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パーティーの開始にはまだ時間があるが、会場は既に賑わっていた。
私は目的の人物を見つけるために、きょろきょろと辺りを見回す。
声をかけてくる人達に簡単に挨拶を返し、足を進めた。
次から次へキリがない、と思いながらも私は公爵令嬢で王太子の婚約者。おざなりに返すわけにはいかない。
ギル様もまだいらっしゃっていないようだし、今のうちにアレンを見つけて問いただそう。
しばらくして、彼の後ろ姿をバルコニーに見つけた。
令嬢たちは、そちらをチラチラと見ては声を掛けたそうにしながらも向かいはしなかった。
彼はそういう存在だった。
みんなが彼に近付きたいと思いながらも、誰も実際に実行したものはいない。
少し急いでバルコニーに向かった。
その途中にも話しかけようとしてきた人はいたが、私が余程切羽詰まった表情をしていたのだろう。
皆、開きかけた口を閉じて誰も話しかけてはこなかった。
「どういうことか説明して」
「何が?」
彼は何を言われているのか分からないというような顔をした。
その顔に苛立ちが止まらない。
「昨日の薬は何だったの!!!」
思わず声を荒らげてしまったのも、しょうがないことだと思う。
一筋の風が吹いた。
髪が舞い上がり、私の隠していた耳をさらけ出す。
それを見たアレンは嬉しそうに笑った。
「なぜ隠すんだ、見せつけてやればいい」
風が止むとまた耳に髪がふわりとかかった。
彼がそう言って近付いてこようとしたので、私は後退りした。
「質問に答えて」
「……竜玉だ。竜は生まれた時に、皆それを手に握りしめて生まれてくる。そして、それを番に飲ませることで番を竜に変える」
頭がおかしくなりそうだった。
うすうすそんな気はしていたが信じたくなかった。
今日の朝、いつもは気にならない靴音がよく聞こえたのは聴覚がよくなったせい。
食事の味がいつもより濃く思えてあまり美味しいと思えなかったのは、嗅覚と味覚が発達したせいだ。
そして、いつもと違うように見えた馬車からの景色、遠くのバルコニーに居るアレンをすぐ誰か識別できた、それは視覚がよくなったせい。
全部全部、私が変わってしまったから。
そして、込み上げたのは怒りだった。
「っなんで勝手にそんなことするのよ!?」
「お前は俺の番だと言っただろう。俺は、学院の卒業まで待った。逆に褒めてほしいくらいだ」
彼は飄々とした態度を崩すことなく、それが私の怒りをさらに燃え上がらせた。
握り締めた拳がふるふると震える。
「っ私は!!!ギル様の婚約者なんだから!あなたの番にはならないとっ言った、のにっ……」
涙が零れてきた。
こんな人の前で泣いているのを見られたくない。
止めようとしても止まらないそれにもイライラして、私は右手で乱暴に目を擦った。
せっかく綺麗に化粧してもらったのに、パーティーが始まる前からめちゃくちゃになってしまった。
私が泣き出すと、彼は急に困ったような顔をした。
「泣くな、お前が泣くと俺も悲しい」
「どの口が言ってるのよ!!!あなたのせいで私はっ!!!」
頭に伸びて来た手を私は、思いっきり叩き落とした。
「触らないでよ!!!!!」
「っ……すまない、俺は……」
行き場のなくした手を下ろし、彼が何か言いかけた時だった。
大好きな人の声が会場に響いて、思わずそちらを振り向いた。
「私は、リディア・フィールズ公爵令嬢との婚約を解消する!」
……………え?
信じられなかった。
彼の言葉が私の脳内でぐわんぐわんと響いた。
どういうことなの、なんで、ギル様は私がアレンの番だと知らないはず。
どうして、今、そんなこと言うの。
婚約破棄と解消なんて言葉が違うだけで内容は同じだ。
これじゃあゲームの通りじゃない!
まさかクラリスが裏切った?
そう思い、視線を会場内に走らせた。
見知ったストロベリーブロンドを会場の隅に見つけたとき、彼女も茫然とした顔をしていた。
どうやら、彼女も知らなかったらしい。
「この度、リディア・フィールズ嬢は、アレン・ブランシェット王子殿下とめでたく婚約された」
好きな人の声で、言葉で、私は憎い人と自分との婚約を知らされた。
こんなことあるかしら。
婚約ですって?
そんなものは知らないわ。
もう、何も考えたくない。
そう思った時目の前が真っ白に染まった。