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今日のミームの天気は快晴だ。
明るい日差しに暖められた空気が、最高気温に達する昼下がり、戸外の明るさに反比例するかのような暗くて底冷えのするような室内で、シェーラは強面の男たちに囲まれている。
もちろん、シェーラがこんなことになっているのには、きちんと理由があった。
時は、半日以上遡る。
今朝早く、織物工場に出勤したシェーラたちに、工場の現場主任から、とんでもない話が告げられたのだ。
「――――え?」
「工場がなくなるって、どういうことですか?」
呆然とする女工たち。
現場主任は、沈痛な表情で話しはじめた。
「正確には工場がなくなるのではなく、工場の立つ土地が売却される予定なのです。購入者は、ここに工場ではない別の施設を建てる計画だそうで……織物工場には、立ち退きするようにという話が来ています」
それはシェーラたちにとって、青天の霹靂だった。
よくよく理由を聞けば、なんでも織物工場の社長のバカ息子が、悪徳金融であるバランディ商会に勝手に借金してトンズラしたのだそうだ。
利子が積もりに積もった借金の額は、聞いた社長が気を失うような大金。
祖父の代から続く織物工場を堅実に経営し、大きな利益の追求より工員の福利厚生を気にかけるような善人の社長には、とてもじゃないが払える額ではなかった。
結果、借金のかたで工場の土地はバランディ商会のものとなり、早々に売却する方針が決まったという。
土地を買う予定の商人は、工場を潰して大々的な賭場を作る計画を立てているそうだ。
その話を聞いたシェーラは、もちろん納得できなかった。
(まったく、なんてことをしてくれたの!? そんなことで、私と工場のみんなが路頭に迷うなんて、絶対許せないわ!)
他の女工たちが悲嘆にくれ、しくしくと泣き出す中、シェーラは腕を組み考え込む。
……やがて、キッ! と頭を上げた。
「私に考えがあります! なんとかしてみせますから、待っていてください!」
堂々と宣言する。
「……へ?」
「シェーラ?」
「ちょ、ちょっと、何をするつもりなの!?」
驚き混乱する女工と工場長を後に、シェーラは工場を飛び出したのだった。
――――そして現在、シェーラはバランディ商会の中にいる。
「私、バランディさんに用があって来たんです」
何の用だ? と問いかけてきた男に対し、シェーラはニッコリ笑って答えた。
シェーラなりに精一杯愛想よくしたのだが、その笑みを見た男たちは動揺する。
「なんだ、このアマ?」
「どうして俺たちに怯えないんだ?」
「普通の女は、こんな反応しないよな?」
困惑顔を浮かべた男たちは、コソコソと話し合う。
やがて、その内の一人が、訝しげにたずねてきた。
「あぁ……えぇっと、てめぇ――――じゃない、お嬢ちゃんは、ボス……っと、会長の知り合いなのか?」
ここにいる男たちの誰一人、いまだかつて初対面の普通の少女に怯えられなかった経験を持つ者はいない。
それゆえ、彼らは、自分たちの前で平然としているシェーラに戸惑った。
考え相談した結果、男たちは、彼女が会長の“関係者”なのでは? という考えに至ったようだ。
もちろん、シェーラは、悪徳商会の会長とお知り合いなんかではない。
「私、バランディさんに直接お会いしたことはありません。でも私の上司……えぇっと、こちらでは『ボス』と言うんですか? 私のボスは、バランディさんを知っているはずなんです」
息子の借金を引き継いだ社長は、当然バランディ会長と何度も会っているはず。
社長本人は望んでいなかっただろうが、知り合いなのは間違いない。
「……おいおい、ボスだってよ」
「この落ち着きよう。只者じゃないぜ。……よその組織の者かもしれねぇぞ」
「ボスに用なら、迂闊なまねはできねぇな」
男たちのこそこそ話は、駄々漏れだ。
(何か勘違いされているみたいだけど? まあ、取り次いでくれるなら結果オーライよね)
シェーラは黙って男たちの返事を待った。
「今、ボス……じゃねえ会長は、出かけていていないんだ……です」
「直に帰ってくると思うんだが……です」
しばらくして、男たちはそう答えた。
彼らの言葉遣いからは、シェーラへの対応に戸惑っていることがよくわかる。
「あら? それなら、ここで待たせていただくわ。私、どうしてもバランディさんと直接会って、お話がしたいの」
シェーラがにこやかに笑ってそう言えば、男たちは今度は部屋の隅に集まり、話し合いをはじめた。
さすがにその声は聞こえなかったが、どうやらシェーラは無事に待たせてもらえることになったようだ。
あまり立派ではないものの椅子にも座らせてもらえたし、お茶も出してもらえた。
「ああ、ありがとうございます」
遠巻きに見られる中で、シェーラは椅子に腰かけ、お茶を一口いただく。
……ところが、このお茶があまり美味くなかった。
(っていうか、はっきり言って不味いわね。茶葉は良さそうなのに、この人たちはお茶の淹れ方も知らないの?)
お茶のあまりの不味さに、シェーラは眉をひそめる。
せっかく座った椅子だったが、立ち上がった。
「あ? ……なんだ?」
ギロッと男たちが睨んでくる。
「すみません。私がお茶を淹れ直してもいいですか?」
シェーラは、そう言った。