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少女誘拐事件 補遺

「本日、私は皆さまに告白しなければならない事があります」

 大ホールの演壇に立ち、スーツを身に纏った四十代ほどの女性はマイクを片手に話し始めた。

「私はかつて……自らの娘を殺しました」

 そのショッキングな発言に、会場の集まった人々は一斉にざわめき出す。彼女はこの集まりの中でも中心的な人物であり、突然そんな事を言い出したのだから当然だ。

 しかし彼女の話には、続きがあった。

「再婚相手であった私の元旦那は、私の大切な、そう大切に想っていた筈の娘……ゆめを毎日のように殴っていました。そして私は、それを止める事が出来なかった。――あの子が死ぬまで、私は娘を助けようとする事も出来なかった。これは、私が殺したも同然なのです。私が娘を殺したのです」

 淡々とした女性の言葉に、その場に集った人々は静まり返っていた。確かにそれは、娘を殺したと言えなくもない。

 だがそれは、彼女の悪性を示すものではない。

 それは彼女の弱さを示すものだ。

 そして人々は、弱さを糾弾する事など出来ない。

 何故なら彼は一様に、その弱さが故に社会から追い出され、はみ出してしまった者達だからだ。

「私の罪は消えません。私は永劫に許されません……だって、神様はとうの昔に死んでしまったのですから」

 最初はどこか機械的な言葉であったが、次第に熱が籠り出す。瞳には涙を溜め、拳を握り締め、大仰な手振りを交えて彼女は演説を始めるのだ。

「だから皆さま! 消えぬ罪業に苦しむ皆さま! 罪を背負ったまま、共に地獄(インヘルノ)に向かいましょう! 許される為でもなく、認められる為でもなく……それでも我等は同じ道を巡礼するのです!」

 集った人々は彼女の叫びに聞き入る。きっとそれは、彼等が最も言って欲しかった言葉だから。

 犯した罪は消えない。

 だけど彼女は……共に歩もうと言うのだ。

「さぁ、皆さま! 唱えるのです『さんたまりあ、さんたまりあ』と。さすれば聖母は、生み落としてくれるでしょう――我らを地獄へといざなう明けの魔王・じゅすふぇる様をッ!」

 女性の言葉を皮切りに、ホールは人々の叫びで満たされる。



 さんたまりあ、さんたまりあ。

 我らを救いたまえ。

 さんたまりあ、さんたまりあ。

 罪深き我らを導きたまえ。



 それは歪んだ信仰。

 罪を許される為ではなく、罪を認める為に、人々は神ではなく悪魔と、悪魔を産み落とす聖母を求めた。

 そんな無辜の人々の悲痛なるまじないの詞を、舞台裏にて男は聞き届ける。

「あぁ……諸人よ。迷える羊達よ。もうすぐだ。もう一度、地獄の扉は開かれる」

 彼の顔を表す言葉はない。

 彼の姿を現す言葉ない。

 彼は三木東間という男の影法師、歩き回る願いの残滓。

「龍ヶ崎暦……結局、お前は救えない。何も救えないのだ……は、ははははははははっ! はれるや! はれるや! やはり正しいのは私だった! 悲しみの連鎖を断ち切れるのは個人による矮小な活動ではなく、魔王降臨による圧倒的な救済! あぁ、さんたまりあよ。すぐに参ります! 不肖この東間めが、三賢者の代役を賜りましょうぞ!」

 東間はケタケタと不気味な笑みを浮かべながら、ただひたすら生前は叶わなかった野望を燃やす。

 霊能探偵・龍ヶ崎暦と、かつて聖母と呼ばれた少女・七月羽衣の元には、着実に危機が迫りつつあった。




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