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「僕のために、なんの関係もないシェーラさんが危険な夜会に行こうとしているのに、僕だけ安全なところで留守番なんてできません!」
必死な顔でシシルは叫ぶ。
(……いや、むしろシシルさんには、ここから動いてほしくないんだけど)
皇族の血を引くと思われるシシルだが、寿命はともかく彼には皇気を使える様子がない。
皇気とは、皇族が長年の精神鍛練により身につけるオーラのようなもの。したがって皇族であれば誰でも使えるというものではなく、使いこなすには努力が必要なのだ。
(だからバランディさんも、無意識に出してはいるけれど、完璧にコントロールできていないのよね。きっと、彼のこれまでの人生の中で、精神鍛錬を伴う武道か何かをしたせいで使えるんだと思うのだけど? ……それにしても、正式な訓練なしに使えるのは、才能があるってことなんでしょうね)
そのバランディに比べて、シシルには、皇気のコの字も見えない。
(精神鍛錬してないにしても、普通は、欠片くらいは感じるはずなんだけど……まあ、稀にいるわよね。どんなに努力しても皇気を使えない皇族が)
皇気がまったく使えなくとも、皇族として問題ない。
だからそれはいいのだが、ただ、現時点でシシルが皇気を使えないということは、とても危険なことだった。
要は、シシルは見かけそのままの、非常に可愛い無力な少年なのだ。――――実年齢はどうであれ。
(ゲン国王に難癖つけられて斬りかかられたりしたら、あっさり死んじゃいそう?)
他国の王宮の夜会で、そこまでの暴挙に出るとは思えないが――――戦争してもかまわない覚悟までしているのならやってしまうかもしれない。
(バランディさんや私だって、常につきっきりでいられるとは限らないんだし)
やっぱりシシルには、お留守番をしていてもらう方がいいと、シェーラは思う。
説得しようとしたのだが――――
「僕は! 本当はもっと早く自分から動かないといけなかったのに。……ボスやみんなとの生活が楽しくて……この生活を捨てて“紛い物”の国王と対峙するのが怖くって、逃げてばかりいた。……でも、シェーラさんの話を聞いて……一生ずっと逃げ続けるなんて……嫌だから!」
懸命に訴えるシシルの言葉の中の一言に、シェーラは(え?)と、引っかかる。
「……“紛い物”の国王?」
「ばあやが――――僕を育ててくれた人が、そう言ったんだ。僕を狙っているのは“紛い物”の国王で、僕が“本物”の国王だと」
シェーラは、目を閉じ考えこんだ。
シェーラが想像したように、シシルが前国王の最初の子供で、今の国王が二番目の子供なのだとすれば、確かに王位継承権はシシルが第一位。本来王となるべきはシシルだったのだから、今の国王を、シシルのばあやが“紛い物”と呼ぶのはわからないでもない。
(でも、“紛い物”って、模造とか、偽物とか、そういう意味よね? ……例え王位継承権が低くとも、同じ国王の血を引く王子に対して、“紛い物”とまで言うかしら?)
考えすぎなのかもしれないが、どうにも気になってしまう。
ゲン国王とシシルの件は、シェーラたちが考えるより複雑なのかもしれなかった。
(どうしよう? シシルさんも一緒に行った方がいいのかしら?)
シェーラは、シシルを連れて行った場合のメリットとデメリットを考える。
「お願いします、ボス! 僕を夜会に連れて行ってください! 危険な真似は絶対しません。……何もできなくてもいいんです。……もう僕は逃げたくない!」
シシルに頭を下げられたバランディは、苦虫を嚙み潰したような顔になった。
無情にも首を横に振る。
「危険な目に遭う可能性が高いのに、みすみす連れて行けるか」
「ボス!!」
悲痛な声をシシルはあげる。
シェーラは、座っていたソファーから静かに立ち上がった。
シシルに近づき、細い少年の肩にポンと手を置く。
「大丈夫。シシルさんは行けますよ。……だって、招待状は、“シシルさん宛”に来ているんですもの。バランディさんが連れて行ってくれなくても、勝手に行けばいいんです」
(うじうじ悩んでいても埒が明かないわ。虎穴に入らずんば虎子を得ずよね!)
シェーラは、腹をくくったのだ。
「え?」
シシルは、ポカンと口を開けた。
そんな顔も可愛いなと思ったシェーラは、ニッコリ笑う。
「私も、“私宛”の招待状をもらっていますから。バランディさんが一緒に行ってくれないのなら、迎えを頼むつもりなんです。きっと、レ――――セオさまが、喜んで飛んできてくれますよ。シシルさんも一緒に行きますか?」
「シェーラ!!」
皇気を伴う怒声が、ビリビリと部屋の空気を震わせた。
フレディが顔を青ざめさせ、シシルはガクガクと体を震わせる。
シェーラは――――平然とバランディを見返した。
十七歳の少女が、年齢に似合わぬ嫣然とした表情を浮かべる。
「バランディさん――――いいえ“ジル”。……あなたに残された選択肢は、私たちを連れて一緒に夜会に出席するか、そうでなければ、私とシシルがセオ・クリシュさまにエスコートされて夜会に行くのを、指をくわえて見送るかのどちらかよ」
バランディの怒気が、ブワッ! と膨れ上がった。
シェーラは、その中の皇気だけを自分の皇気で相殺し、きれいに消し去る。
(これ以上の皇気は、フレディさんとシシルさんに毒だものね。……まったく、仕方のない人だわ)
心の中で、クスリと笑った。
恐れげもなく座っているバランディに近づくと、彼の腕にそっと手をかける。
「“ジル”……お願い、私をエスコートして夜会に連れてって」
シェーラ的に、とびきりに可愛く“おねだり”してみた。
怒っていたバランディの顔が――――何故か、みるみる引きつっていく。
「………………猛獣に前足で押さえつけられているような気がするのは、気のせいか?」
ポロッとこぼす。
バランディの皇気から救ってやったはずのフレディとシシルが、顔を青くしてバランディの言葉にうんうんと頷いていた。
(なによ、猛獣って? 失礼ね!)
「ジル!」
ムッとしたシェーラは、バランディの腕をギリッと抓る。
「痛っ! ……ああ、わかった! クソッ!! 連れて行けばいいんだろう夜会に!」
やけくそ気味に、バランディは怒鳴った。
「やったぁ! ありがとうございます、バランディさん!!」
ようやく望みの言葉をもらえたシェーラは、歓声をあげてバランディの首に抱きつく。
バランディは……苦笑した。
「ジルだ。――――脅す時だけ呼び捨てにするとか、どういう女だ? ……まったく、お前には勝てないな」
「本気で勝ちたいと思っていないくせに」
もしもバランディが、本気でシェーラに言うことを聞かせようと、力ずくできたならば、シェーラは、もっと完膚なきまでにバランディを叩きのめしただろう。
自分の意見を絶対として押しつけてくるような男にかける情けを、持ち合わせていないから。
(本当に優しい人なんだわ)
その優しさが心地いい。
「……いや? 案外本気だったんだがな」
バランディは、そう言うと苦笑しながらシェーラを抱きしめてきた。
その腕の中も、心地いいと思ってしまうのだから、やっかいだ。
(でも――――)
今は、この腕から逃げないでいようと、そう思うシェーラだった。




