表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/31

Case0 霊能探偵・龍ヶ崎暦の回顧録 2

 File2:初めての戦い


「……何か違くね?」

 むちゃむちゃとミカンを食べながら、広忌は怪訝そうな表情で言った。

「? 何が?」

「いやいや……その……何だ……それ、恋バナなのか?」

 不思議そうに首を傾げる暦に対して、広忌は頬を引き攣らせる。どうあれ暦の昔語りは、彼の望んでいたものとは随分と毛色が違っていた。

「何か暗い。すっげぇ暗い。俺の想像していた恋バナとも違うし、話に聞いていた龍跋村のイメージも違う」

「ははは……(りゅう)の奴からどんな話を聞かされたのかは知らないけど、僕にとって故郷は陰湿で排他的なろくでもない時代遅れの集落だよ」

「う、うーむ……」

 朗らかに笑いながら故郷の話をしてくれた友人の龍ヶ崎竜の貌を思い出しながら、広忌は腕を組んで目を閉じる。どういう訳か彼にとって、暦の話には認めがたいものがあるらしい。

「――ま、まぁ良い。それより話の流れから察するに、先生の初恋の相手は、丁稚に来ていた迦具夜ちゃんって子なんだな?」

「うん……まぁ、そうなるかな」

 照れ臭そうに頬を掻きながら、暦は苦笑を口に浮かべる。

「そりゃぁ、ねぇ……才能はない癖に五芒家の長男である僕に対して周囲は、表向きはともかく裏ではボロクソに叩いたからね。そんな中で唯一、僕に寄り添ってくれたのが彼女だった……好きになるさ、当然だ」

「後ろ向きな好意もあったもんだ」

「ははは……まぁそう言わないでよ」

 広忌の元も子も無い感想に、暦は呆れたように乾いた笑みを浮かべた。

「妖怪妖魔が跋扈するあの村に於いて、五芒家は人間を守る治安維持を担っていた訳だ。その直系であれば、小学校に入る前には退魔に関する術の一つや二つ、霊符や星剣の助けなく行使出来て当然で……何一つ魔術を使えない僕を庇ってくれる人ってのは、本当に掛け替えない存在だったんだよ。家族や兄妹の、何倍もね」

「……うーん、そっかぁ。そういうのもありかねぇ」

 苦虫を噛み潰したような貌で、一応首肯する広忌。

「まぁどんな過去を経たとしても、こうして先生は霊能探偵として活躍しているんだしな。遅咲きの才能だったって訳だ」

「うーん……? 遅咲きって言うか、今のところ僕に魔術的な素養はないかなぁ。体内の魔力量も、実際は一般人以下だし」

「はい?」

 そんな暦の言葉に、広忌は素っ頓狂な声を上げた。口に入れようとしていたミカンを零し、信じられないとばかりに凝視すると、暦は肩を竦めて溜息を吐く。

「だから、言ったでしょ? 普通だったら霊符や星剣の助けもなく魔術を行使するのが普通だって。僕が一度でも、そういうアイテムの補助無しに魔術を使ったことあったっけ?」

「あ……あぁ……確かに!」

 机の上に転がったミカンを回収しながら、広忌は合点がいったとばかりに声を上げる。暦はこの霊能探偵が除霊をする場面に何度か立ち会っているが、霊符を中心に魔術的なアイテムを駆使して戦っているばかりで、それ以外の手法で魔術を行使したことなど、ただの一度もない。

「霊符の助けがあれば魔術を使えるだけでも、僕にとっては望外の奇跡なんだけどねぇ。それが判明したは……あぁ、そういえば、あの時か」

 そう言って目を閉じ、霊能探偵・龍ヶ崎暦は語り出す。

 ここではない、どこか。異国異界――妖怪妖魔の集う特区『龍跋村』に居た頃の、彼にとっての初めての戦いの話を。



 墓場から悪霊が大量発生して、悪さをしているという話が五芒の家に入ったのは、寒い寒い冬の日の、丑三つ刻を超えた頃。

 ことの対処に当たったのは、龍ヶ崎・五芒家の二代目当主である龍ヶ崎丁(ひのと)であった。狩衣に烏帽子という公家装束を身に纏った彼は、雪駄で地面を蹴り飛ばして現場へと向かう――長男・暦と長女・襲――二人の子どもを伴って。

「おそらく龍跋村成立以前の、まともな形で埋葬されなかった者達の魂が集合し、悪霊となって暴れているのであろう。この村の霊気に当てられ、陰魔羅鬼(おんもらき)以津真天(いつまでん)に変生しない内に調伏する……お前達は、俺の戦いをよく観ておれ」

 丁という男は昔気質の男で、息子や娘に対して魔術の類を詳しく教えようとしたことはない。この背中を見て覚えよ、技は盗め――それが彼の基本的な姿勢である。

「は、はいっ!」

 今年で六歳になる少女、長女である襲は緊張した面持ちで、しかし元気に応える。父が実際に悪霊を調伏する様子を見られるのだ。胸が躍っているのだろう。

 しかしそれに対し、今年で九歳になる兄の暦は「……はい」と、不服そうな表情で呟くだけであった。どうせ、見たって「魔術」の「ま」の字も理解出来ない、であれば帰って寝た方がよっぽどいい……幼い彼の心中が貌に表れていた。

 丁は息子のそんな態度を咎めることはしない。それは寛容などではなく、諦観だ。どうして自分の息子はここまで不出来なのか……置いていけるものなら、置いていきたい。しかし優秀な娘ばかり連れて行けば、贔屓に見ていることが露骨に明らかになってしまう。それでは体裁が保てない。

「……」

 全く、襲が長男であれば、どれほど気が楽だったのだろうか……そんな益体の無いことを考えながら走っていると、すぐさま墓場近くの集落にまで辿り着いた。鍬や鋸を持った農民たちが、襲い来る異形の存在と交戦している。

 悪霊――いや変生が進行している。痩せ細っているのに腹だけ異常に膨らんだ、仏道に於ける餓鬼のような姿と成った化け物達が、人々を襲っているのだ。

金神七殺(こんじんななさつ)――急々如律令ッ!」

 丁はその景色を見るや否や、懐から七枚の霊符を取り出して投擲する。奇怪な音を上げながら、餓鬼の数体が吹き飛んだ。

「や、やった!」

「五芒様がいらっしゃったぞ!」

「良かった、助かった!」

 安堵から喜びを口にする農民達であったが、丁の表情が崩れることはない――霊符の攻撃から逃れた餓鬼達が、彼に狙いを定めて襲い掛かってきたからだ。

 丁は八枚の霊符を周囲へと展開し、真言を唱えながら両手の指を絡ませ人差指を立てる印を結ぶ。

「ナウマク・サマンダ・バザラダン・カン!」

 不動明王の真言を以って、彼に飛び掛かった異形の者共は紅蓮の焔に包まれ「ぐげぇあ、ああああ――っっ!」というこの世の物とは思えぬ断末魔を上げ、消す炭と化す。しかし、その背後に黒い影が、おもむろに揺らいだ。

「お父様ッ!」

 咄嗟のことに襲が叫ぶ。だが、丁が振り向くよりも先に影は餓鬼の形を取り、その背中を目がけて襲い来る――その足が、展開されていた霊符の一枚を踏んだ。

「ぐげぇえええええええええ――――ッ!」

 惨めに爆散する餓鬼。黒い血と臓物が飛び散り、丁は頬に付着した汚物を拭い、その残骸を嘲笑するように見下ろした。

「八将神の名を記した霊符をそれぞれの方位に展開し、太歳神を自分の背中に来るようすれば、背後からの攻撃にも霊符が自動対処してくれる。覚えておけ」

 それだけを短く、子ども達に教える。襲は「す、すごい!」と瞳を煌めかせているが、暦は呆然とその凄惨な光景を眺めているだけであった。

 何が起きたのか、それすら分からない。

 父が圧倒的な魔術を以って、鬼達を倒した。それは分かる。しかし、それしか分からない。眼前に広がるのは、おぞましい餓鬼の臓物と、丁が放った無数の霊符だ。

 霊符の使い方、真言の詠唱、印の結び、その一つだって真似すら出来ぬ彼にとって、何の学びになり得ない。

 目の前で、父が農民達に囲まれて、お礼を言われている。皆が尊敬の眼差しを、龍ヶ崎丁に向けている。その隣に立っているのは自分なのではなく、目を爛々と輝かせて父を眺める、妹だった。

「……」

 あぁ、

 あぁ、

 自分は、どうしてこの場にいるのだろう。

 何の意味もない。自分に魔術の才はなく、退魔の術はない。この場にいるのは、ただあの父の元に、最初に生まれたのが自分だったから……それ以外の何でもない。

 暦が今直ぐ逃げ出したい衝動に駆られて一歩、足を後ろに下げた、その時であった。

 がさり、音がする。

 背後の草むらで、何かが蠢く。

 まだ、餓鬼の生き残りが? ――そんな思考が暦の脳裏を過ぎった時には、既に遅かった。揺れる草むらの影から異形の腕が飛び出て襲い来る。

「――ッ」

 丁はすぐさま異常に気付く、しかし間に合わない。暦の腕を掴んだ影は、変生が始まったばかりの貧弱な餓鬼。しかし九歳の少年の腕をもぎ取り、その頭を食い千切るには十分過ぎる力を持っている。

「――ひぃっ」

 軽い悲鳴。

 殺される。

 明確な死の予感に、暦は歯を食い縛って涙を堪える。

 あぁ、あぁ、どうせ、どうせ死ぬのであれば――

 彼は周囲に散らばっていた霊符の一枚を取って、黒い影に押し付ける。

「ぎぃ?」

 予想外の行動に、餓鬼は嘲笑うように首を傾げた。あぁ、そうだろう。こんな無能の小僧が反撃など、するはずもないと思っていたのだろう。

「こんじん、なな、さつっ!」

 見よう見まねの詠唱。霊符なんて扱ったこともなかったけど、ただ漫然と眺めていた父の姿は、それでも少年の網膜に焼き付いていた。

「きゅう、きゅうっ!」

 バチィン! と弾けるような痛みが、彼の脳味噌を襲う。視界がグラグラと揺れて、耳鳴りが雷のように轟く。

 幼い暦には分かり得ぬことだが、それは人体に備えられた魔術的な機構であるエーテル回路の悲鳴だ。強過ぎる霊符の力に引きずられ、彼の中のほんの僅かな生命力は強引に魔力へと変換、未使用だったエーテル回路が火花を散らして断線しようとしている。

 そこから導かれるのは、肉体の破滅。理屈は分からなくても、全身を蝕む激痛と口や耳、瞳から溢れ出る血液から、暦はそれを感覚で理解した。

 それでもなお、暦は叫ぶ。

 どうせ除け物。誰にも求められず、何も為し得ず朽ちていく身なのだから、いっそのこと死んでしまえば良い。

 それでも最後は、抗って。

 精一杯の力を出し切って、死んでしまえば良い!

「――にょりつ、りょうッ!!」

 幼い叫びと共に、彼の握っていた霊符は紫電を纏いながら黒い影を巻き込み、眩い光条を放つ。金神という陰陽道に於ける最悪の大凶神の名を与えられた霊符は暦の「急々如律令(いそぎおこなえ)」という拙い呪文の通りに役割を全うし、彼を襲った餓鬼もろとも爆裂四散した。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ