5
そんな学園生活を過ごし、明日はついに学園の卒業パーティーだ。
ゲームで卒業パーティーといえば、私が婚約破棄されて断罪される日。
でも、今世はなんでもない、逆にめでたい日だ。
そのはずなのに、言い様のない不安で胸がいっぱいになった。
「寝られない……」
目が冴えてどうしようもない。
寝なければいけないのに。
ふと星でも見ようかと、窓際に近づきカーテンを少し開けた。
すると、その隙間からベランダに何かがいるのに気付いた。
悲鳴が出そうになるのを必死で押し殺して、握っていたそれをサッと閉める。
コンコン
窓が、叩かれてる。
人を呼ぼうかとも思ったが、恐る恐るもう一度少しだけ覗いてみることにした。
そこに立っていたのは、見知った人だった、いや彼は竜か。
ベランダにはアレンが立っていたのだ。
口パクで入れて、と言っているようだ。
こんな夜中に非常識だと思いながらも、彼は立ち去りそうにはなかったから渋々窓を開けた。
「なんでこんな時間にこんなところにいるの」
「リディアが寝られていない気がしたから、心配で来た」
彼は無表情だった。
表情と言葉が合っていない。
一体、本当は何をしに来たのか。
月明かりに照らされた彼はその容姿もあやまって無機質で、まるで人形のようで、恐ろしく思えた。
「飲め」
「なによ、これ」
差し出された小さな袋。
中を見ると、ビー玉くらいの小さな玉がひとつ入っていた。
「睡眠薬だ。実際、寝られてなかったんだろう。これを飲むとよく眠れる」
薬にしては、粒が大きすぎる気がする。
恐らくこれは睡眠剤ではないだろう。
こんな得体が知れないもの、飲みたくない。
「……ありがとう。でもこれはいらないわ。あまり薬には頼りたくないタチなの」
返そうとその袋を前に突き出しても、彼は頑なに受け取ろうとしなかった。
「いいから、飲め」
飲むのを見届けるまで帰りそうにない。
私はため息をひとつ吐いた。
「……毒じゃないでしょうね」
「もちろん、お前にそんなもの盛るはずがない」
今までの彼の態度からして、たしかに毒ではないだろうが、信用は出来ない。
だが、この場では飲むしかなかった。
アレンはベッドの横まで行くと水差しからコップに水を注ぎ、それを差し出してきた。
私は、袋からその玉を取り出してみた。
暗くてよく見えないが、飲み込むには少々大きい。
「噛んじゃ駄目なの?」
「噛もうとしても噛めない。歯を痛めるぞ」
もういいだろう早く飲めと、アレンがコップをぐいぐい押し付けてきた。
私は嫌々コップを受け取ると、玉を口に含むと飲み込む。
そして次いで、それを水で流し込んだ。
その瞬間、お腹がなんだか暖かくなってきた。
やっぱりあれは毒だったのか。
アレンを睨もうとしたが、それと同時に急激な眠気が襲ってきて、立っていられない。
意識がとぶ瞬間見えた彼は満足そうに笑っていたような気がした。
―――――……
「……っ」
カーテンの隙間から溢れる日差しで目が覚めた。
私は自分でベッドまで戻った記憶がないから、彼が運んだのだろう。
だが、帰りにカーテンを閉めることまでは気が回らなかったらしい。
入って来た場所がそのまま開いていて、眩しい。
「結局、あれは本当に睡眠薬だったのかしら」
効果は、即効性というには眠りに入るのが早すぎる気がしたが、朝までぐっすりと眠れた。
そんな薬聞いたこともない。
門外不出の竜族に伝わる薬だったりして。
うん、実際そういうのありそう。
そんなことを考えながら、ベッドから降りて、部屋に備え付けられた洗面所へ向かう。
顔を洗うために、髪を耳にかけようとした瞬間違和感を感じた。
おそるおそる鏡に視線を向ける。
「……っ!?」
鏡に映る自分の耳は、人間特有の丸みを帯びたそれではなくなっていた。
ふと、初めてアレンに会った時の会話が頭をよぎる。
『竜族っていっても、人型は耳がほんの少し尖ってるだけで、人間とほとんど一緒なのね』
ある考えに至って、ゾッとした。
ちがう、ちがうちがうちがう!!!!!
私は人間だもの。
それに、人間が竜になるなんて聞いたことがないわ。
大丈夫、気のせい。
自分に言い聞かせながら、昨日とは形の変わってしまった耳を引っ張ったり撫でたりしてみたが、それはぴんと尖ったままだった。