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馬車が無事王宮に着いた時には、辺りはすっかり暗くなっていた。

煌びやかな灯りに照らされた正門を潜り抜け、四頭立ての馬車が静かに停まる。

開けられた扉から、まずシシルが降り立ち、次いでバランディ、レオと続き、最後に降りようとしたシェーラに向かって、バランディとレオの双方から手が差し伸べられた。


(……この美形二人に挟まれて降りろっていうの?)


シェーラの顔は見事に引きつる。

何故か二人から好意を向けられているシェーラだが、彼女自身は取り立てて目立つところのない平凡な容姿の少女だと思っている。


(絶対、不釣り合いだわ!)


隣に立ってもらうのなら、シシルにしてもらいたい!

その願いを込めてシシルに視線を送ったのだが……レオ曰く地味な少年は、顔色を悪くして必死に頭を横に振った。


何故そんなに怯えているのかは不明だが……これでは致し方ない。

諦めたシェーラは、本当に仕方なく、二人の男の手を取った。

淡いピンクのドレスの裾をきれいに捌いて馬車を降りる。



目の前に広がるのは、見事な彫刻が刻まれた四本の円柱に支えられた王城のエントランスだった。開放された大きなドアの向こうには、巨大なシャンデリアが目立つ豪華なホールが続く。


(ふむ。……なかなかに立派なものね。そう言えばメラベリュー王城は皇宮を模しているのだったかしら? まあ、あまり似た風には見えないけれど?)


荘厳にして壮大。歴史のある皇城を見慣れたシェーラの目には、属国メラベリューの王城は、それなりに立派なものの、なんとなく薄っぺらに見える。

結果、何の緊張もなく平然とシェーラは立っていた。

背筋はスッと伸び、顔は前を向き、柔らかく自然な笑みを口元に浮かべる。


生まれてはじめて王宮に来たとは、とても思えない堂々としたシェーラの様子に、バランディとレオは、少し呆れたような表情を浮かべた。


そんな二人の両側に、いつの間にかスィヴァスとフレディが立っている。

実は、二人は馬車の馭者をしていたのだ。

招待状のないフレディの今日の役割は、バランディの従者。

そしてスィヴァスは、レオの従者である。

ミームの町からメラベリュー王都まで二時間。二人は交替で馬車を走らせてくれたのだ。


(ずっと馭者台に座りっぱなしで、たいへんだろうと思ったけれど、馬車の中の居心地の悪さに比べれば、かえって馭者台の方が良かったかもしれないわよね?)


少なくともフレディもスィヴァスも、シシルよりはずっと元気そうに見える。


ふと気になって見てみれば、いつの間にかレオの靴はピカピカになっていた。

きっとスィヴァスが、気がついて、素早く磨いたのだろう。


(相変わらず気が利くっていうか……利きすぎて怖いくらいよね。スィヴァスの道具の中には、馬車でケンカになって顔を殴られた時用のドーランなんかも用意してあるんじゃないかしら?)


まあ、そのくらいでなければ皇族の従者は務まらない。


(スィヴァスの本業は、従者じゃなくて間諜だけど)


馬車の中で聞いたゲン国王のことも、調べたのはスィヴァスなのだと思われた。

どちらにしても優秀なのは間違いない。

彼の働きに、レオもたくさん助けられているはずだ。


そう思ったシェーラは、スィヴァスと目を合わせ、満足そうに微笑んで見せた。

これは女皇だった時からの習慣で、言葉だけではなく、ちょっとした笑顔や仕草で自分が満足していること感謝していることなどを相手にきちんと示すのだ。


(そうすると、みんなとても喜んでくれるのよね。コミュニケーションは大事だわ)


シェーラの笑みを見たスィヴァスは、一瞬大きく目を見開いた。

何かを言いたそうに口を開くが――――結局何も言わずに閉じて、レオの背後に回る。




「行こうか」


レオがそう言い、バランディが「ああ」と頷いた。

シェーラは、二人の手から自分の手を自然に外す。

そして右手をシシルの方に伸ばした。


「――――シシルさん」


呼びかければ、近寄ってきたシシルが、ためらいながらもシェーラに腕を差し出す。


「ほ、本当に、()がシェーラさんをエスコートするんですか?」


恐る恐るそう聞いてきた。

今さら何を言っているのやらだ。


「それが一番効率的な守り方ですもの。来る前にそう決めたでしょう? ……大丈夫。バランディさんもレオさまも、きちんと納得していますよ」


今日の夜会で一番危険なのは、間違いなくシシルだ。

そして、シェーラもかよわい女性ということで、かなり危険なのだと、バランディもレオも口を揃えて主張した。

このため、庇護対象をまとめて守りやすくするために、シェーラはシシルにエスコートしてもらうことになったのだ。


(まあ、それはみんなの前での建前で、本当は私がシシルを守るためなんだけど)


当然、バランディとレオは、最初この案に強固に反対した。

双方とも自分がシェーラをエスコートするから、相手がシシルについていればいいと主張するのだ。


一番守らなければいけないのが誰か、百%忘れた発言だろう。

呆れ果てながらも説得し、渋々ながらも納得してもらった。


とはいえ、納得した理由は――――


「そいつがお前のエスコートをするくらいなら、シシルの方がまだましだ」

「彼が君のエスコートをするくらいなら、シシルくんの方がまだ我慢できるからね」


という感情論での妥協だったが。


(本当に大人気ないわよね。バランディさんは四十六、レオなんて五十八歳になるのに。まあ、まだ二人とも皇族の年齢で言えば成人前後の若者だから仕方ないのかしら?)


心の中でため息をつきつつ、シェーラはシシルの腕に自分の手を絡める。

ギリッという歯軋りの音が二つ聞こえたが――――聞こえないふりをした。

ビクッと震えるシシルに、ニッコリと笑いかける。



「さあ、行きましょう。…………自分の未来を掴み取るために」



向かうは煌びやかな夜会。

戦い慣れた女皇の戦場だ。


(ゲン国王であれ誰であれ、呑まれてやる気は少しもないわ)


コツンとひとつ小さな靴音をさせて、シェーラは一歩を踏み出した。

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