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「目覚めたのか! 良かった!!」


背の高い美丈夫が、あっという間にシェーラの元に近づいてくる。

ギュッと、力いっぱい抱きしめられた。


「気を失ったまま、なかなか目を覚まさないから心配したぞ。……大丈夫なのか? どこか痛いところとか苦しいところはないか?」


少し腕の力を緩めて、至近距離から顔をのぞきこんでくる。

バランディの黒髪は少し湿っていて、体からは石鹸の香りがした。きっとシャワーを浴びてきたのだろう。


「そんな湿気(しけ)った体でシェーラさんに近づかないでください。また具合が悪くなったらどうするんです?」


飛び込んできたバランディの手でベッドの脇から強引にどかされたレオが、顔をしかめて抗議する。


「この程度で具合が悪くなるわけないだろう! ……それよりお前は、シェーラが目覚めたなら、どうして直ぐに俺を呼ばない。そういう約束で交替したはずだ!」


シェーラをますます深く抱きしめながら、バランディはレオを睨みつけた。

無理やり交替させられて、大急ぎでシャワーと着替えだけ済ませて戻ってみれば、扉の中から話し声が漏れ聞こえて、慌てて飛び込んできたのだと言う。


「私と“伯祖母さま”の間には、ポッと出の間男(まおとこ)なんかには聞かせられない大切なお話がたくさんあるのですよ」


「誰が間男だ!! それに今のシェーラは、そんな昔に死んでしまった女皇なんて関係ないと言ったはずだ! そっちの都合でシェーラに何かするつもりなら、ただではおかないぞ!!」


バランディの剣幕は、髪を逆立てそうなほど凄まじい。



――――どうやらシェーラの秘密は、すっかりバレているようだった。


(あんなに近くで女皇の皇気を使っちゃったんだもの。巻き添えにして利用したし――――ジルには私のことを知る権利があるわよね)


きっとレオかスィヴァスあたりが説明してくれたのだろう。

自分から打ち明けなくて済んで良かったと、シェーラは思う。


バランディは心配そうに顔をのぞきこんできた。


「大丈夫か? こいつ(・・・)に何か嫌なことを言われたり、されたりしていないか?」


『こいつ』と、レオを指さしながら聞いてくる。

その『こいつ』が、皇国の第三皇子だということも、きちんと説明されたのだろうか?


慌ててフルフルと首を横にふりながら――――シェーラは、戸惑っていた。


(……なにか、態度が前と変わらないんだけれど)


「……ジ――――バランディさんは、私が怖ろしくないの?」


恐る恐るシェーラが確認すれば、バランディは眉間に深いたてじわを寄せた。


(ああ、やっぱりイヤなのかしら)


そのたてじわを見て、シェーラの心は落ちこむ。




「怖ろしい? なんでだ?」


しかし、バランディはそう聞いてきた。


「……だって、私、風を起こしたり雷を落としたり……あんな非常識なことをしてしまったのよ」


ギュッと拳を握り締めながら、シェーラは話す。

だんだん小さな声になってしまって、最後はうつむいてしまった。


バランディは、考えるように首を傾げる。

やがて――――


「あ? ああ。……あれか。確かにちょっと派手だったが――――まあ、お前はまだ十七歳なんだ。あれくらいの“癇癪(かんしゃく)”は仕方ないんじゃないか?」



なんと! ――――そう言った。





「――――え?」


聞き間違えかと、シェーラは思う。


「敵の真っただ中で捕まっていたんだ。相当ストレスがかかったんだよな? ……安心しろ。俺もガキの頃は、けっこう癇癪を起こしたもんだ。天候不良の一時間や二時間ざら(・・)だったさ」




「――――は?」


今度こそ、シェーラはポカンとした。

なんだかとんでもない話を聞いた気がするが――――本当だろうか?




「……癇癪?」


「ああ。……さすがに俺もあそこまで派手な雷を落としたことはなかったが…………大丈夫だ。二十歳を過ぎる頃には精神的に落ち着いてくる。あと二、三年もすれば、こんなことはなくなるさ」


バランディの大きな手が、シェーラの頭を慰めるようにわしゃわしゃと撫でた。


残念ながら、体は十七歳でも心は二百五十歳超え。シェーラが、二十歳になったからといって落ち着くことはないのだが――――まあ、ここで指摘する必要はないだろう。


シェーラは呆気に取られすぎて、声もでない。






「――――“女皇の皇気”を癇癪って……おかしくないか?」


レオが、呆れたように呟いた。


以前バランディは、シェーラとフレディの会話を聞いて、自分が一番『普通』だと言っていたのだが――――やはりそうではなかったらしい。





そんなこと(・・・・・)より――――」


シェーラの一番の気がかりをそんなこと(・・・・・)の一言で片づけた男は、シェーラに向かって楽しそうにニヤリと笑う。



「お前の具合が悪くないなら、今のうちに確かめておきたいんだが――――“約束”を忘れていないよな?」



そう言いながら、大きな手がシェーラの両肩をつかんだ。


物理的に拘束されて、シェーラは(ああ)と思う。

“約束”というのは、皇気を使う際にした『戦争が無事終結したらバランディの言うことを、なんでも一つ聞く』という、あの約束のことだろう。

あの時は『二度と俺に近づくな』と言われるのではないかと思ったのだが……このバランディの様子を見るからに、その心配はなさそうだ。


(そうでなければ、どんな命令でも私はかまわないわ)


そう思ったシェーラは、コクリと頷いた。

バランディの両手に、力が入る。



「よし、なら命令(・・)だ――――俺のことは今後絶対『ジル』と呼べ!」



「…………へ?」


「返事は『はい』だ」


真面目な顔で言われるのだが、シェーラは面食らってしまう。




「……それが、命令(・・)なの?」


「ああそうだ。お前ときたら、『ジル』と呼んでくれたと思えば、いつの間にかまた『バランディさん』なんていう他人行儀な呼び方に戻っている。今後そんなことは絶対許さないからな」


バランディは偉そうに命令した。

どうやら、先ほどの“深い眉間のたてじわ”は、シェーラの「バランディさん」呼びが原因だったらしい。




「なんだ? まさか嫌だとか言うんじゃないだろうな?」


ギロリと睨まれて、シェーラは慌ててフルフルと首を横に振った。

「はい」と返事をすれば、バランディは満足そうに頷く。




「……へぇ~? 意外だね。てっきり結婚を強要するんじゃないかと思ったけれど?」


からかい半分、驚き半分といった風に、レオが口をはさんできた。


「そんなもの。命令するものじゃないだろう?」


何を言っているんだと、バランディは呆れたような視線をレオに向ける。

非常に常識的な考えである。



「俺様なのに、こんなところだけ紳士だなんて……むかつく」


ボソリと呟くレオの言葉は、なんだか悔しそうだった。



「それに、そんな必要はないさ。……命令しなくても、お前は俺の贈った指輪を嵌めてくれる。……そうだろう?」



確信したように言われて――――シェーラは、ボッと顔を熱くした。


究極の俺様発言なのに、腹が立たないどころか嬉しいだなんて――――どうかしている。



シェーラは――――コクリと小さく頷いた。

バランディの指輪を嵌めたいと、心の底から思う。



「よし!!」



両手を握り締め、バランディは大声を上げた。



「このゴタゴタが片づいたら、できるだけ早く結婚するぞ! いいな?」



勢い込んで聞かれて、シェーラは――――「はい」と答える。

言い終わるか終わらない内に、バランディに抱き締められた。


大きな体に包まれて、ドキドキと高鳴る胸で――――幸せだと思う。



「…………大好きです、ジル」



気づけば、そう告げていた。

バランディが、嬉しそうに笑み崩れる。



「ああ、俺もだ」



低い声が、耳朶をくすぐって――――シェーラの目から、喜びの涙が一粒転がり落ちた。


バランディの顔が近づいてきて、涙の残る目尻にキスされる。


熱い唇に、シェーラはピクっと体を震わせた。

そんな慰めるようなキスは、はじめてなのだから、仕方ない。


その様子に微笑んだバランディは、もう一度顔を近づけてくる。




「ストップ!! それ以上は禁止だ! 僕の目の前では絶対許さないからな!」


そこに、青筋を立てて怒鳴るレオが邪魔してきた。


「――――邪魔をするな。クソ皇子」


「いい気になるなよ。間男!」


ギャアギャアと怒鳴り合う男二人を、熱い頬を押さえながら、シェーラは見る。



そこには、自分の皇気を怖がるものなど誰もいなかった。






幸せだなと……シェーラは、もう一度そう思った。

あと1話で完結です!

ここまでお読みくださって、本当にありがとうございます。

ラストまで、もう少しおつき合いください!


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