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Case4 連続通り魔・殺刃事件 下

「さ、寒ぅううううう!」

 もう春も近いとは言え、流石に夜は冷える。それも遮蔽物がない校舎の屋上では、夜風がダイレクトに襲い掛かって来るのだ。こんな場所でコートも羽織らず制服だけって自殺行為なんだけど! っていうか、スカートの丈短過ぎるんだけど、どこの高校の制服なんだ!

「せ、先生! 私達のこの服装は一体!?」

「はっはっはっ、せっかく夜の高校校舎が舞台なんだ。格好もそれらしくしないとね」

 死ぬほど腹立たしいことに、地べたに座っている先生自身はロングコートにマフラーと完全防寒しており、その余裕綽々な態度に怒りが込み上がってくる。ていうかこのスカートの丈だと、先生の目線から中が見えているような気もするが、どうなんだろう。やっぱり殺すか。

「ある円盤の初回限定盤の特典に付いてきた物を、僕なりに魔術加工したんだよ。あの殺人鬼のチートじみた斬撃を受けても、即死はないはずだ」

 完全無効って訳にはいかないけどねー、と先生は朗らかに笑う。

「いや、もうちょっと真面な服装に加工してくださいませんかね!? ほら、多々さんなんか震えていますよ!?」

 私の後ろで多々さんは、頬を赤く染めながら短いスカートの丈を抑えている。大和撫子を体現するような彼女にとって、先生が視るようなアニメやらゲームやらに出てくる狂ったような短さのスカートには耐え難いのかもしれない。いや私も恥ずかしいし、寒いし、耐え難いのだけど!

「ごめんねぇ、多々ちゃん。魔術的な側面を考慮すると、他の服には加工出来なかったんだよ」

 嘘だ。

 絶対に嘘だと私の直感が告げるが、よく分かっていないだろう多々さんは「それなら仕方ないですね……」と困ったように笑って許してしまった。

「ところで同じ部屋で着替えた羽衣ちゃん、服を脱いだ多々さんの身体はどうだった?」

「……それは、多々さんの体調を考えての質問ですか?」

「当然だよ、それ以外に何があると言うんだい?」

 ははは、と白々しく笑う。病み上がりじゃなければ間違いなく殴っているところだ。

「わ、ワタシの身体ですか? こう見えても、筋肉あるんですよ、ワタシ」

 そして何も理解していないだろう多々さんが、どこかドヤ顔で腕に力こぶを作るポーズを取る。

「うわぁ、かわいい」

「先生、最低ですよ」

 ニヤニヤする先生に心の底から辟易する。

 事務所で一緒に着替えた時にちらっと見た感じ、確かに多々さんは華奢な割には筋肉があって、引き締まっている様子だった。

「多々さん、何かスポーツとかやっていた?」

「はい。兄と一緒に剣道を……」

「そ、そっかぁ」

 少し寂しそうに言う多々さん。地雷が多いなぁ。

「――すまない、待たせた」

 冬の校舎の屋上で話すコート姿のおっさんと制服姿の女子高生二人という危険な場面に、宮内庁障神局の安曇さんがやってきて、すぐさま渋面する。

「……最近の高校生は、皆こんな格好なのかね? 私の娘が学生だった頃はもっとこう……」

「先生の趣味ですよ」

「あぁ、そう」

 すぐに状況を理解したらしく、安曇さんは先生の元へ歩み寄る。先生はふらふらとした様子で立ち上がり、目線を合わせた。

「実際に会うのは久しぶりですね、安曇参事官。約束通り来てくれて嬉しいです」

「貴様は相変わらずだな、探偵。軽薄な笑みも、ふざけた趣味趣向も。何一つ変わらない」

「あっはっはっ、これは手厳しい」

 言われた通りの軽薄な笑みを浮かべる先生だったが、すぐに表情は真面目な仕事モードに切り替わる。

「それで、首尾は如何ですか?」

「出来る限りは尽くす…それよりも、本当に来るのか? かの殺人鬼は」

「えぇ、ちゃんと案内状も渡しておいたんで。この場に天国多々さんが居る以上、必ず来るでしょう」

「……そうか」

 納得したのかどうか分からないが、安曇さんは短く答え、懐から白い手袋を取り出して嵌める。よく見ると左手には星型のマークが、右側には升目を描いたようなマークが縫い込まれていた。

「あ、えーっと……」

 不思議そうに安曇さんを見つめる多々さんに、「助っ人の安曇さんだよ」と紹介する。

「あの方が……た、確かに強そうですね」

「うん。強そうだよね」

 緊張した面持ちの多々さんに共感する。安曇さんの顔はどう見ても堅気じゃないからね……。

「七月と、天国……で良かったか?」

 そんな会話をする私達を、変わらぬ強い眼光で睥睨し、スーツのジャケットを脱ぎながら続ける。

「戦闘は私に任せたまえ。天国。貴女は……言い方は悪いが、天国朏句人を誘き寄せる為の餌であり囮だ。故に探偵の傍から絶対に離れないように」

「は、はいッ」

 白い息を吐き出しながら、多々さんは震えた声で応えて頷いた。その様子を見た安曇さんは満足したようで、シャツを腕まくりしながら先生の元へと視線を戻す。

晴明紋(セーマン)道満紋(ドーマン)の刻まれた手袋……近接戦闘する気満々ですね」

「あぁ、このお守りは、魔術的にはそう呼ぶのだったな。ふん……今回に限っては、如何に備えがあっても足りないだろうよ」

「えぇ……そうですね。それと、ちょうど良いみたいです」

 先生は頬を引き攣らせ、冷や汗を浮かべた。

 その表情で、この場に居る全員が事態を把握する。

「校舎を覆っている結界が、丑寅(ほくとう)の方角で破られたのを感じました。校舎中に張っておいた霊符を次々に潰しながら、何かがこちらに接近している――」

 それは、一瞬の出来事。

 先生が震える声で述べた言葉から、幾許もなかった。



「たぁあああぁああああたぁぁぁあああ――――ッ!!」



 耳を覆いたくなるような悍ましい絶叫と共に、私達の足元が真っ二つに切断された。





 安曇阿雁はこの道三十年のベテランである。表向きは宮内庁参事官という職に就き、裏ではこの社会の闇夜を跋扈する神霊事件を解決して来た。龍ヶ崎暦のような私立探偵とは違い、依頼は国から出される。その責任は重く、また時には国の存亡をかけたような大規模な事件を担当することも、ままあった。

 そんな彼でさえ、コンクリートの床を切り裂いて襲い掛かって来られる経験なぞあるはずもなく、唐突な轟音と衝撃に、珍しく唖然とする他ない。

 しかしすぐに彼は意識を持ち直した。飛び散る瓦礫の中、月灯りに照らされた日本刀を持つ一つ目の殺人鬼の姿を真っ先に視認する。

 彼は脇目もふらず、不気味に輝く一つ目で天国多々を睨み付けていた。

 屋上の床は真一文字に裂かれ、無数のヒビが一気に駆け抜ける。阿雁は一息吐き出して、残っているアスファルトに着地し、その勢いのまま蹴り飛ばした。

「――遠神能看可給(とおつおやのかみごしょうらんあれ)

 古き神代の言葉を唱えると同時に、彼の晴明紋・道満紋が刻まれた両手が海原のように青く輝く。これこそが海神の血を継ぐ彼の権能の発露。

 そして目前の敵は、自らの殺すべき妹に斬り掛かろうと『狐月』を振り被った状態で、がら空きの背中を晒していた。

「――ハァッ!」

「!?」

 裂帛の気合いと共に、阿雁は殺人鬼の背中を殴打する。殺人鬼は驚愕と共に振り返った所で懐に滑り込み、さらに鳩尾目がけてもう一撃を畳み掛けた。

「ぎぃ!?」

「流石に固いな」

 ダメージが入っている感触はある――だが、互いに神々の力を行使しているのだ。そう簡単には決まらない。朏句人はすぐに阿雁の存在を敵として認識し、人間の骨格を無視したような動きで腰を回し、『狐月』の刃は横一文字に襲い掛かる。

「……ふん」

 まるで暴風の如く押し寄せる斬撃を、阿雁は涼しい貌で後退して回避――否、回避など出来ぬ神速の刃。阿雁の右胸から脇腹に掛けて、真っ二つに切り裂かれて当然の一撃が見舞われている。

「……ッ」

 赤い一つの瞳が明滅する。阿雁の白いシャツは袈裟斬りにされていたが、その下の肉体は無傷だったのだ。

「ほう。圧縮祝詞が編み込まれた防刃服がこのザマとは、神性の相性を考慮したとしても、なかなか強力な権能だ。だがな、届かぬよ。そのような鈍刀(なまくらがたな)ではな」

「が、ぎぃ……ッ!」

 挑発するような態度の阿雁に対し、すぐさま第二撃を与えようとする男の足元に、五本の短刀が投擲される。

「急々如律令ッ!」

 龍ヶ崎暦の陰陽術――それがあの日の夜のように、数秒で解かれる拘束でも構わなかった。

 今この場には、その数秒で趨勢を変える阿雁がいる。

「ぐぁがあぁあああぁああああああああああああッ!」

 咆哮と共に、大気は震えて足元の短刀は吹き飛ぶ。だが、彼が自由になった時には既に、阿雁は腰を落として間合いへと入っていた。

「貴様の刃に神は宿っていようが、貴様自身に神は宿っておらぬ――伽藍洞の男よ。芥の如く消し飛べッ!」

「――ッ!?」

 反撃の隙など一切与えず、阿雁の掌底はまるで大津波の如き勢いを以って、朏句人の胸に目がけて叩き込まれた。

 殺人鬼の身体は宙に浮き、海神の権能を纏った両手により繰り出された掌底の衝撃のまま水平に吹き飛ぶ。フェンスをブチ破って屋上から落下していった朏句人の行く先を、阿雁は冷め切った瞳で見下ろした。

 バッシャァンッ! という派手な水飛沫が上がる音。朏句人が落ちた先は、この時期にはもう使われない学校のプールであった。





「……な、あぁ!?」

 あまりの衝撃と轟音に、私は尻餅をついて床に転がる。何があったのか、よく分からない――突然床を切り裂いて天国朏句人が出て来て、多々さんに襲い掛かろうとしたところを阿雁がタコ殴りにして――あぁ、情報の処理が追いつかない! とにかく、多々さんの安全を確保しようとした見渡した瞬間、私はサァ……と血の気が引いていくのを感じた。

 多々さんの姿が、ない。

「……嘘でしょ!?」

 さっき襲われた瞬間、確かに彼女の姿はあった。だったら、その後にどこかへ消えて――でも一体、どこに? と視線を巡らせると、屋内へと続く扉が半開きになっているのに気付く。

「――ッ」

 まさか……? でも何故? 分からない、分からないけど、彼女は天国朏句人のターゲットなんだ、一人にして良い訳がない!

 先生は真っ二つにされた床の、向こう側。屋内に行けるのは扉に近い場所にいる私だけだ。

「あぁ、もうッ!」

 私はやけくそ気味に叫び、走り出す。何としてでも多々さんを見つけ出し、安全な場所に連れ戻さないと!





 濁った水の中に沈められた朏句人の身体を、何かが絡み付いて拘束する。『狐月』を振り回して暴れても、プールの外壁や底を破壊するのみで、彼の身体を拘束する枷を解くことは出来ない。

「ぎぃ、い、いいいい――ッッ!」

 歯軋りをしながら咆哮する化け物。だが、もはや俎上の魚、囚われた獣だ。

「凄まじい気迫だが……無駄だ。火と金を司る天目一箇神の権能に振り回されるだけの貴様に、水の牢を突破することは叶わない」

 急いでここまで降りて来たのだろう。乱れた前髪を乱雑に掻き上げ、阿雁は暴れ回る朏句人を冷ややかに見下ろす。

「はぁ……全く、老骨に鞭打ち戦ったが、なかなか肝が冷えたぞ……」

 疲れた様子で汗を拭う彼の身体の周りを、二つの玉が浮遊している。一つは青白く輝く玉、もう一つは紅蓮に輝く玉。それらは阿雁を中心に、ぐるぐると周回していた。

「ぎ、ぃ、それはぁ……ッ」

「? あぁ、お察しの通り、これは潮満珠(しおみちのたま)潮涸珠(しおひのたま)――神代より安曇家に伝わる神器だ。……老いた身だ。貴様のような荒御魂を抑え付ける為には、流石に神器の助けもなければな」

 ふう、と小さく溜息を吐いて、阿雁はプールの飛び込台に腰かけた。そして未だに真っ赤な一つ目を燃やしながら歯軋りを続ける朏句人を、じっと凝視する。

「さて、天国朏句人。幾つか質問があるのだが、良いだろうか。君と君の家……そして君の妹・天国多々に関する話だ」

「…………」

 阿雁が多々の名前を出した途端、化け物はぴたりと黙った。

「君は神性適合者ではないな? 前情報と戦った感触で分かる。生まれついて神を宿していたのではなく、後天的に神を自身の身体へと降ろした――どちらかというと、魔術師と呼ぶべきだろう」

「…………」

「私の神器について知っていたな? この校舎に侵入する際も、わざわざ丁寧に北東方面から突破してきただろう。北東が陰陽道に於いて鬼門と呼ばれ、魔術的な死角だと知っていなければ取れない行動だ」

「…………」

 化け物は喋らない。閉口し、阿雁を見ている。

「もし、そうなら……貴様の目的は何なのだ? 何故、人を殺して回る? 魔術を以って神を降ろす知性があるのなら、殺したいと願う人物だけを殺すことくらい出来るだろう」

「…………なにを、いって、いる」

 阿雁がぶつけた純粋な問い。

 それに対して化け物は、嘲りだとか怒りだとか、そういった感情とは無縁な……困惑の表情を浮かべていた。

「あなたは、なにをいって、いるん、だ? ころして、まわった……? ボクが……? ひとを、ころした……?」

「……何?」

 阿雁は怪訝な表情を浮かべ、焦燥感に駆られたように立ち上がった。

「おい、どういうことだ? 貴様は自分が人を殺したと自覚していないのか?」

「そうだ……ボクは……これから、ころさなきゃいけない……ころさなきゃいけないんだ……たた……たた……たたぁああああああああああああッ!」

 絞り出すように叫び、再び朏句人は暴れ出す。その様子に阿雁は「ち」と舌打ちをして、手を翳して拘束を強めると、彼の手から呪われた日本刀『狐月』が零れ落ちた。

「た、たぁ……ッ」

 断末魔のような叫びを上げて、朏句人の意識はまるでコンセントが抜けた電子機器のように停止する。

「ふぅ……やはり化け物じみた力の正体は、この『狐月』か。いや、だからこそ意味が分からぬ」

 目を細め、眉を顰める阿雁であったが、一度思考を打ち切る。あの探偵と合流してから考えるべきだろうとして、彼が落とした妖刀を見下ろした。

「そういえば、これにも謎が残っていたな」

 宮内庁のデータベースに無く、また〝神々の武器庫〟番である石上家すら認知していない、神の力を宿す日本刀。銘を『狐月』。

「まぁ良い。持ち帰って書陵部辺りにでも調べさせるか」

 阿雁は呟いて、プールの床に転がった『狐月』を回収しようと足を進めた、その時、



 阿雁の胸に、一本の刃が突き立てられた。



「……ッ!?」

 余りにも乱雑な、力任せの刺突。驚愕に目を見開き見下ろすと、逆手に包丁を持った少女の小さな手がそこにはあった。

 阿雁は恐る恐る、背後に目をやる。

「ふ、ふふふッ」

 飛び散る血潮と、歪んだ笑顔。

 一人の殺人鬼が、そこには立っていた。





 私が屋上から下り、四階の廊下を見渡す。上で行われている戦闘が激しいらしく、時々床が揺れて立っていることすらままならない。私が動く間もなく、窓の外からバッシャァンッ! という激しい水温が聞こえてきた。見てみると、プールに何かが急速落下したようである。すると下の階で、ガタッと小さな物音がした。

「……ッ」

 私は弾けるように床を蹴り、階段を下る。三階に降りて見渡すと、ちょうど家庭科室から出て来る多々さんの姿を発見した。

「多々さんッ!」

「へぅ!?」

 私が話しかけると、彼女は肩をビクゥと震わせ、怯えたようにこちらを見つめる。

「どうしたの!? 先生の傍にいるって話だったのにッ!」

「ご、ごめんなさい……ワタシ、怖くて……ッ」

「……ッ」

 震えながら両腕で自分の身体を抱く多々さんの姿に、とても責める気なんてなくなる。確かにアスファルトを切断しながら飛び上がってくる化け物の殺意を正面から受けてしまえば、逃げ出したくもなるだろう。

だけど状況としては、あまりよろしいとは言えない。早く先生や安曇さんの元へと戻らないと。

「――こんなところに居たのか、二人共!」

 私が多々さんを連れて走り出そうとした瞬間、上の階から安曇さんが降りて来て叫ぶ。

「早く探偵の元に戻りたまえ」

「ってことは……」

「あぁ、上手くプールに叩き落とせた。天国朏句人に止めを差しに行く。君達は屋上に戻った方が安全だ」

 それだけ言い残し、安曇さんは下の階へと飛ぶように下って行く。とてもじゃないが初老の人物とは思えない身のこなしようだ。

 それにしても、あの音はやっぱりあの殺人鬼をプールに落とされた音だったのか……安曇さんの『水を自在に操る権能』を考えれば、勝利は確定みたいなものだ。

「や、やったね……。先生は使えなかったけど、やっぱり安曇さんが何とかしてくれるみたいだよ……ッ。だから早く屋上に……」

 私は多々さんの手を強く握って、上の階に向かおうと促すが……彼女は小さく首を横に振った。

「お兄ちゃんに……止めを……? いや、そんなこと……」

 ぶつぶつとうわ言のように呟き、多々さんは私の手を振り払った。

「え……?」

「すみません、ワタシ……やらなきゃいけないことがあるんです……お兄ちゃんに、伝えなきゃいけないことがあるんです……だから!」

 鬼気迫った表情で言い放って、多々さんは踵を返して安曇さんを追いかける。その突然の行動に、私は呆然と立ち尽くしてしまった。

「お、おーい。打ち合わせと展開違い過ぎてびっくりなんだけどー?」

 そんな私の元に、手摺りに体重を預けながら先生が降りてくる。片手に栄養ドリンクの瓶のような物を握っており、残り少ない魔力を消費してしまったが故に疲弊し切っている様子だった。

「せ、先生! 何か、多々さんがお兄さんに伝えることがあるとか言って行っちゃったんですけど……」

「…………え」

 先生は唇の端を引き攣らせ、眉を左右非対称に歪ませた。額には汗がダラダラと沸き上がり、眼球が忙しなく蠢く。

「ま……まずいぞ……早く、僕達もプールに向かわないと危ない……ッ!」

「た、確かに、安曇さんがいると行っても、多々さんの姿を見たらあの殺人鬼が暴走するかもしれません……」

「違う、そっちじゃない!」

 先生は――初めて見たような、そんな動揺した表情を貌に浮かべて言った。





 薄れゆく記憶の中で思い出す。

 あの日のことを。

 ボク達の両親が死んだ、あの日のことを。

 舞い踊る血と、飛び出た臓物。

 ボクの視界に映る全て。

 こんな日が来るって分かっていた。

 分かっていて、受け入れようと決めていたのに。


「やめろ! 多々!」


 無残にお母さんを斬り殺し――血に濡れた『狐月』を片手に哄笑を上げる一人の少女――天国多々の元へと、ボクは叫びながら駆け出した。

 それでも止まらない、止められない。

 あぁ、駄目だ。

 ボクは、多々と約束を、したはずなのに――





 私と先生がプールサイドに突入した瞬間、目に入って来た景色に唖然とする。

 腹から流れる血を抑えながら蹲る安曇さん、その前に立つ、妖刀『狐月』を携えた殺人鬼――それは天国朏句人ではない。彼はプールに満たされた水の上で、物言わぬ骸のような状態で浮いている。

 揺れる長い黒髪と短いスカート。

赤く輝く刀身は、まるで朏のよう。



「あぁ……羽衣さん。一足遅かったですね」



 多々さんが、『狐月』を握って、プールサイドに立っていた。



「多々さん!? 何で――」

「何でも何も……こういうことさ、羽衣ちゃん」

 肩で息をしながら、先生は忌々しそうな様子で口を開く。

「連続通り魔殺人事件の犯人は君だろう? 天国多々」

「えぇ、その通りですよ?」

 口元に妖艶とも言える笑みを浮かべ、私が被害者だと思っていた少女は告げる。その瞳には、今までも弱々しさも、清廉さもない。

「全く以って、その通りです。流石は霊能探偵さんです。貴方はワタシの依頼通り、ワタシの兄を解放してくださいました――この妖刀『狐月』から」

 ゆらり、ゆらり。

 彼女の身体は平衡感覚を失ったように揺れる。

「あぁ……これでワタシは神の力を手に入れました! あの日、兄の邪魔すら入らなければワタシの物になる筈だった力を!」

「……ッ、多々さん!」

 陶酔するように語る彼女に、私は意を決して叫ぶ。

「私達を騙していたの!?」

「騙していた? いいえ、そんなことはありませんよ、羽衣さん」

 ざわざわと、彼女の長い黒髪が蠢く。それはまるで、別の生き物のようだった。

「最初に依頼した筈です。兄を解放してほしい、と。そう……適合者でもないのに神の力を揮い、殺人を続けるワタシを殺そうと追い続ける兄を、その見当違いも甚だしい義務感から解放してあげたかったんですよ」

「~~~~ッ」

 醜悪に嗤う彼女の貌に、私は怒りすら通り越して悲しさを覚えた。あんなにも彼女の心に語り掛けようとしていたのに、多々さんは端から私達を利用することしか頭になかったのだから。

「げふッ……、すまんな、探偵。しくじったわ」

「マジで頼みますよ、安曇さん……オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ」

 吐血する安曇さんに先生は霊符を投げつけると、受け取った本人は即座に腹へ叩き付けて立ち上がる。

「そもそも霊能探偵さん、貴方は分かっていたのでは? ワタシが、この町で起こっている連続通り魔殺人事件の犯人だって」

 え、本当に!? と驚愕と共に振り返ると、先生は事もなげに首肯した。

「まぁ、推測の域を出ちゃいなかったし、確証もないまま依頼人を犯人扱いする訳にはいかなかったから皆に言ってなかったけどね。『引っ越した先で殺人事件が必ず起こる』……よくもまぁいけしゃあしゃあと言えたものだ」

「ふふ」

 どこか喜色の混じった笑みを浮かべ、多々さんは左手で懐から真っ赤に濡れた包丁を取り出した。きっとあれで安曇さんを刺したのだろう。

「分かっていたから、こんなふざけた格好に着替えさせて、刃物を持ち込めないようにしたんでしょう? まぁ、凶器なんて学校の中でも調達出来ますけどね」

 あぁ、そうか……あの時に彼女が屋上から姿を消したのも、家庭科室から出て来たのも、全てこの為だったのか。……先生の思惑に関しては趣味の方が強く出ていて、何か素直に「なるほど」とは思えなかった。

「さて、望みの妖刀は手に入ったし、どうします? ワタシは今とても気分が良いのです。……そこを通していただけるのでしたら、皆さんを見逃して差し上げても構いませんが」

 蠢く黒髪、獣の如き眼光――妖刀を携えた彼女の姿は、それこそ化け物だった。

「一つだけ訊きたたい――天国多々、その妖刀を以ってして、如何とする?」

 もはや怪我の痛みなど忘れたばかりの様子の安曇さんは、堂々と立って彼女へと質問する。多々さんは、その言葉へ「ふふ」という嘲笑を以って応えた。

「愚問です――刃を持てば、ただ斬るのみ。もっともっと、人を殺すんですよ。それだけがワタシの生きる糧、人殺しの悦楽を知ってしまった自分が生きる理由。それ以上、何が必要で?」

「……」

 その言葉に、安曇さんは険しい貌で先生を見た。すると先生は呆れたように首を横に振る。そして今度は先生が、私に視線を向けた。私も何も言わず、静かに首を横に振る。

 結論は出た。私達の意思は言わずとも伝わったのか、多々さんは口元に満面の笑みを浮かべて『狐月』を構える。

三条小鍛治宗近(さんじょうこかじむねちか)が鍛えし刃――遠神能看可給(とおつおやのかみごしょうらんあれ)

 彼女が唱えた刹那、ぞわぞわと蠢いていた黒髪の間から、黒い三角形の何かが生える。短い制服のスカートを押し除けて太くて長い尻尾のような物まで生えた。

「……な、何が……」

 何が起こっているのか分からない、彼女の変化についていけず困惑していると、先生は「お、狐耳じゃん」と呑気に言った。

「き、きつねって……」

「羽衣ちゃん、妖刀『狐月(こげつ)』って、漢字でどう書いたっけ?」

「……? 『キツネ』に『ツキ』って……あ」

 多々さんの両手両足、露出している部分は一気に獣の毛が生え揃い、完全に獣化していることが分かった。

「……ふん、『狐憑き』。それがあの妖刀の真銘か」

 その有様を見て、安曇さんは詰まらなそうに呟く。

「三条宗近と言ったな――神代鍛治・天国の一番弟子、三条宗近――稲荷大神(いなりおおかみ)の加護を以って幾つもの名刀を鍛えた伝説の刀鍛冶。天国家が継承はした神性は宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)だったという訳だ」

「お稲荷さんの眷属は狐だもんねぇ」

「ちょ、二人共! 呑気に話している場合じゃ――ッ」

 先生と安曇さんが答え合わせをしている間に、多々さんの変身は終わっていた。右手に妖刀を握りながらも、極端な前傾姿勢。黒く伸びた髪の所為で顔がよく見えないけど、尖った鼻や頬の辺りまで口が裂けて牙が確認出来た。

「あぁ、それなんだけどねぇ、羽衣ちゃん」

 呑気に頭を掻きながら先生は、へらっと相好を崩す。それと同時に多々さんはアスファルトが剥がれる程の力で地面を蹴り飛ばし、こちらに跳躍した。だけど先生は、私の方を向いたまま、小さな声で唱える。

「――オン・ダキニ・ギャチ・ギャカニエイ・ソワカ」

 ガチン! という金属音が響き渡る。

 宙を舞い襲い来る筈だった凶刃の持ち主は、目に見えぬ何者かに抑え付けられ地面に急落下した。

「あ、が……ッ!?」

 獣化した多々さんは、目に見えない力に縛られたように這い蹲っていた。

「はは……多々ちゃん。君が凶器を持ち込まないように、敢えて羽衣ちゃんと一緒に薄着に着替えてもらった……そこまで推測出来ていたのなら、すぐにでもそのコスプレ衣装は脱ぐべきだったね」

 ニヤリ、口元に笑みを浮かべて、先生は不用意に多々さんの元へと近付く。

「ミニスカで狐っ子ってことで、パンツが丸見えなのは評価するけどさ……それはそれとして、言っただろう。その制服には魔術加工がなされているって」

「――ッ」

「宇迦之御魂神――君の纏う神性は荼枳尼天(だきにてん)真言(マントラ)の影響をもろに受ける。何せ神仏習合に於いて同一神格として括られた存在なんだから」

 す、凄い!

 本当にそこまで考え抜いて、このコスプレ衣装を!?

「舐めないで、下さいよ……ッ! 魔術師風情が、神性を本気で繋ぎ止め続けられると……ッ!?」

 地面に付せられながら『狐月』を振り上げる多々さん――あの日本刀で、先生の魔術そのものを切り裂くつもりなんだろう――だが、ここにいるのは先生だけではない。

「あぁ――魔術師だけでは難しいかもしれないな」

 安曇さんの周囲を蒼い珠と紅い珠が急速に回り始めると同時に、プールの水が物凄い勢いで上空まで舞い上り、刃の形を無数に造った。

「ウォーターカッターという物を御存知かね。極度に加圧された水は、鋼鉄すら切断する。さて、神性による加護をどこまで貫けるか試してみよう」

 五芒星の手袋をした手を掲げると、物凄い勢いで水の刃は多々さんを襲う。十、二十、三十と、何度も何度も彼女の身体を滅多打ちにする。

「う、ぐぅ、うううう!?」

 痛みに耐える多々さんが痛ましい悲鳴を上げるが、しかし血が出るほどのダメージはない。だが、柄を握っているほどの余力はなかったのだろう――彼女は遂に、私達を騙してまで手に入れた妖刀を、手から落としてしまった。

「さて……僕に刀を使う力は無いし、安曇さんも権能を連発しまくってお疲れだろう……羽衣ちゃん、頼める?」

 地面に落ちた日本刀を拾って、先生は私に視線を向ける。

「……先生」

「ははは、ごめんごめん。冗談だよ。君が騙されていたことを本気で……多々ちゃんを殺したいほど憎んでいたとしたら、それを晴らす機会を与えたいと思っただけさ」

「私は別に……憎むとかじゃないです。ただ彼女のことを最後まで見抜けなかったことは、悔しいし、悲しいです……」

「……そっか」

 私の答えに先生は、どこか満足気に頷いた。

「それじゃ、やっぱりこの妖刀は、持つべき人間に渡すべきだろう……さぁ、受け取るがいい」

 ひょい、と無造作に、先生は『狐月』を放り投げた。宙でくるくると回った日本刀の柄を、誰かが手にした。

「――あぁ、感謝する」

 そこには傷だらけで、びしょ濡れで、全身が憔悴し切っているのに、瞳だけは紅蓮に燃え盛る一人の男が立っていた。





 妹である多々の不可解な行動が増えたのは、小学校に上がった辺りだろうか……周囲の人々と馴染めず、暴力的な行動が増えていた。

 兄であるボクは心配していたけど、まぁ新しい環境で戸惑っているだけなんじゃないかと楽観していた。その認識が覆ったのは、いつのことだろう。

 多々が近所にいた野良犬を、実家の倉庫にあった鉈で殺していた場面をボクは目撃してしまった。多々は泣きながら、何度も何度も、ぴくぴくと痙攣する野良犬を殴打し、絶命するまで狂ったように鉈を振り回していた。

『お兄ちゃん、ワタシ、ワタシ……ッ!』

 呆然のその姿を見ていたボクのことに気付いた多々は、泣きながら抱き付いて来た。あぁ、そうか、野良犬に襲われたから、パニックになって反撃しただけなのかと、ボクはそう思った。

『怖い、怖いよぉ……ッ』

 泣きじゃくる彼女の頭を、確かボクは『よしよし』を撫でた。しかしその手は、多々の一言で止まってしまった。

『ワタシ……楽しかった……ワンちゃんを殺すのが、悲鳴を上げて転がって、どんどん弱くなってくのを見るが、楽しかった、嬉しかった、気持ち良かった……ッ!』

 絶句――だろう。

 実際ボクがどういう反応を示したのかは覚えていないが、たぶん言葉も出なかったと思う。

『こんなの、おかしいよね……? ずっと、ずっと……他人がかわいそうなのが嬉しいなんて変だよね? あんなかわいいワンちゃんを殺すのが楽しいなんて、そんなの嫌だ……こんなワタシ死んじゃった方が良いのかなぁ……?』

 瞳孔が開き切った目で、必死に泣きながらボクに問うてくる多々。そんな彼女をボクは、精一杯の力で抱き締めた。

 そんなことはない。

 ちょっと普通とは違うけど、死んだ方が良いなんて、そんな人間がいるもんか。

 良いんだよ、多々。

 お前は、生きて良いんだ。

『で、でも……ワタシ……絶対、おかしなことしちゃう……絶対に、誰かを、皆を不幸にしちゃう……』

 ボクは、頬を伝う彼女の涙を拭き取って、言った。


 ――その時は、ボクが止めてやる。

 ――約束だ。





「約束したよね、多々」

 ボクの目の前で、多々は地面に這い蹲っている。ここにいる魔術師達の仕業だろう。あの老人の言葉を信じる限り、多々が繰り返して来た殺人事件はボクの仕業だが、どうやら真相は明らかになったようだった。

「お兄、ちゃん……」

 宇迦之御魂神の眷属たる狐の姿へと変化していた彼女は、『狐月』を手放していたことにより権能が剥がされ、本来の彼女へと戻っていた。あぁ、妹じゃなくてボクが神性適合だったなら、わざわざ片目を潰して天目一箇神の力を自分の身体に降ろす必要もなかったのになぁ。

「遅くなって、ごめん」

「は、ははは。ごめんって……本当にお兄ちゃんは、バカだなぁ……」

 ボクを馬鹿にしたように笑って、瞳から紅い涙を流す。

「遅い……遅いよ、本当に。もう何人殺したと思っているの……? 楽しかった、楽し過ぎたよ……」

 擦れた声で多々は言いながら、ごろんと仰向けになった。自虐的に笑って、紅い涙を瞳から零しながら、ボクをじっと見つめている。

「あぁ、止めらんないなぁ、殺人は。生き血の温かさも蠢く臓物の感触も忘れられない。一度味わったら病みつきになっちゃうよ」

「あぁ、だからこそ――ボクが止めてやる」

『狐月』を振り上げる。

 ボクを見つめる多々は、満足そうに笑っていた。

「あはは、……本当にお兄ちゃんはバカだよ。こんな狂人、放っておいても良かったのに……そんなザマになってまで、律儀って言うか、何て言うか……」

「ボクはお兄ちゃんだからな。妹が悪いことをしたのなら、叱るのは当然だ」

「ばーか、ばーか」

 まるで昔のように頬を膨らませて、多々はボクを馬鹿にする。あぁ、そうだね、きっとボクは馬鹿なんだ。

 でも、どれだけねじ曲がって、悪辣な殺人鬼になっても、君はあの日、ボクだけは殺さなかった。その気になれば『狐月』を奪い返してボクを殺すことだって出来たはずなのに。

 多々は、ボクを殺さなかった。

 殺さなかったんだ。

 そんな風に妹から想われているのなら、それに応えなきゃお兄ちゃんじゃないだろう。

「……じゃあな、多々。ここまでだ」

「うん……ありがと、お兄ちゃん」

 柄を握り締める。口元に、精一杯の笑みを浮かべる。

微笑む多々の胸に目がけて、ボクは『狐月』の刃を振り下ろした。



 こうして真っ赤な朏の元に、たった一人の凶刃を止める為の、ボクの殺刃(さつじん)事件は幕を下ろした。





 事件の全てが終わり三日ほど経ち、事件簿を作成しようとパソコンを起動したが、全く腕が動かない。私は立ち上がり、「んー」と固まった身体を伸ばした。

「先生……何か今回の事件、色々と難しい事柄が多過ぎて纏まらないんですけど」

「はっはっはっ。そんなことを言われても、僕ですら全貌は把握出来ていないからねぇ」

 あれだけ憔悴していた先生だったけど、どうやら体力も戻ったらしくて、今は元気にパソコンでゲームをやっている。

「連続殺人事件は、犯人の不可解な死を以って解決。朏句人さんは本当に誰も殺してなくて、全ての殺人事件の犯人は多々さんだった……多々さんは、何で人殺しなんてしていたんでしょうか……」

「まぁ、彼女が継いだ神性と同一神格である荼枳尼天は、その根本になったヒンドゥー教だとダーキニーっていう人間を殺して回る女羅刹だからね。波長が合っちゃったって事だろう」

 興味が無さそうに先生は画面を眺め、カタカタとキーボードを叩いている。

「まぁ、ここまで来ると、どうしようもないって言うか、もはや天国兄妹の中で完結していた事件って感じだよねぇ。僕達は巻き込まれたようなものさ」

「……朏句人さんは、どうなったんでしょうか」

「さてね。安曇さんが連れて行ったんだから、そう悪いようにはされないさ。自分で自分に神を降ろせるほどの魔術師なんだから、障神局か【八咫烏】で雇ってもらえたりするんじゃない?」

 ふぅ、と息を吐き捨てて、先生は窓の外を見た。いつもだったら人々で賑わっている筈の駅の周りも、どこか閑散としている。

「流石に酷い事件が続いた後だからか、全然人が歩いてないですね……まぁ私も来週まで学校は臨時休校ですけど」

 何て言ったって、謎の現象によって屋上が真っ二つになっているからね。

「うん。まぁしばらくすれば、賑わいも戻ってくるんじゃないかな。人間は忘れっぽいから、どんな凄惨な事件も忘れちゃうんだ」

 先生はそれだけ言って、パソコンの画面に視線を戻す。だけど私は、静寂に包まれた街並みから視線を外すことが出来ず、しばらくの間見下ろしていた。

 そう、この世には多々さんのように、理解不能な異常な人物が紛れているのだろう。数は少なくとも、彼女一人だけだなんて保証はどこにもない。

 彼女には止めてくれる人物がいた。

 自分の人生を全て投げ打ってでも止めようとしてくれた人物が、奇跡的に存在した。

 もしも朏句人さんがいなければ、多々さんはどうなっていたのか。『狐月』を携えて、人々を無差別に斬殺する、本当の女羅刹と化してしまっていたのかもしれない。

 あぁだからきっと、私は忘れないよう事件簿を纏めるのかもしれない。

 どんな悲劇も惨劇も、日常の中で埋もれてしまうこの世界で、どんな悲しみがあったのか、どんな涙があったのか、なかったことにしないように。

「……」

 私は街並みに背を向けて、椅子に座ってパソコンのモニターを見つめる。やるせない想いを抱きながら、私はキーボードを叩き始めるのであった。




『連続通り魔事件』――解決。

『殺刃事件』――解決。


Case4、完結です。

長くなってしまって本当にすみません。

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