことは私が、私の死が彼の幸せを奪ったということだ。


「私だってあなたに抱き締めて欲しかったんだから」


 私は透ける身体で抱き締めるように柊真に覆い被さる。


 もう二度と触れることはできないけれどそれでも寄り添ってあげたかった。


 でも、私の思いとは裏腹に柊真はぶるりと身震いして空を見上げる。


「やっぱりこっちは日が沈むと夏でも冷えるな」


「あっ……」

 そっか。私はもう温もりを分けて上げることもできないんだね。


「俺、もう行くわ。応援よろしくな」


 柊真は私の墓に手を合わせるとその場を去った。


 本当に最初から最後まで自分勝手な奴だ。

「なーにが応援だよ……私のこと好きなんじゃなかったのかよ」


 きっと来年の夏、彼はもうここには来ないだろう。

 その次も、その次も、その次も……

 そしたら私ももうこの世に未練はない。

 そう思った途端、身体に浮遊感を感じた。

 成仏……かな?

「さよなら、柊真」


 私を突き抜けた風が花の香りを運ぶ。

 柊真は1度だけ振り返るとそのまま歩き去っていく。


「しゅーうまぁぁぁ!大好きだ!バカ!二度と来るなぁぁ!」


 ずっと言えなかった届かない想い。


 彼はもう振り返らない。


「こっちはとっくに失恋の準備ぐらいできてるっつーの!勝手に幸せになってろ!同じ話ばっかり聞かされてこっちだってうんざりだっつーの!」


 夕日に伸ばされていく影を見つめ、何度も何度も想いを叫ぶ。


 少しずつ小さくなっていく柊真の後ろ姿とともに私の声はいつしか蝉の鳴き声にかき消された。


「うぅ……。柊真ぁ。行かないで……」


 彼にとっては6年。


 私にとっては8()()の恋は蝉ではなく、きちんと私の泣き声が全てを吐き出すだろう。


 だから私はいつか柊真と再会した時、彼の奥さんに負けないよう自分を磨いて待ってる。


「ぜーーーーったい柊真の方から好きって言わせてやるんだから……」


 私は止めどなく溢れる涙と共にここに眠る。


 君がくれた思い出を愛おしく胸に抱き締めながら。



お読み頂きありがとうございます。


多分誰もが1度は見た事のある構造のお話だったと思います。


個人的にこの話の流れが好きなので書かせて頂きました。


これって盗作になるのかな……?

ちょっと不安です。


これこらもたまに短編を書かせて頂くと思うので、良ければ読んでください!


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