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(まあ、ずいぶん勇気のある人なのね?)
目の前の男の手を見つめながら、シェーラは感心する。
「は? え? ……あ、しかし、そのっ! 彼女は――――」
ゲン国王がシェーラに向かって手を差し伸べている姿を見たメラベリュー国王は、青くなって冷汗をかきはじめた。
……こちらが当然の反応である。
(だって、私は皇国の第三皇子の“大切な人”ですもの)
その“大切な人”に対し、第三皇子の面前でダンスを申し込むなど、命知らずとしか言いようがない。
(それとも私が平民だと知って、レオの“大切な人”発言が、冗談か、この場だけの便宜だとでも思ったのかしら?)
実際シェーラのエスコートは、レオではなくシシルがやっている。そう判断されたとしても仕方のない面もあるだろう。
(そうでなければ……ゲンは、もう第三皇子の不興を買ってもかまわないと思っているとか――――)
戦を仕掛ける気でいるのならば、今さら不興のひとつやふたつ気にするはずもなかった。
(それとも――――)
一瞬にして様々な考えを巡らせたシェーラだが……最終的に(まあいいか)と思う。
どちらにしても彼女にとっては、渡りに船の申し込みだ。
「お嬢さん、私とダンスを踊っていただけるかな?」
「はい喜んで」
だからシェーラは、即行で快諾した。
もちろん同時にバランディとレオに視線を向け、黙らせるのも忘れない。
(邪魔をしたら、怒りますよ!)
声には出さずとも、二人にはしっかり伝わったはず。
その証拠に、シェーラの方に足を踏み出そうとしていたバランディは、その姿勢のまま固まっている。
レオは、ギュッと唇を噛みしめ、こちらを見つめていた。
二人の表情は――――直視するのが怖いくらいの般若顔である。
まあ、シェーラは怖くもなんともないが。
「シェ、シェーラさん」
「シシルさんは、バランディさんの側から離れないでくださいね」
顔色を悪くして心配するシシルに対し、小さく囁いたシェーラは、目の前の男に嫣然と微笑みかけた。
差し出された手に、自分の手を重ねる。
その手を引かれ、並んで歩き出した。
「……そう言えば、ダンスは踊れるのかな?」
「問題ありませんわ」
女皇のダンスは皇国一だ。少なくとも一緒に踊った弟や甥の皇太子、レオナルドたちはこぞってそう言ってくれた。例えその言葉が身びいきだとしても、この場で恥をかかない程度には踊れるはず。
大広間の中央に着いたゲン国王とシェーラは、向かい合って一礼してからダンスをはじめた。
軽やかなステップを、シェーラは踏む。
流れるような動きでクルリと回れば、ドレスの裾が花のように広がった。
ゲン国王は、驚きに目を見開く。
「本当に踊れるのだな。……しかも今まで踊った中で一番踊りやすい」
本気で驚いている様子に、シェーラはクスリと笑った。
「それで、ゲン国王さまは、踊れないかもしれない娘をダンスに誘ってまで、“何”をお話されたかったのですか?」
上目づかいで聞いてみる。
ゲン国王の目は、ますます大きくなった。
「……さすがレオナルド殿下のお気に入りになるだけある。君はとても賢いのだな」
シェーラは小首を傾げる。
「そんなこともないと思いますけれど……この程度の質問、普通でしょう?」
「いや。……それに、君はとても落ち着いている。国王である私にダンスに誘われて、ここまで動じない女性は、はじめてだ。しかも平民だというのに」
シェーラは、ばつが悪そうに黙り込んだ。
どうやら彼女は、またやらかしてしまったらしい。
そんなシェーラを気にする様子もなく、ゲン国王は言葉を続けた。
「おかげで安心して“頼む”ことができる。…………このダンスが終わったら“シシルさま”を連れて、直ぐに王宮から離れてくれないか。……そして、どうか伝えてほしい――――『これから起こる“戦争”の責任は、全て私にあります。だからご自分を責めないでください』――――と、私が言っていたと」
それを聞いたシェーラは、ゆっくりと瞬きした。
しっかりダンスのターンを決めてから、ゲン国王の目を見つめる。
「――――戦争ですか?」
「ああ。何がなんでもシシルさまを、シシル・ヴェストルのまま排除しなければならないと主張する者が、我が国の軍の幹部にいる。……恥ずかしながら、私では止めることができないのだ」
ダンスを踊りながら、ゲン国王は苦し気に眉をひそめた。
「――――戦を起こそうとしているのは、“あなた”ではないのですか?」
「違う!」
言われて即座に否定した。しかし、そうしながらもゲン国王は、後ろめたそうに視線を脇に逸らす。
「君が、どれだけの事情を知っているかわからないが――――確かに、私は最初シシルさまを殺そうとした。それは間違いのない事実で、今さら言い逃れはしない。私は、私の愛する家族とシシルさまの命を天秤にかけ、家族の命を選んだのだ。その事実を愚かだとは思えど、後悔はしていない。――――だが、だからといって、そのために戦争まで起こすつもりは、なかった! 戦争になれば、多くの命が失われ、その失われる命一人一人に、私と同じように愛する家族がいる。いくら愚かな私でも、自分のためだけに、多くの民を犠牲にし、悲しませることはできない!!」
そう言ってゲン国王は、顔を歪め唇を噛んだ。
シェーラは、ジッとその顔を見つめる。
(ああ、この人は“王”であろうとしているのね)
王であれ皇帝であれ、統治者が一番に考えなければならないのは、そこで暮らす民の平安だ。そのためにこそ王という存在はあるのであり、民の謝意の上に王は立っている。
国が大きくなればなるほど、全ての民に平等に平安をもたらすことはできないが、であればこそ、王はより多くの民を救うために努力する。
――――自分の愛する者のために、シシルを犠牲にしたゲン国王だが、不特定多数の民の命までもを犠牲にすることはできなかったのだ。
「あなたが偽物の王だと知って、脅しをかける者がいるのですか?」
シェーラの問いかけに、ゲン国王は小さく頷く。
「……中心となっているのは、私の妻の父だ。――――シシルさまを殺そうと人を動かしたことで、私の“秘密”に気づいた義父は、激怒した……『王に成れぬ男に娘を嫁がせたわけではない!』とな。そして『娘と孫をこのまま手元に置いておきたいのなら、本物の王太子を確実に始末しろ』と命令してきた。……義父は軍部に顔が利く。シシルさまが国境を越えメラベリューに潜伏していることを知り、私の意向を無視して軍を動かし、戦争のどさくさに紛れてシシルさまを亡き者にせんと画策しているのだ」
それはとんでもなく悪い男のようだった。
(あれよね。うまく娘を王太子に嫁がせ、ゆくゆくは国王の外戚として権力を振るうつもりでいたのに、当てが外れてブチ切れたって感じ?)
「……その人は、そんな乱暴な計画が上手くいくと思っているのですか?」
「私も何度も諌めたのだが、私が本当の王でないと知ってからは、私の言葉になど耳を貸さなくなってしまって――――目的は戦に勝つことではなく、シシルさまを殺害すること。目的さえ達したら適当に軍を引き上げて、賠償金でもなんでも払えば良いと言い放った」
シェーラは、なんだか頭が痛くなってきた。
同時に嫌な予感が、ひしひしと押し寄せてくる。
(そこまでバカなことを考える男なら、もっと愚かな計画も立てるんじゃないの? ……例えば、ついでに後々の禍根になりそうな“偽物の国王”も始末してしまおうとか?)
既にゲン国王の子供は産まれている。
今、ゲン国王が亡くなれば次の王はその子供。問題の義父は、新王の祖父となり今以上の権力を得ることができる。
そのためには――――
愚かな男の考えそうなことを予想しようとしたシェーラは、ハッ! とする。
(待って! 待って! ……今のこの状況って、ものすごくまずいんじゃないの?)
ここは、メラベリュー王宮。
例えば、今ここに賊が押し入ってきて、参加客の何人かと“ゲン国王”が襲われでもしたら――――
(うまく一緒にシシルを殺せれば上出来。そうでなくとも、自国の国王が他国の王宮で害されれば、それは格好の戦争を仕掛ける理由になるわ!)
シェーラがそこまで考えた時だった。
ガシャン! という派手な音がして、窓ガラスが割られ、外から投げ込まれた爆弾が派手な音を立てて爆発した!!




