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「――――そう言えば、今日の夜会はゲンの国王陛下もいらっしゃるんですよね。陛下は、どんなお方ですか?」


馬車の中の空気に耐えきれなくなったシェーラは、話題転換をはかる。

どの道、この話は、レオに聞こうと思っていた話である。

もっとじっくり落ち着いて聞きたかったが、ここで聞いておいてもいいだろう。


聞かれたレオは、考えるように首を傾げた。

コトコトと揺れる馬車の振動に合わせて、黄金の髪がサラリと肩から落ちる。

宝玉のような青い瞳でシシルをチラリと見てから、レオは口を開いた。


「そうだな。……まだ即位して数年だから、評価を決めるには時期尚早かもしれないけれど……真面目で意欲的な国王だと、私は思うよ」


シェーラは、パチパチとまたたきしてしまう。


「……真面目で意欲的ですか?」


「ああ。私は、仕事で何度か会ったことがあるのだけれど、会うたび必ず皇国の政策について質問攻めにあうからね。――――例えば、ゲンでは行われていない無償の教育制度のことや、貧しい者への福祉制度について。産業政策や新規研究への助成制度を根掘り葉掘り聞かれたこともあったな。しかも、それらをゲンに取り入れた場合の効果や問題点まで話題にしようとするから、いつも話を切り上げるのに苦労する」


きれいな顔に苦笑を浮かべて、レオはそう言った。

シェーラは、正直驚いてしまう。


(それって、かなり良い国王なんじゃない?)


シシルを狙って戦争まで起こそうとしているくらいだから、救いようのない暴君なのかと思っていたのに、まったく想定外だ。



「……ハン! そんな話、信じられるものか。だいたい一国の王が、なんで他国の、それも、たかが一文官に政策の話をする?」


シェーラと同じく想定外だったのだろう。バランディが鼻を鳴らしてレオの言葉を否定してきた。

ゲン国王がレオに意見を求めるのは、レオが皇国の皇子だからなのだが――――それはバランディに言うわけにはいかないことだ。

レオは、冷たい視線をバランディに向けた。


「別に、君に信じてもらいたいとは欠片も思っていないよ。――――ただ、君だってゲン国内で、国王の人気が悪くないことぐらい把握しているはずじゃないのかい? 私の言葉を全否定できないだろう?」


言われたバランディは、眉間にしわを寄せて黙りこむ。

どうやらレオの言う通りらしい。




「――――ゲン国王は、良い国王なのですか?」


シェーラの問いかけに、レオは少し迷った。

考えるように腕を組み、話しはじめる。


「……そうだね。実際に良い国王かどうかはさておいて、彼は良い国王たらんとしていると思うよ。真剣に国民の幸せを願い、日々努力している。……ただ、あまりに急ぎすぎているように、私には見えるけれどね」


「……急ぎすぎている?」


シェーラは、コテンと首を傾げた。

頭にさした黒曜石の髪飾りがシャランと音を立てる。



「くっ! ……可愛い。今、二人っきりで邪魔者さえいなければ――――」


思わずといった風に呟いたレオの足を、不敬にもバランディがダン! と踏みつけた。

服に合わせた白い靴に、バッチリ靴跡がつく。

レオの正体を知らぬ男は、シェーラの腰に回した手にグッと力を入れて、斜め前に座る男を忌々しそうに睨みつけた。

足を踏まれるなんて、皇子のレオには、はじめての体験だろう。

シェーラは、あまりのことに言葉を失った。

一方レオは、痛みよりも驚きが大きかったらしく、呆然とバランディを見返している。



…………やがて、きれいな顔にニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべた。


(レオ?)


はじめて見る可愛い姪孫の悪い表情に驚くシェーラをよそに、レオは何事もなかったように平然と話を続ける。



「ああ……っと、ゲン国王の話だったよね。――――彼は、いったい何に急かされているのか、全てのことを早急に進めようとするんだ。確かに、善は急げと言うけれど、物事には何事にもタイミングというものがある。特に、新たな事業をはじめるのなら、周囲の理解を得ることや十分な根回しを行うのは絶対必要なことだ。なのに彼は、強引に物事を推し進めようとする。――――急ぐと言うより、余裕がないと言った方がいいかな? まるで、今やらなければ、後ではできなくなるとでも思っているようだ。――――彼は、“何”を恐れているんだろうと、私はずっと疑問に思っていたんだよ」



そう言いながらレオの青い目は、ジッとシシルを見つめる。

シシルは、ビクッと体を震わせて、レオから距離を取るように馬車の隅に小さくなった。


「……他国の王の思惑なんて、知ったことか」


バランディが不機嫌そうに唸る。

レオは、クスリと笑った。


「そうも言ってられなくなったから、君もその子も、そして、シェーラさんまで、ここにいるんだろう?」


「ああ?」


バランディは、眼光鋭く睨みつける。

もちろんレオは、気にした風もない。



「先日“その子”に会って、ようやく私の長年の疑問が解けたよ。……その子には、四代前のゲン国王に嫁いだ皇国の貴族令嬢の面影がある。ゲンの王宮には、歴代国王と王妃の肖像画があるからね。地味で目立たない雰囲気がそっくりだ」



それは、他人を評する言葉として、いかがなものだろう?

面と向かって地味で目立たないと言われたシシルは、ますます萎縮する。


「ああ、でも、髪と目の色を元に戻してもらえば、それほど地味でもないのかな? 色を変えたのは、バランディ商会の副会長の白変種さんだろう? 便利な能力だよね」


レオは楽しそうに笑った。

バランディは、眉間に深いしわを刻む。



「何もかもご存知というわけか――――いったいお前は何者だ?」



レオをねめつけて、そう聞いた。


「う~ん。教えてもいいけれど……この後、君が使い物にならないと嫌だからね。自重しておくよ」


ヘラリと笑うレオに、バランディはますます剣呑な視線を向ける。


(うんうん。それが正解よね。ここで、レオの正体が皇国の第三皇子だなんて知ったら、バランディさんは、しばらく立ち直れなくなっちゃうかもしれないもの)


レオの自重に全面的に賛成なシェーラは、バランディを宥めようと、彼の手に自分の手を重ねた。

そのまま視線をレオに向けて、質問する。



「シシルさんが、前ゲン国王の子供だとして――――どうして、今のゲン国王は、それほどシシルさんを恐れるのですか? 例えシシルさんの方が年長だとしても、国王として実績を積み、民の信があるのならば、彼が国王のままでいることは可能だと思いますけれど」



ましてやシシルは、この外見なのである。彼が長子だと信じる者は、誰もいないだろう。

レオは、ジッとシェーラとバランディの手を見ている。




「……私の手も握ってくれたなら、教えてあげてもいいかな」


なんとそんなことを言い出した。


「教えてもらわなくて結構だ!」


レオが言い終わるか終わらない内に、バランディが断固として断る。

シェーラは、呆れてしまった。


「もう“ジル”ったら、何を言っているのよ」


手のひとつやふたつ、握ったからといって、どうなるものでもない。

シェーラは、バランディの手と重ねていない方の手を伸ばしてレオの手に触れた。

バランディは、ムッと顔をしかめたが、シェーラから『ジル』と呼んでもらい、我慢することにしたらしい。



「これでいいですか? さあ、教えてください」


シェーラが、ジッと見つめれば、レオはうっとりとした表情になった。



「ええ、もちろん喜んで。――――前ゲン国王に第一子が産まれたのは、今から二十九年前。その前には庶子も含めて一切子供は産まれていないんだ。五年後に妹――――現在は、国内の貴族に降嫁しているけれど、その妹君が産まれるまでの間も、他に前王の血を引く子供が産まれたという事実はない。……これは、確かな筋からの情報だから。間違いないことだよ」



「え?」



シェーラはポカンとしてしまう。

レオは、重ねられていたシェーラの手をそっと握ってきた。



「つまり、現在ゲンの玉座に座っている男とシシルくんが産まれた年に、王の子は一人しか産まれていないということさ」



そう言った。

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