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(……いや、だって、たかがメラベリューの夜会程度(・・)で、“私”が危険になるはずないからなんだけど)


シェーラは、心の中でそう答える。


前世の女皇時代、彼女は数限りなく夜会を経験してきた。女皇を退いてからも断れない夜会は多く、渋々ながらも出席していたのだ。

夜会に複雑なマナーや事細かな典範が決められているのは常識で、それが皇宮の夜会ともなれば、その数は一気に膨れ上がる。夜会の場では、女皇の一挙手一投足全てに意味があり、彼女は一時も気の休まらない政治の駆け引きを、ずっと続けてきた。


それに比べれば、一属国の王宮の夜会など何ほどのものだろう。


(多少の危険なら、皇気を使えば十分しのげるでしょうし)


シシルはともかくシェーラから見れば、今回の夜会など、どこに危険を見出せばいいのか、わからないくらいのものでしかなかった。


(一番警戒しなきゃならないのは、レオとスィヴァスなのだけど……でも、彼らもメラベリューでは身分を偽っている客分だもの。そんなに派手なことはできないわよね?)


今回の夜会は、想定される危険よりも、出席することで得られるメリットの方がずっと大きい。

シェーラにとって、それは自明の理。


ただ、それをバランディたちにどう納得してもらうかが問題だった。




「――――夜会に出れば、ゲン国王を多少なりとも知ることができますよね? シシルさんの今後のためにも、情報は多い方がいいと思いますけれど?」


とりあえずメリットの方をちらつかせてみようとシェーラは思う。

しかし、聞いたバランディは、たちまち不機嫌になった。


「ゲン国王なんて放って置け! 他国の王にできることなんて、たかが知れている」


そんなことを言い出すものだから、シェーラはカチンとしてしまう。



「…………ずっと逃げ続ける生活を、シシルさんに強いるつもりですか?」


「なんだと?」


「確かにシシルさんの外見では、一か所に長く留まれないかもしれません。でも自ら居場所を移すのと、誰かに追われて強制的に逃げ回るのとでは、精神的にまったく違うんです。……このままでは、シシルさんは、成長期を過ぎても安住の地を得ることができなくなりますよ!」



シェーラに怒鳴られたバランディは、グッと拳を握った。唇を噛み、黙りこむ。

それくらい、きっと彼にはわかっていることなのだろう。

わかっていても、今のシェーラにかかる危険を見過ごせないのだ。


(優しい人なのよね。……でも、そんな優しさいらないわ!)


シェーラは、容赦しなかった。


「ゲン国王は、シシルさんを探すために戦争も辞さない覚悟でいます。……戦争が起きれば、必ず犠牲者が出るんです。……シシルさんが、そのことに責任を感じないとでも思っているんですか? 消えてしまった命や傷ついた人々への負い目を、生涯背負うことになるんですよ!」


「それはシシルの責任じゃない!!」


シェーラの言葉を聞いたバランディは、大声で怒鳴り返した。

シェーラは、キッ! とバランディを睨みつける。



「そんなことわかっています! でも、わかっていても、割り切れないんです! ――――どんなに正しいと頭でわかっていても、心は納得しない! 悲しみも後悔も、正論なんかで消えてくれないんです! ……そんなことをしても無駄だとわかっていながら、犠牲になった無辜(むこ)の民に、頭を地べたに擦りつけて謝りたい!! ……そんな身を裂くような哀しみを――――シシルさんに、味わわせるつもりなんですか!?」



何百、何千、何万、何億の自分の民――――その全てを幸せにして統治することは、どんな力をもってしても不可能だ。

クリセルファ王国との戦い然り。

どれほど正しいと思われる判断をしても、不和や争いは起こり、そこに必ず犠牲が出てしまう。


頭ではわかっている。――――自分は正しい判断をしたのだと。

周囲の誰もが認めてくれる。――――陛下は間違っておりませんと。

それでも、自身の心が嘆き悲しむことを止める術は――――ないのだ。


前世の自分が常に抱えていた、消すに消せない悲哀。

それを思い出してしまったシェーラは、思わず激昂してしまう。




彼女の叫びを聞いたバランディとフレディは、驚きに目を見開いてシェーラを見ていた。

二人のその顔を見て、シェーラは少し冷静になる。


(……いけない。ついつい前世に引きずられちゃったわ。……今の私は、女皇じゃなくて女工なのに。――――多くの民の全てを幸せにしようなんて無謀なことを望まなくてもいい、知り合って親しくなったほんの少し(・・・・・)の人の幸せを目指せばいいだけの、夢のような立場の人間なのに……もっと、気楽に生きなくっちゃよね)


しかし、だからこそ、その”少しの人”の一人であるシシルを幸せにするために、出来る限りのことをしたいと、シェーラは思った。



呆然としているバランディとフレディを、しっかり見る。

背筋を伸ばし――――ふわりと笑った。



「……というような“後悔”を抱えた王さまの『物語』を、どこかで読んだ記憶があります」





「……物語?」


フレディがポカンとしてオウム返しに呟く。


「なんだそれは」


バランディは、……ガクッと肩を落とした。


シェーラは、ペロリと舌を出す。


「まあ、でも、あながち間違ってもいないと思うんですよね。シシルさんのためにも、できることはしなくっちゃって私は思います。夜会くらい出てもいいんじゃないですか?」


笑顔を保ちながらたずねれば、バランディはガシガシと頭をかいた。


「はぁ~。……お前が、思った以上に真剣に、シシルのために考えてくれているのは伝わった。……だがな――――」


それでも危険だと、バランディはシェーラを説得しようとしたのだろう。

しかし、彼が言葉を紡ぐ前に、部屋のドアがバタン! と開かれた。



「僕も! 僕も、夜会に行きます!」



そう言って飛び込んできたのは、シシル本人だった。

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