表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

70/72

70

その後、シェーラはミームの町に無事帰りついた。


バランディが手を回して、シェーラの家に、帰りが遅れることをあらかじめ連絡してくれていたのだが、それでも家族は彼女を心配して待っていた。

弟妹たちに抱きつかれ、父母に優しく抱きしめられ、シェーラはここが自分の帰ってくる家なのだと、あらためて確信する。


『バランディと結婚することになった』と報告すれば、家族は大喜びで祝福してくれた。

すぐ下の弟のレクスだけは、なんだか複雑そうだったが――――思春期の男の子なのだから、そんなものなのだろう。





『ゴタゴタが片づいたら、できるだけ早く結婚する』と宣言していたバランディだが――――残念なことに、そのゴタゴタはなかなか片づきそうになかった。


「また皇宮から呼び出しだ! 神皇家の財産なんて要らないって言っているのに、その手続きになんでこんなに手間がかかるんだ!?」


呼び出しの書状を机に叩きつけ、苛々とバランディは怒鳴る。


家系が断絶した神皇家の資産は、現在皇国預かりとなっている。バランディが、神皇家の末裔だとわかった皇国は、莫大なその資産をバランディに渡そうとしたのだ。


「そんな面倒くさそうなもの、お断りだ」


にべもなく断ったバランディなのだが、権利放棄の手続きが思いのほか難航している。

何度も皇宮に呼び出されて、バランディの機嫌は悪くなるばかり。



「例え全て放棄するにしても、相続関係の書類手続きには時間がかかるのよ」


そう言ってバランディを宥めつつ、さすがにシェーラも時間がかかりすぎているのではないかと思っていた。

頭の隅に、前世の姪孫レオの綺麗な顔がよぎったが――――確証がないので黙っている。


(全力で嫌がらせをするって言っていたものね? ……まあ、私も、急に…………け、結婚! って言われても、ちょっと覚悟が追いつかないから…………うん。少しくらいなら遅れてもいいと思うわ)




――――あれ以降、バランディからのスキンシップが……ものすごく激しい!

今までも十分甘かったのに、何かと言えば直ぐに抱きしめてきたり……キスしてきたりで……遠慮がまったくなくなったのだ!


(別に、結婚が嫌なわけじゃないし……むしろ嬉しいけれど……でも、人前では止めてほしい!)


切にそう願うシェーラだ。


(ただでさえドキドキするのに、恥ずかしいのも重なって、このままじゃ私、心臓が破裂して、死んじゃうわ!)


そんなはずないとわかっていながら、そう思ってしまうくらい、シェーラの胸は高鳴りっぱなしだ。




「――――手続きの度に皇都に行くのはたいへんだけど……でも、ついでに“シシルさん”の様子も見られるんだから、いいでしょう?」


シェーラがそう言えば、バランディは不承不承頷いた。


「そうでなければ、絶対行くものか」


それもどうかと思う発言だ。


「――――シシルさん、元気にやっていますか?」


「……ああ」


シェーラの問いかけに答えるバランディは、少し寂しそうに見えた。




――――シシルは、予定通り皇都の支部に移った。


ゲン王国の正当な王太子だったシシルは、結局ゲンには戻らなかったのだ。

自分の非を詫びて、玉座を返上するから帰ってきてほしいというゲン国王の懇願に、シシルはきっぱりと首を横に振る。


「僕は、王の器ではありませんから」


謙遜でも卑下でもなく、単に事実としてシシルはそう言った。


「そのようなこと! シシルさまの寿命は長い。まだまだこれからではないですか。シシルさまなら、きっと優しく賢明な王になってくださいます!」


ゲン国王は、熱心にシシルに訴える。義父をはじめとした国内の不穏分子は全て排除。罪を犯した自分もいかようにも処分してほしいと、頭を下げた。


「そんな必要はありません。……僕には、良い王になるのと同じだけ、愚王になる可能性もあります。……現時点で善政を敷いているあなたの方が、ずっと玉座に相応しいです」


互いに譲らず主張し合う二人。

いつまでも平行線の彼らの間に、レオが仲介に入った。


「そんなに急いで結論を出す必要はないのじゃないかな? シシルくんは、まだ二十九歳。皇族の基準では雛鳥とでも言うべき幼い存在なんだ。これからいろいろな経験を積み、その上で将来を決めればいい。――――そしてゲン国王は、シシルくんに振り向いてもらい、彼が統治したいと思うような立派な国を作ることに腐心するといいよ。真の王を迎えたいのなら、それ相応の努力は必要だろう?」


レオの言葉に、ゲン国王は感じ入ったように頭を下げた。

シシルはなんだか不満そうだったが、それでいったんゲン国王が引いてくれるのならと、頷く。


「手っ取り早いのは、ゲン国王の娘でも孫でも、継嗣となる王女の夫にシシルくんを迎えることなんだけどね。そうすれば、誰にも害なく自然な形でシシルくんをゲン王家に迎えられる」


レオの発言に、ゲン国王はパッと表情を明るくした。

ゲン国王の長子は、今年三歳の女の子。『おしゃまだが世界一可愛い』と、親バカ全開でアピールするゲン国王に、シシルの顔は可哀そうなくらい引きつる。


まあ、未来はなるようにしかならないし、だからこそみんな努力するのだろう。

シシルにも、ゲン王国にも明るい未来が訪れるといいなと、シェーラは願う。




嫌々バランディが皇都に向かった翌日、いつものように工場に出勤しようとしたシェーラの前に、警備服姿の男が現れた。


「おはようございます。シェーラさま」


彼は、きっちりと皇国近衛軍の最敬礼を披露してくれる。


「……ラガルト。……『さま』付けは止めなさいと言ったでしょう」


「はっ。申し訳ございません。シェーラさま……さん」


“元”皇国元帥は、生真面目な顔で謝ってきた。


なんとラガルトは、近衛軍を退官してミームの町の警備隊長に就任したのである。


「いわゆる“天下り”というやつですな」


しゃあしゃあとしてそう報告してきた日のショックは、忘れられない。

普通、天下りというものは、大きな民間企業か、そうでなければ公益性の高い団体の役員なりに就任することを言うのではないだろうか?


間違っても、地方、それも小さな田舎町の、総勢数名の警備隊の隊長になることには当てはまらないと思うのだが――――


「何を仰います。この役職を勝ち取るのは大激戦だったのですよ。バランディ氏に魅せられた近衛軍の将校はもとより、バルト公やモルチェ公、果ては第二皇子殿下まで参戦した血みどろの戦いだったのですから。……まあ、武において私に勝る者はおりませんでしたがな」


鼻高々に自慢するラガルト“元”元帥。

バルト公やモルチェ公というのは、皇太子の弟でヴァレンティナの甥たちだ。



(みんな何をやっているのよ)


シェーラは、頭を抱えてしまう。


「レオはレオで、メラベリューの文官からミームの町役人になるなんていう左遷も同然の異動をしてくるし――――そんな人事ありえないでしょう?」


事情のわからないメラベリュー国王は、さぞかし胃を痛めていることだろう。鷲鼻は目立っていたが、その他はごくごく普通の人に見えたメラベリュー国王に、シェーラはいたく同情する。


レオの側には、当然スィヴァスも付いていて――――ミームの町に増えた、新しいけれど見知った顔の新住民たちが、最近のシェーラの悩みの種だ。




「シェーラさ……ん。本日は、こちらの馬車でお送りします」


バランディの代わりにシェーラを工場まで送りに来たというラガルトが指し示したのは、一台の四輪馬車だった。派手ではないがしっかりした重厚な作りのキャリッジで、要人用のものであるのは間違いない。


「こんな立派な馬車で?」


「はい。……中に、シェーラさんにぜひお会いしたいという御方がお待ちです」


回れ右をして帰りたくなったシェーラは、悪くない。

しかし、まさかそういうわけにもいかなかった。

覚悟を決めて、恐る恐る馬車に乗りこむ。



――――そこには、想像通りの人物が乗っていた。


「姉上! お会いしたかった!!」


喜色満面の笑みを見せるのは――――皇国の皇帝陛下、その人だ。



「……テオ、あなたって子は」


テオファーヌ・フィリベール・ヴェリ・レーベンスブラウ――――皇帝陛下の御名である。

それを『テオ』と、愛称で呼べるのは、皇国広しと言えどヴァレンティナだけだ。


「姉上の仰りたいことはわかっています。私はこんなところに来ていい人間ではないと言うのでしょう? お説教は後でいくらでもお聞きしますから、とりあえず姉上を抱きしめさせてくださいませんか?」


御年二百三十三歳。まだまだ壮年の男性としての魅力と威厳に満ち溢れた皇帝が、叱られた子供みたいな縋りつくような目をシェーラに向けてくる。


困った弟だと、シェーラは思った。

仕方ないわねぇと、馬車の中を進むと、両手で座っている皇帝の頭を抱え込む。



「久しぶりね。テオ。元気だった?」



懐かしさで胸をいっぱいにしながら、そう聞いた。


「姉上がいらっしゃらなかったのに、私が元気なはずがありません」


甘えた全開の返事は、いかにも弟らしい。





「…………私は、死んだのよ」


「わかっています。姉上。――――いえ、シェーラさん」


皇帝の声は――――泣き出しそうだった。


本当に困った弟だと、シェーラは弟を抱く手に力をこめる。

しばらくそうしていたのだが――――




「ああ。姉上。……このまま姉上を皇宮にお連れしてはいけませんか?」


そう聞かれて、慌てて体を離した。


「テオ!」


「冗談ですよ。……私は、姉上の嫌がることはいたしません」


皇帝は、ニッコリ笑ってそう話す。


シェーラは、大きなため息をついた。


「もうからかわないで! テオったら、いけない子。……本当に変わらないのね」


前世でも皇帝は、こんな風に度々公務を抜け出してはヴァレンティナの元を訪れていた。

抱きしめてもらい、元気をもらって、公務に帰って行くのだ。


来てしまったものは仕方ないと、シェーラは皇帝と互いの近況などを話しあった。

町の女工としてのシェーラの暮らしに、皇帝は目を丸くして聞き入る。




「――――それにしても、こんなところまで来るなんて。よほど大きな公務か何かが滞っているの? 今の私では何の力にもなれないけれど、話くらいは聞くわよ」


皇帝が姉を訪ね甘えてくる時は、何かしら政治的に難しい問題を抱えていることが多かった。

それを思い出したシェーラは、気軽にそうたずねる。


皇帝は、嬉しそうに微笑んだ。



「ええ。実は――――“譲位”しようと思っていまして」



「……え?」



シェーラは、ポカンと大きく口を開ける。



「それなのに、皇太子をはじめ、みんなが反対するのですよ。皇后だけは味方で――――というか、私が譲位しようがしまいが関係なく、さっさと皇都を離れて、この町(・・・)に移住しようとするので、抜け駆けしないように宮に閉じ込めているのですが――――皇太子だってもう百八十歳。私は成人と同時に即位したのですから、皇位を継いでくれたっていいと思いませんか? なのに『ズルイ!』とか『私だって伯母さまのお側にいたい!』とか『出奔してやる!』とか言い出して――――皇太子以外もみんな似たような反応なのです。……酷いと思いませんか?」



可愛らしく首を傾げて同意を求めてくる、二百三十三歳のレーベンスブラウ皇国皇帝。



シェーラは――――頭を抱えた。


「姉上? どうされたのですか? 具合がお悪いようなら、どうぞ横になられてください。典医を呼びましょうか? いや、いっそこのまま皇気全開で皇都を目指した方が――――」


どんなに話しかけても無言なシェーラを、皇帝はおろおろと心配しだす。



「……テオ!!」



やがて、そんな前世の弟に、シェーラは怒声を浴びせた!



「姉上?」



「あなたって子は、そこに直りなさい!」



シェーラに怒鳴られた皇帝は、背筋を伸ばし馬車の座席にピシッと座る。

その皇帝に対し、シェーラは皇国を治める者の義務や心構えを懇々と言い聞かせはじめた。


叱られているはずの皇帝が、どことなく嬉しそうに見えるのが気になったが、一度はじめてしまった説教は、なかなか止められない。





皇帝を頭から叱りつける女工を乗せた馬車が、カラカラと軽快にミームの町を走った。


中から漏れ聞こえる怒声を聞いた御者台のラガルトが、強面の顔に笑みを浮かべる。


小さなミームの町の住民は、見慣れない大きな馬車に一瞬驚きながらも、直ぐに日々の仕事に戻っていった。


町の景色は、そんなことでは変わらない。




女皇から、町の女工に生まれ変わったシェーラ。

彼女の“ちょっぴり”だけ普通の人とは違う生活は、これからもずっと続いていくのだった。

これにて完結です!

最後に、バランディとのイチャイチャを持ってこれなかったのが残念ですが……

でも、シェーラらしいラストじゃないかと思っています(笑)


長々とお読みいただきありがとうございました!

感想、誤字報告、本当にありがたかったです!


またどこかでお会いできることを楽しみに、今後とも頑張ります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ミームの町に遷都しちゃえばあら解決!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ