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背が高い堂々とした美丈夫が、小柄な少女を無表情に見下ろす。

男は明らかに不機嫌で、対する少女は相手の様子がわかっていないのか、ごくごく自然体。

その様子は、どう見ても狼の前の子ヒツジ――――いや野ウサギに見えた。

普通そんな光景を見れば、十人中十人が少女に「逃げろ!」と叫ぶだろう。

しかし、固唾をのんで見守っている周囲の男たちは、何とも言えぬ違和感を二人の姿に覚えていた。


「……俺、ボスに怯えたり見惚れたりしない女を、はじめて見た」

「ていうか、あの嬢ちゃん堂々としていすぎだろう?」

「……あんなに小せぇのに小さく見えねぇのは、なんでだ?」

「ボスの前で霞まない存在がいたなんて――――」


男たちのヒソヒソ話が、小柄な少女――――言わずもがななシェーラの耳に届く。


(あら? もうちょっと怯えたふりでもした方がよかったかしら? それとも、会話のマナーとして最初はお天気の話題でも振った方が良かったの? ……でも、私は、ここに交渉に来たんですもの。相手のペースに呑まれるわけにはいかないわよね?)


何より、はじめて会ったバランディは、前置きに世間話なんて聞いてくれそうにない相手に見えた。

だとしたら、用件を簡潔に伝えた方が話は早いだろう。


どうやらシェーラのその判断は間違っていなかったようで、


「断る。――――あの土地は、借金のかたでうちの商会のものになった。回収出来なかった金の代わりに売り払うのは、商会として当然のことだ」


バランディも、前置きなしに非常に簡潔に断りの意思を伝えてきた。

そこには、小さな少女にしか見えないシェーラに対する労りもなければ嘲りもない。


予想通りの答えを、シェーラは静かに受け止めた。


(他人を見かけだけで判断しない態度は、まあまあ合格ね。……よかった、これならきちんとした交渉になりそうだわ)


見かけで判断されるのは、きっとバランディ自身も嫌なのだろう。彼が、実年齢よりはるかに若い見かけで今まで嫌な思いをしてきただろうことは、想像に難くない。


バランディの態度に少しホッとしながら、シェーラはピンと背筋を伸ばした。

自分よりかなり上にあるバランディの顔を見上げる。



「そのやり方は、今回の場合の借金の回収としては、あまり賢い方法ではありませんね」



ハッキリとそう告げた。


バランディは、ギロリとシェーラを睨みつける。


「お前の口車に乗るつもりはない」


まさに上から目線で見下してきた。

シェーラは、フッと笑う。


「まぁ、体は大きくとも肝は小さい男ですね。私と話して、丸め込まれることが怖いんですか?」


「なんだと?」


シェーラの言葉に、バランディはピクリと眉を跳ね上げた。


「だって本当のことでしょう? 私が怖くないのなら、話くらいは聞いてくれるものだと思いますわ」


シェーラがあからさまに嘲笑(あざわら)えば、バランディは忌々しそうに舌打ちした。

しかし、同時に彼女に対し興味を持ったようだ。



「この俺に対して、その態度とは――――ずいぶん毛色の変わった女だな。……まあいい。そこまで言うのなら話ぐらいは聞いてやる。ただし、同情を引くようなお涙頂戴話をするつもりなら止めておいた方がいいぞ。俺はそういう話が心底嫌いだからな」


バランディは、冷酷そうな笑みを浮かべた。


普通の女性なら――――いや大概の男性でも、その笑みに震え上がるのだろう。

しかしシェーラは、へっちゃらだった。

幸か不幸か、迫力のある男性には、前世でずいぶん慣れているのである。


「まあ、よかったわ。ありがとうございます!」


シェーラが心の底から礼を言えば、バランディは困惑したように眉をひそめた。

そんな彼にはかまわず、シェーラはテーブルの上のお茶のセットを手際よく脇に寄せる。

ここに来る前に、手土産のクッキーを焼く傍らササッと書きあげ持参した書類を広げた。


バランディは、眉間のしわを深くしながら、彼女の広げた書類に目を落とす。


「まずこちらの表を見てください。これは、あなたが工場の土地を商人に売った場合に手に入るお金の試算になります。――――工場の土地の代金は、ザっと見積もって八千万ギル程度。いくら羽振りのいい商人でも、それを一括で払うのは難しいでしょうから、一部――――おそらく半値の四千万、もしくは三千万くらいが即金で商人から納められ、残りは新たに建設予定の賭場の儲けの何割かを納めさせるという契約だと思いますが……違いますか?」


シェーラは、一括で支払う金額と、賭場の儲けの試算、その内の何割受け取るかの割合別の収益一覧表を指し示して、バランディにたずねた。

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