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騒霊犬事件 補遺

「何だか浮かない貌をしていますね、宮ヶ瀬さん」

 そう言われて、知らずに溜息を吐いていたことに気付いた。気心の知れた相手とはいえ、商談中に失礼なことをしてしまった。

「こ、これは申し訳ありません……」

「あっはっはっ、お気になさらず。ご家族を残しての長期出張ですから、色々と大変でしょう」

「そう言っていただけると、助かります……」

 六十代とは思えぬ若々しい、向かいの机に座った彼は爽やかに微笑む。不動産で財を成した資産家であるが、それを鼻に掛けない柔和さが彼の魅力だ。しかし優しさだけが彼の美点ではない。現在の我が家も彼の紹介で買ったものだが、格安でありながら洗練された和風モダンな木造建築……正直、買った側が申し訳なくなるほどのお手頃価格であった。それでいて、彼の側にも利益が出ているのだという。不動産家としての腕も一流だ。

「話に聞くには、何でも貴方の家では不可思議な出来事が起きている、とか」

「……よく御存知で」

 ウチの秘書辺りが喋ったのだろうか……プライベートな話であり、なおかつ眉唾物な話でもある。こういった場面で話すのは些か躊躇ったが……、

「あの家を売った者としては、とても気になりますね。何があったんですか?」

 相手にそう言われては、話さない訳にはいかない。ずっと自分の頭の中で考えていても、私の精神衛生上よろしくないだろう……そう思って、私は話をすることにした。

 あの家で、夜な夜な犬の鳴き声がすること。

 娘と嫁から電話で聞くところ、そんな怪奇現象を霊能探偵などという胡散臭い人物が解決したこと。

「……ははは。正直、もう私には何が何やらさっぱりでして。『除霊をしたらリビングが吹き飛んだ』とか言われても……妻も混乱していて、要領の得ない説明ばかりですし……」

 ここまで話して、しかし私の語ったことの方がよっぽど要領の得ていないものだと気付いた。だが目の前の彼は「ははぁ、なるほど、なるほど」と興味深そうに顎を指で擦り、口元に笑みを浮かべている。

「……それで、その怪しげな霊能探偵とやらは、何という名前なのでしょう」

「名前は……確か……」

 嫁の話も娘の話も滅茶苦茶で、意味不明なものばかりであったので、人物名を思い出すのに考え込む。だが、娘から貰ったLINEを見返したら、その名前を発見することが出来た。

「霊能探偵……その名前は、龍ヶ崎暦、というそうですね」





 霊能探偵・龍ヶ崎暦。

 日本の魔術体系があらゆる土地、あらゆる時代より集結する箱庭で生まれた霊能力者であり、陰陽道を基盤とする魔術師――彼は紛れもなく優秀な人物だ。

 だが、全能でもなければ万能でもない。

 だからこそ、龍ヶ崎暦は推理を誤った。

 騒霊犬事件とは全く関わりのない――しかし龍ヶ崎暦と、そして七月羽衣を巡る数奇な大事件に関わる推理を誤ってしまったのだ。


『……この家を作ったのは、魔術師だった。という事でしょうか?』

『この家を建てたのは、普通の大工さんだろう。裏社会のことなんて、微塵も知らないさ』


 宮ヶ瀬邸の前で交わされた、何気ない会話。

 そこには大きな過ちが含まれていた。

「――遂に見つけたぞ」

 誰もいなくなった会議室。

 淡い電球の光に照らされながら、男は獰猛に笑う。

「あぁ……我が宿願は成就せり。はれるや、はれるや――さんた、まりあ。ふふっ、ふはははは!」

 両手を顔で覆いながらも、まじないの詞を呟き呵々大笑する。男――いや、違う。違う。違う。

「きゃ、きひ、きひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ! はれるや! はれるや! さんたまりあ――あぁ、悲しみの四十六日は終わる……終わるのです、じゅすふぇる様!」

 男ではない、女ではない。そも――人ではない。

 それはかつて、人であったモノだ。

 龍ヶ崎暦によって殺害された、この世ならざるモノだ。

「あぁ、今しばらく、今しばらくお待ちくだされ、じゅすふぇる様! 必ずや、貴方の御前に彼女を連れて参ります! 今度こそ、必ずや!」

 柔和な初老の男の仮面が、ベリベリと剥がれていく。

 その下には、何も無い空洞――まるで伽藍洞のような暗黒だけが映し出されており、人間の顔らしきパーツは、凹凸も含めて一つもない。



 彼の名前は三木(みき)東間(あずま)

 半年前、七月羽衣を始めとする数百人の少女を拉致・監禁。その末に数十名を殺害した大量殺人者――『聖母事件』の犯人である。


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