命とか
中
私は人を殺し続けた。そのことが唯一私の、生きる意味や、糧を、理由を与えてくれるのだ。征服感などという生易しいものではなく、もっと崇高でありながらも、背徳的で狂信的なそれは、超越感、絶対感などというのかもそれない。だが、それは言うなれば、神に近づけているという万能感だ。
家を襲い、村を襲い、集落を襲って、果ては国を潰した。だがそれでは、私の心は満たされない。この世界ごと潰さなければ、私の心は空のままだ。
それを目指し、万能感に溺れた。殺すたび、浄化するたび、この世界は少しずつ綺麗になるのだ、まるで、葉から汚れた雨露を払いのけ、本来の姿を取り戻すようにだ。しかし、その万能感もは長くは続かなかった。
子供が親を守っていた。この圧倒的な天使としての力を持った私から、絶対的弱者のはずの、非力で、脆く、脆弱な子供が、それより強いはずの親を守るのだ。
だが、戸惑いも、躊躇も、慈悲も、容赦も無く、私は親ごと子供を斬り殺した。
しばらくしたあと、その感触が手から離れない。親の目が、子供の目が頭から離れない。母親は子供に守られ、すがるような目で、子どもだけは殺さないでと願う。子供は親を殺すなと、泣き叫び私を止めるために、立ち向かうのだ。この天使に。
この感覚を上塗りするために、もっと人を殺した。親も、子も、殺して、殺して、殺し尽くした。
もはや、誰であろうと構わない。この感触を、あの目を消せるのならば誰でもいいから殺させろ。
殺すたび、皆殺しにするたび、鏖殺するたび、感覚が上塗りされていく。目が増えてくのだ。その度に、私の翼は赤黒く、禍々しく染まっていった。
だが、私は、もう止まれなかった、天使であるが故に人よりも遥かに強靭であり、さらに寿命もない。止められるものなど、この地獄には皆無だった。
大国ならば、あの帝国ならば、私を止められるのでは無いか、この地獄を止められるのでは無いか、殺しに行こうではないか、殺されに行こうではないか。
一縷の望みをかけて、私はその国へ向かった。
帝国にて
「神から、お告げを仰せつかった。我が全軍を持ってあれを討ち取れと。」
皇国宰相であり、皇国をここまで大きくした立役者の一人である。
「ばかな、ただ一人の男に全軍を向けろと?いくら神と言えども浅はかでは無いか?」
将軍であり、全軍を任されているこの男も、その立役者の一人であるが、その性格は疑り深く、騎士というにはあまりにも荒んでいた。
「だが、多くの民が殺されているのも、また事実である。それを認めよう。」
この帝国の王であり、権威、または、象徴でもある彼は、国のため、民のために身を粉にできる、優れた王であった。だが、それは政治的な能力の高さではなく、民の声を聞くという能力に多くを割いていた。そのため、この馬鹿げた策を認めたのだろう。
「しかし、軍を向けると言うが、一体どこにいると言うのだ?」
「神のお告げでは、一週間後にこの王都に攻め込んでくるようだ。」
「驕り高ぶり、身の程を知らぬ悪魔よ、どれだけの民を殺めたか知らぬが、罪は償ってもらおう。」
この日より、帝国の数万に及ぶほどの大群が王都に集結する事が決まった。
時は流れ、装備云々は無視して、近くにいた軍を寄せ集め、さらに、傭兵たちを含めて一万を超えるほどの軍隊をたった一人に向ける準備が整った。
それを見越したように、悪魔が下卑た笑みを浮かべ、これらを眺めていた。
それを見た先頭の男たちは、恐怖で顔が引き攣る、ひざまづいて許しを請いたい、遠く彼方まで逃げ出したい。しかし、それは、叶わぬ願いだと彼らは瞬時に察知する。
それは、長年の戦闘勘でなく、ましてや自嘲などでは無い。ただ、格が違いすぎるということを理解してしまったのだ。
悪魔が叫ぶ。更に恐怖が加速してしまった、先頭にいる彼らは身動ぎし、半歩後ろに下がってしまった。その半歩は悪魔にとっては好機、彼らにとっては自らの首を差し出す行為にも等しかった。
首が空高く飛び上がり、それは、どちらかが全滅するかを賭けた闘争の狼煙だった。
「人間ども!殺すのではなかったのか?!学ばせてくれるのではなかったのか!殺せ!殺してみろ!」
幾百、幾千と、振り回してきた腕に限界は近く、その度に耐えてきた足にも、幾度も受けた切り傷を受け、すでにそれらは音を立てて崩れそうなほどだった。
だが、まだまだ敵は多い。剣を振り人を殺す。喉を掴み首を折る、足を蹴り飛ばし、跪いたところを踏み潰す。体当たりをして吹き飛ばした時には骨の折れる音が耳元で聞こえた。敵を掴み盾にした。敵の剣を奪い、自分の剣をそいつに突き刺した。
死屍累々、内臓を撒き散らし、死んでいる死体の多くにはカラスが集っていた。その悪魔は敵からすれば死そのものに見えたことだろう。しかし、それももはや虫の息だった。
目は虚、肩で息をして、体のいたるところから血を流している。翼はもはや形を成していなかった。
「おい、人間ども、生きるってなんだ?」
この呟きは、兵士、傭兵達には聞こえなかっただろう。寧ろ降伏に聞こえたかもしれない。我先にと襲いかかり、あるものは報酬を目当てに、使命感に、周りの勢いに乗せられ、またあるものは、悪魔が不憫でならなかったからだ。
しかし、残り数える程になってしまったそれらでは打ち取ることは叶わず、全員がそれに殺され、帝国に勝ったことを意味していた。
屍と、血と、カラスの中を練り歩き、ちょうど真ん中で力尽き、膝をつく。見渡す限りの死体、地平線の彼方まで続くかのような程の、命の果てだった。
「人間は、こんなにも必死に生きてるでは無いか、自分の為にでも、誰かの為にでも、必死に、必死に。」
「だが、私はなんなのだ?天使であるが故に、人より遥かに強く、それに驕り高ぶり、のぼせ上がり、必死に生きる命を奪ってそれを正当化していただけでは無いか。」
これは、あの時から無意識に閉じ込められた、本音だった。それを正当化し、抑圧し続けていた。だが、声に出してしまえば、もうそれは意識の中に飛び込んで、心に居つく。
その時だった。地響きと砂ぼこりとともに、万を超える軍がこちらに向かってきた。その装備、行き届いた指揮、それら全てから、先ほどより練度の高い軍だと想像がつく。
それらが告げているのだ。戦いはここからだと。
私は初めて必死になった。虫けらを叩いて潰すような感覚では無い。より対等な立場で、純度の高い闘争。心地よかった。この世に神より生を受け、何一つ不自由などなかった。ただ見守り、誰かを貶していれば生きていられた。
ここで、私は終わるのだ、ここで朽ちて果てるのだ。その為に必死で殺す。一人一人丁寧に、苦しまぬよう、この世の呪縛から解放されることを願って。
首を切りとし、頭をかち割り、心臓を突き刺し、踏み潰す。それらすべての行為に敬意を込めて。
だが、その時間は長くは続かなかった。誰かの投げた槍が、私の肩を貫いた。片腕の使えなくなっていてもまだ殺せる。そこから、数人を殺した。そこで、人間の剣が私の心臓を貫いた。
その剣を掴みそいつに問う。
「生きるとは、一体なんなのだ?」
「しらぬ、人によって違う。」
そいつは、俺の剣を掴み取り、俺の首を切り落とした。
「負けたな。」
「神か?私は死ねなかったのか。」
「学んだか?獣の命の違いと、人の命の違い。」
「人によって違うと言われた。」
「ならば、貴様の答えは?」
「死ねば、この感覚も無くなる、つまり、解放だ。」
「ふん、くだらん。もう一度堕ちろ。次は容赦しない。」
「あぁ、そうか。」
またも、落ち行く中で呟いた。
「どうすれば、いいのだ。」
私は、神になろうなどと、馬鹿げたことを言ってしまった、人でなく、天使でもなく、ましてや獣でもない。そして当然神になどなれなかった。
自分を蔑むように、笑った。




