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「……へ?」


強面な男たちが、間抜けな顔でポカンと口をあける。


「これでも、私お茶の淹れ方には自信があるんですよ。丁度いいから私が焼いてきたクッキーも一緒に食べましょう。なんだかお腹が空いてきちゃいました」


シェーラは笑ってそう言った。

とはいえ、貧しい女工暮らしのシェーラには、高級茶葉のお茶を淹れる経験はない。

彼女の前世のヴァレンティナも、女皇時代にはお茶など淹れたことはなかった。

しかし、弟に皇位を譲った後の彼女は、自分でできることはできるだけ自分でしていたのだ。


(茶葉の厳選や茶器の用意、お湯だって自分で沸かした方が毒殺の可能性が減るんだもの。毒見をせずに淹れたてのお茶が飲めた時は、感動したわ。執務で疲れた弟のティータイムに淹れてあげて『姉上、とてもおいしいです』って言ってもらえるのも嬉しかったわ)


自然とシェーラは笑みを浮かべる。

そんな彼女の笑顔を見た厳つい男たちの顔は、ちょっと赤くなった。

互いに視線を交わして、シェーラがお茶を淹れることを許可してくれる。


時間をかけて丁寧にお茶を淹れたシェーラは、手土産に焼いてきたクッキーを皿に出した。


「どうぞ召し上がれ」


勧めれば、男たちの大きな手が恐る恐るといった風に小さなクッキーをつまむ。そのままパクリと口に入れ、驚いた顔になった。


「なんだこれ!?」

「うめぇ!」

「お茶もすげぇぞ! これホントに同じお茶だよな?」


褒めてもらったシェーラは嬉しくなる。


「クッキーの材料はそんなにいいものじゃないんですけれど、適量で丁寧に作ることが大切なんですよ。同じ小麦粉でも細かく篩って心をこめてこねたものと、テキトーに混ぜ合わせたものでは、でき上がりが全然違うんです」


シェーラの説明に「なるほどなぁ」と男たちは感心する。


「ってことは、これはお嬢ちゃんの手作りなんだな?」

「しかも心のこもった!」

「うまいわけだ!」


おいしいクッキーとお茶で、厳つい男たちはすっかりシェーラと打ち解ける。




「……そういえば、バランディさんってどんな方ですか?」


シェーラの質問にも上機嫌で答えてくれた。


「そうだな。一言で言えば完璧なお方だ」

「強いし頭は良いし、カリスマがある。この人についていけば大丈夫だって思えるんだ」

「しかも! とびっきりのイイ男だ」

「ああ、あんな男前、こんな田舎にゃいねぇぞ」

「俺たちでもグラッとくるような色気があるもんな!」

「あれで四十五歳だってんだから不思議だよなぁ。どう見ても二十代、せいぜい三十くらいにしか見えねぇ」


男たちの評価を聞いて(ふぅ~ん)とシェーラは思った。


(そんなに実年齢より若く見えるってことは……ひょっとしたらどこかで皇族の血が混じった貴族の落とし(だね)なのかしら? 時々いるのよね。先祖返りみたいに寿命が長くなる子孫が)


皇族の血を引く者は、普通の人間とは違い寿命が長く皇気を操れるなどの異能を持っている。

このため、きちんと把握され管理されるのが決まりだった。

しかし、その異能は普通の人間との婚姻を繰り返すことで薄れ消えていく。このため、三世代か四世代以降の子孫は管理から外されるのが普通だった。

それでも貴族の身分を持っている者ならば、どの家に皇族の血が入っているかの把握は可能なのだが、婚外子や平民に降嫁した者の子孫までは追い切れていないのが現状だ。


バランディ会長が、そんな者の一人だとすれば彼らの評価も頷ける。


(まあ、三割くらいは身贔屓かもしれないけれど)


疑いながらも、シェーラは愛想よく笑う。


「まあ、そうなんですね! 私、お会いするのがとても楽しみになりました」


そう言った時だった。



「――――てめぇら! なにやってやがる!?」



大きな怒声が響いた。

途端、男たちがガタガタと椅子を蹴立てて立ち上がり、ビシッと直立不動で整列する。


「お帰りなさいやし! ボス!」


一人が怒鳴ると、全員が九十度に頭を下げた。



(へぇ~、軍隊並みね)


自分で淹れたお茶をのんびり飲みながら、シェーラは感心する。




「――――誰だ、お前?」


声をかけられ、そちらを向いた。



そこには背の高い堂々とした美丈夫が立っている。

黒い髪に黒い目。

一目で鍛え上げているとわかる引き締まった体をしていて、整いすぎた顔立ちは、まるで神か悪魔のよう。


(ああ――――これは確かに先祖返りのようね)


男を冷静に観察しながら、シェーラはそう思った。


(黒い瞳の中に皇家の傍流の金彩が混じっているわ。……それに、未熟だけど皇気も多少は操っているようね? まぁ、私を威圧しようなんて、まだまだ烏滸(おこ)がましいレベルだけど)


心の中でクスリと笑いながら、シェーラは立ち上がった。



「はじめまして。私、キャビン織物工場の女工でシェーラ・カミュといいます」


きれいな所作で一礼する。


「……キャビン織物工場の女工?」


ボスと呼ばれた男は眉間に深いしわを寄せた。


「――――へ?」

「女工?」

「他の組織のご令嬢じゃなかったのか?」


素っ頓狂な声を上げたのは、たった今までシェーラとお茶をしていた厳つい男たちだ。

真ん丸に目を見開きシェーラを見てくる。


「あら、私そんなこと一言も言いませんでしたよ」


クスクスとシェーラが笑えば、彼らは一様に顔を青ざめさせた。


「す、すいません! ボス!」

「俺たちすっかり騙されて!!」


騙したつもりなど少しもないのに、酷い言いがかりだとシェーラは思う。


「いや、お前らの落ち度じゃない。こんなふてぶてしい女工がいるはずないからな」


なのに、謝られた方の男までそう言った。

はっきり言ってたいへん不満なシェーラだが、彼女はここにケンカをしに来たわけではない。

内心を隠して男に話しかけた。


「あなたがバランディさんですか?」


「そうだ」



「では、私が何のためにここに来たかわかっていらっしゃいますよね? ――――織物工場の土地の売却を考え直してもらえませんか?」



シェーラは、単刀直入に用件を伝えた。

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