悪魔憑き事件 補遺
「――このため彼の遺体を(We therefore commit )、かの地に委ねる( his body to the ground)。土は土に(earth to earth)。灰は灰に( ashes to ashes)。塵は塵に(dust to dust)――」
ヴァチカンより派遣された神父により、呉内亜久太の葬儀は行われていた。その祈祷書は帰天した人物が、最後の審判にて甦り、主の国へと行けることを願うものだ。
「先生……何で? くれない先生……」
子ども達はすすり泣きながら、最後の別れに集まっている。彼の棺桶の周りには供えられた花は、皆が修道院の庭で一生懸命育てた花々であった。
「あぁ……何で? どうして、くれない先生……」
集まった子ども達の一人、一際大粒の涙を零す少年は、自分の掌を凝視しながらうわ言のように繰り返す。
「ぼくが……悪いのに……どうして……? どうして、神様は……――」
どうして――ぼくを裁かないのだろう?
少年――森揚葉は広げた拳を握り締め、葬儀を抜け出した。瞳から零れ落ちる涙を拭い、歯を食い縛りながら走っていく。
あの日、些細な事で喧嘩した安間くん。次の日には謝って仲直りしようと、そう思っていたのに――交通事故で死んじゃった。
そんなぼくを先生は励ましてくれたのに――何だかよく分からない病気で死んじゃった。
――全て、全て、ぼくが悪かったんだ。
あんなおまじないの遊び半分で手を出したから、こんなことになったんだ。あの不思議な紙片はどこかに行ってしまったけど、もう探す気になんかならない。
あぁ、それなのに、どうして神様は、ぼくに罰を与えない……?
やっぱり、そうなのだろうか。
パパとママの言う通りなのだろうか。
神様なんて、この世にはいないんだ。
少年は修道院の礼拝堂を通り抜け、さらに奥へと向かう。院長が不在の為に使われていない、大きな祭壇と椅子が設けられた祭祀の為の部屋――司教座。
パパとママは、最近こんなことを言っていた。
神様はね、本当は存在しないんだ。
この世に存在するのは、悪魔だけなんだよ、と――。
「うぅ……ずずッ」
垂れた鼻水を啜りながら、少年は跪き両手を合わせて指を絡ませる。
祈る――神様がいないのだと言うのなら――悪魔に。
返してください。
悪いのは僕なんだから、かなた君とくれない先生を返してください。
あぁ、悪魔様。
確か、パパとママは、こんな風に言っていた。
「はれるや、はれるや……さんたまりあ……」
少年は祈る――血によって『Pergamon』と刻まれた司教座に向かって、必死に――無垢な祈りと贖罪を捧げる。それが何を意味するのかも分からず。
○
「……終末の刻は来たれり」
とある講堂に設けられた会議室の中で、最も上席に座った男が告げた。その顔に瞳もなければ鼻もない。全くののっぺらぼう――まるで一神教の神には、個を示す名がないように、彼の顔から個性と言うものを見いだせない。
「各地に散った使徒よ。走れ、奔れ、天使が喇叭を鳴らす前に、救われぬ魂を救い取れ」
口も無いのにどこか声が出ているのか――彼が言葉を放つ度に、彼の首からぶら下がった十二の十字架が揺れる。
「さぁ、大いなるバビロンは到来する。おお、さんたまり、さんたまりあ……ベツレヘムの夜空に、星は輝いた!」
会議室のプロジェクターに映し出されたのは、どこにでもいる平凡な女子高生。
彼女こそ彼等の追い求める聖母にて大淫婦。
大戦末期。【八咫烏】にて極秘で行われた非人道的な人体実験『〇神計画』の技術を流用して産み落とされた、人工的に神を造り出す生産機構。
〝本土決戦用魔人〟――龍ヶ崎終の次世代機。
〝神魔創造用聖母〟――七月羽衣。
彼女を巡る数奇な運命は、今、ここに集束する。