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「それって――――」
事情を察したシェーラは、言葉を失う。
シシルは驚きに目を大きく見開いた。
「どういうことだ?」
イライラとバランディが問い詰める。
「簡単なことだろう? 前ゲン国王の本物の王太子はシシルくんで、今のゲン国王は彼の身代わりだってことさ。――――成長の遅いシシルくんが、大人になって無事に玉座に就けるようになるまでのね」
レオは、あっさりそう言った。シェーラの手の感触を確かめるように、やわやわと触れながら言葉を続ける。
「おそらく――――シシルくんが産まれて一年くらいの間に、彼の成長が遅いという事実に前国王が気づいたのだろうね。成長が遅いこと自体は、四代前の王妃が持っていた我が国の皇族の遺伝子が出たもので、本来であれば隠すものではなかったはず。……けれど、当時のゲン王国は、皇国と微妙な関係にあったからね」
国家間の関係が悪化するのは、実はそんなに珍しいことではない。
貿易問題や、文化、思想が異なる上での行き違い、一部の民の暴走――――等々、常に良好な関係を築くことの方が難しく、当時のゲンと皇国は、国交断絶とまではいかなかったが、お世辞にも良好な関係とは言い難かった。
(シシルさんが産まれた時は贈り物をするくらいに仲が良かったのに、その後急に情勢が悪化したのよね。……そんな時に皇国の血が強く出た王太子なんて――――争いの種にしかならないわ)
とはいえ、王太子の存在は国内外に知られている。一時的に病気療養として人目から隠すことは可能でも、それをずっと続けるわけにはいかなかった。
一番簡単な方法は、病死とでも偽って王太子を殺してしまうことなのだが――――さすがにそれは、父として前国王も出来なかったのだろう。
結果シシルは、信頼のおける臣下によって世間から隠して育てられ、シシルの身代わりにシシルとよく似た赤ん坊――――今のゲン国王が選ばれたのだと思われる。
「たぶん、シシルくんの成長期が終わった段階で、偽物と入れ替わる予定だったんだろうね。――――元々似ている赤子を選んだんだ。成長後の容姿も似ていればそのまま入れ替われるし、例え似ても似つかぬ容姿になったとしても、シシルくんを新たに見つかった前王の庶子として迎え入れればいい。その後、現王が急死すれば、降嫁した王女に王位継承権はないから、シシルくんが予定通り王位を継げる」
『現王が急死』と、レオが言った瞬間に、シシルの体は大きく震えた。
そんなに都合よく人が“急死”するはずはないから、要は“殺す”ということだ。
「そんな! 僕には、そんなつもりはありません!!」
首をブンブンと横に振り叫ぶシシルに、レオは呆れたような視線を向けた。
「うん。君がどんなつもりでいようが、それは関係ないからね。どの道、王太子の身代わりなんて務めた男が、死なずに生き延びられるわけないんだよ」
前国王は死んでも、王の意向でこのからくりを仕組んだ臣下たちがいたはずだ。シシルが望まなくても、シシルの周囲が勝手に動き、偽物は始末される筋書きだっただろう。
シシルの顔が大きく歪む。
レオは、大きなため息をついた。
「君は、そんな“こうなったかもしれない未来”に同情するより、現実の自分の立場をよく見た方がいいんじゃないのかな? 君の父上はお亡くなりになったし、おそらく前国王の命令で君を迎える予定だった臣下たちも、既に葬り去られている可能性が高い。……君は、間違いなくゲン国王の血を引く正統な後継者かもしれないけれど、現状君が王位に就ける可能性は、ほとんどないよ。このままじゃ、禍根を残さないよう必死になっている現国王に殺される未来しか見えないね」
レオの言葉は、残酷なようだが真実でもあった。
シシルは顔を青ざめさせ、うつむいてしまう。
「――――そんなことに、絶対させるものか」
バランディが、低い声で、しかし力強く言い切る。
レオは、嘲るような視線を向けた。
「どうやって? 言っておくけれど、もしも君がゲン国王を殺害しようとしているのなら、止めておいた方がいい。今夜のゲン国王は非公式とはいえメラベリューの客人だ。ゲン国王の身に何かあれば、その責はメラベリューが――――ひいては皇国が負うことになる。君の首ひとつで片が付けばいいけれど……最悪、皇国が悪者の戦争になるからね。そんな戦争に士気が上がるはずもないから、多くの犠牲者が出るだろう」
それは最悪のケースだった。
バランディは、大きく顔をしかめる。
「……お前は、悪い結果ばかりしか考えられないのか?」
「すまないね。商売柄そういう癖がついているんだよ」
指摘されたレオは、自嘲気味に笑った。
皇国の皇子として、常に最悪の結果を予測しながら最善の手を模索するのは、確かに癖みたいなものだろう。
「――――今のゲン国王は、最初からシシルを殺すつもりだったのかしら?」
黙って話を聞いていたシェーラは、ポツリと呟いた。
何かに追われるように急いて政策を実現させようとしていたというゲン国王。
それは、自分がいつかシシルに玉座を譲るとわかっていたからの行動ではないのだろうか?
(元々シシルを殺して、ずっと国王でいるつもりだったのなら急ぐ必要はなかったはずよね?)
シェーラの呟きを聞いたレオは、嬉しそうに微笑んだ。
「やっぱりシェーラさんは、いろんなところに気がつくね。――――そうだよ。たぶん彼は、自分の偽物としての立場を十分心得ていた。玉座もシシルくんに返すつもりでいたはずだ。その後の自分の死だって覚悟していたはずなんだ。……だけどその決意を覆してしまったのは――――彼に愛する人ができ、子供が産まれてしまったからだろうね」
――――それは、前国王が崩御する少し前のこと。
偽物としての運命を受け入れ、結婚はもちろん恋愛するつもりもなかったゲン国王が、一人の女性を愛してしまったのだという。
それでも、子供だけは作らぬように気をつけていたのに、避妊薬の配合ミスで子ができてしまった。
避妊しているという安心ゆえに、妊娠に気づくことが遅れ、国王が事態を把握したのは、もはや産む以外の選択肢が残っていなくなってから。
「シシルくんのことがわかってから、いろいろ調査させてわかった事実だよ。――――もちろん、ゲン国王には、母子共々に殺してしまうという手は残っていたけれど……彼はそれを選べなかった。……代わりに選んだのが、シシルくんの殺害と、王位の簒奪さ」
その選択を身勝手だと非難することは簡単だろう。
王家に対する許しがたい反逆だと糾弾することもできる。
――――だけど、シェーラにはそのどちらもできなかった。
「……可哀そうな人なのね」
そう呟く。
バランディは、苦い顔で黙りこんだ。
シシルは、唇を噛みしめる。
シェーラの手を握るレオの手に、キュッと力が入る。
突如訪れた沈黙を運び、馬車はメラベリュー王宮へ向かい駆けて行った。




