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番外編「とある夜会の一幕」

皆さまのおかげで、書籍化が決まりました!

9月27日発売で、既にアマゾンで予約ができるようです。

感謝の番外編です。

お楽しみいただけましたら幸いです!

「やあ、バランディ。よくきてくれたね。そちらが噂の、君の婚約者かい? どんなに美しいご令嬢でも、決して手に入れることのできなかった君の心をとらえた女性に会えるのを、とても楽しみにしていたんだよ」


両手を大きく広げて歓迎の意思を表した男性が、笑いながら近づいてくる。


ここは、皇都の中心に近い貴族街。

その中の一軒で開かれている夜会会場だ。

落ち着いた雰囲気の広間に、五十人ほどの人間が集まっている。


近づいてきた男性の名は、ソルティエ伯爵。

今日の夜会の主催者で、バランディとシェーラを招待した人物でもある。


「お久しぶりです。ソルティエ伯爵。本日はお招きいただきありがとうございます」


いつも俺様なバランディだが、今夜は紳士らしく頭を下げた。

それもそのはず、ソルティエ伯爵は、バランディ商会への大口出資者で、高位貴族の一人なのだ。

しかも身分を笠に着ぬ好人物で、バランディとは十年来の親しい付き合いだと言う。


口元に微笑みを浮かべたバランディは、次いで、シェーラの腰に手を添え、彼女を前に押し出した。


「彼女が私の婚約者です」


その言葉に合わせてシェーラは淑女の礼をする。


「シェーラ・カミュと申します。お会いできて嬉しいです」


この場に相応しい笑みを浮かべ、そう名乗った。


(伯爵家の夜会なのだから、この”礼”で良かったはずよね?)


なまじ歴史が長いため、皇国貴族の夜会の作法は――――難しい。

お辞儀の角度や、ドレスのスカートの摘まみ方、名乗るタイミング等々、夜会の規模や主催者の格に合わせて様々な決まりがあるのだ。


今夜のシェーラは、前世の女皇の記憶を総動員して、一分の隙も無い淑女となっていた。

ほんの少しでも間違えれば、それがシェーラのパートナーであるバランディの非となるからだ。


伯爵は、驚いたように目を見開く。


「……これは! とても可愛いらしいお嬢さんだね。しかも動きに気品がある。言葉の発音も滑らかで、非の打ち所がないご令嬢だよ! ……さすが、君が選ぶ女性だけあるね」


そう言って満足そうにバランディの肩を叩いた。


(……良かった。この人は私を認めてくれたみたいね)


シェーラはホッと安心する。

バランディと目を見合わせ、微笑みあったのだが――――。


次の瞬間、やけに甲高い少女の声が会場内に響いた。


「その程度のこと、少しレッスンすれば誰でもできるわよ! それにどんなに気品があっても、彼女が平民なのは変わりないことでしょう!」


声と同時に現れたのは、十代前半と思われる少女だ。


「――――シンシア。お客さまに失礼だろう」


困り顔で(たしな)めるソルティエ伯爵に対して、少女はツンと横を向いた。

シンシアというのは、ソルティエ伯爵の娘の名前である。


可愛い顔を悔し気に歪めて、少女はシェーラを睨んできた。


(あ……この娘、ジルに憧れていたのね?)


シェーラは、すぐにピン! とくる。

なにせバランディは、女性に人気のイケメン男性。

おかげでシェーラは、哀しいかな、この手の騒動に慣れっこなのだ。


「私は伯爵令嬢なのよ! 彼女は、平民なんでしょう?! ――――なんの後ろ盾もない平民より、私の方がバランディさんの()になれるのに! なんでこんな女が婚約者に選ばれたの!?」


シンシアは、ヒステリックにそう叫んだ。

平民を(おとし)める発言が、同時にバランディをも貶めていることにも気づかぬほどに、激昂しているらしい。


「シンシア!」


さすがに伯爵が叱りつけたのだが、シンシアは口は閉じたものの謝ろうとはしなかった。


『……シンシアさんの言う通りよね』

『どうして、あんな平民女性なんかが、この場にいるのかしら?』


ついには、ヒソヒソとシンシアに同調する者まで現れはじめる。

ちなみに全員うら若きご令嬢ばかりである。


(……ジルったら、本当にモテるのね)


シェーラはこっそりため息をついた。

シンシアの態度には呆れるが、だからと言って特段腹も立たない。


(だって、わかりやすく嫉妬しているだけなんですもの。……皇宮の夜会での貴族たちの、表面だけは取り繕った、でも裏はドロドログチャグチャの(ねた)(そね)みに比べれば、可愛いものよね)


この程度の陰口、彼女はへっちゃらだった。

しかし、シェーラの隣に立っているバランディは違うようで、彼の機嫌は、みるみる下がっていく。


(どうしようかしら? 皇気を少し出して威嚇すれば簡単に収められるのだけど……あまり大事にはしたくないわよね?)


シェーラが悩んだ時だった。


突如出入口付近で「ワッ!」と大きな歓声があがる。

何事かと思って振り返れば、こちらに向かって歩いてくる金の髪の美しい青年が見えた。


「なっ! 第三皇子さま!?」


ソルティエ伯爵が目を見開いて驚愕する。

この驚きようを見る限り、第三皇子の登場は予定されたものではないのだろう。

伯爵は焦ったように皇子に走り寄っていく。





一方、シェーラは頭を抱えてしまった。

第三皇子の現れた理由がわかるからだ。


「シェーラ! 君に会いたくて来てしまったよ!」


案の定、伯爵の挨拶を途中でぶった切った第三皇子は、人目もはばからずそう叫んでくれた。


夜会に集まった人々が驚愕に目を見開く。

会場の空気がザワッ! と、震えた。


そんな空気をものともしない皇子は、ズンズンと近づいてきてシェーラに向かって手を伸ばしてくる。

しかし彼女に触れる前に、バランディがその手を遠慮なく叩き落とした。

再び周囲に、ザワザワッ! と、先ほどより大きな驚愕が広がる。


「私の婚約者に気軽に触れないでもらおう」


「たかが婚約者風情が、我が物顔でいないでほしいな」


そんな周囲の空気を気にするはずもないバランディと第三皇子――――レオナルドは、激しく睨みあった。

一触即発の空気に、今度は周囲の誰もが顔色を悪くする。





そんな中、レオナルドと一緒に会場に入ってきた男性が、音もなくシェーラに近づいてきた。

彼は第三皇子の従者のスィヴァスだ。


「申し訳ありません。シェーラさま、私の力及ばずレオナルドさまをお止めできませんでした」


スィヴァスは、深々とシェーラに対し謝ってきた。


「いいのよ。レオがわがままを言ったのでしょう?」


シェーラの労りの言葉に、疲れた表情で頷く。


「はい。……実は、レオナルドさまとご一緒に両陛下(・・・)皇太子殿下(・・・・・)までもが、この夜会に行くと言い出されてしまったのです。御三人を制止している間に、レオナルドさまに突破されてしまいました」


沈痛な表情のスィヴァスの言葉に、シェーラは顔を引きつらせた。

一貴族の夜会に皇帝一家が(そろ)って出席するなど、大騒ぎになるに決まっている。


「よくやってくれたわ。……あとは私がなんとかします」


シェーラの言葉を聞いたスィヴァスは、再び深々と頭を下げた。




とりあえず、バランディとレオを止めなければと、シェーラは動き出そうとする。

そこに――――。



「いったいなんなのよ! あなた、平民なのにどうしてレオナルド殿下からあんなに親し気な言葉をかけられるの? それに、バランディさんも殿下と対等に言い争うなんて……おかしいでしょう!?」



シンシアがヒステリックな声で問いかけてきた。

至極当然の疑問である。

常識をわきまえないわがまま娘に思われたシンシアだが、案外普通なのかもしれない。


どう答えようかと、シェーラは少し考えた。




「……私、前世は女皇だったんです」


それを聞いたシンシアは、ポカンと口を開ける。


「――――って言ったら信じますか?」




続けたシェーラの言葉に、シンシアは、真っ赤になって怒りはじめた。

からかわれたと思ったのだろう。


信じられないのもムリないが、紛うことなき真実だったりする。


(まあ、今は普通の平民なんだけど)





女皇であろうが平民であろうが、今この場でやらなければならないことは変わらない。


(別に難しいことじゃないわ。男二人の言い争いを落ち着かせるだけだもの。――――敵対している国家間の仲介に入るわけでもないし……暴動を起こしそうになっている数多の民衆を鎮めるわけでもない。――――そういうのに比べれば、これくらいなんてことはないわよね?)


そう思ったシェーラは、フッと笑った。

普通の平民ならば、こんな比較はしないはずなのだが――――まあ、そこは今さらだ。


ピンと背筋を伸ばした少女は、肺に大きく息を吸む。



「――――ジル! レオ! いい加減にしなさい!!」



前世女皇、今世平民のシェーラの声が、夜会会場いっぱいに響き渡った。

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