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その後は、たいへんな騒動だった。

スィヴァスが帰って十分後くらいに、バランディがものすごい勢いでやってきたのだ。


(きっと招待状が商会にも届いたのね。図ったようなタイミングなのがスィヴァスの指示らしいわ)


バランディは、両親への挨拶もそこそこにシェーラを連れ出そうとする。

しかし、自分のあげたクマのぬいぐるみを抱えたシェーラの妹に「ありがとう」とお礼を言われれば、立ち止まり、「どういたしまして」と紳士的に答えきちんと話を聞いてやった。


(基本いい人なのよね。……だから、抵抗できなかったんだけど)


家を出た途端、昨日同様抱き上げてきたバランディを、シェーラは咎めず好きにさせる。

幸いにして、この時は大通りに出て、すぐ馬車に乗せられた。



「私の仕事は?」

「有休をもらってある」



一応確かめれば、予想通りの答えが返ってきて、シェーラは肩をすくめる。

そのままバランディ商会に連れて行かれたのは、言うまでもないだろう。


ソファーに座らされ、くつろぐ暇もなく――――



「夜会に行くのは、絶対禁止だ!」



断固たる様子のバランディに言い渡される。


シェーラは、呆れてものも言えなかった。


(何を勝手に命令しているのよ?)


フレディは、そんなバランディの剣幕に、首を横に振りながら額を押さえた。


「あれほど暴走するなと言ったのに――――」


低い声で嘆いていたが――――それでも、気を取り直しコホンとひとつ咳払い。話をはじめる。



「問題のセオ・クリシュですが――――彼は、数年前に突然メラベリューに現れた素性のわからぬ人物です。本来、そんな(やから)が役人になどなれるはずないのですが、何をどうしたのか、いつの間にか文官となっていたと報告があがっています。その後は、持ち前の美しい外見と穏やかな言動、優秀な仕事ぶりで、若い女性のみならず老若男女を問わず魅了しているとも。……一説によれば、彼の後見はメラベリュー国王その人だとか」


きっと、フレディは、以前レオがキャビン織物工場へ調査に来た時から、セオ・クリシュについて調べていたのだろう。

淡々と落ち着いて調査結果を説明する姿に、シェーラは感心する。


聞いていたバランディの額には、深いしわがよった。



「……胡散臭すぎる」


ポツリと呟く。

フレディも同意するように頷いた。


「しかも、もっと不自然なことに、セオ・クリシュの周囲の人間は、誰一人として彼の素性に疑問を抱いていないのです。……まあ、あの外見ですからね。実は皇国の貴族なのだとか、皇族の血を引いているのだとか、いろいろ噂はされてはいるようですが、悪く言う者は、一人もいません」


……皇国の貴族どころか、皇族の中でも最も濃い血の皇子なのだが――――さすがにそこまでわかる者はいないだろう。


(レオナルドは、皇族の中でも結構有名で、絵姿なんかも出回っているのに、どうしてバレないのかしら?……まあ、でも誰だって田舎の属国に皇国の皇子が住み着くなんて思うはずがないのかも?)


他人の空似――――もしくは、一番近いところで親戚の親戚くらいに思うのが関の山なのかもしれない。

もちろんメラベリュー国王は、レオの正体を知っているはずだが……皇族に口止めされれば話せるはずもなかった。


「そんな、どこの馬の骨かもわからぬ奴からの招待など、誰が受けるものか!」


バランディは、忌々しそうに言い捨てる。



「……あら、私は受けるわよ」



シェーラは、あっけらかんとそう言った。


当然バランディは、ギロリと睨みつけてくる。


「さっき、禁止だと言っただろう!」


「禁止される理由がないもの」


シェーラの返事を聞いたバランディの体から、おどろおどろしい怒りのオーラが沸き上がるのが見える――――気がした。



「……お前は、そのセオ・クリシュとかいう、綺麗な顔の奴が気に入ったのか? ……一緒に夜会に出てエスコートされたいくらいに?」



そう聞いてくるバランディの声は、地を這うような低い声だ。


シェーラは、きょとんとしてしまう。


(そりゃあ、もちろんレオは私のお気に入りの姪孫だけど――――)



「えっと……いいえ? そうね。どちらかって言うと、私は、レ――――じゃなかった、クリシュさまとは、あまり関わりたくない(・・・・・・・)から、夜会のエスコートは、できればバランディさんにしてもらいたいんだけど。……バランディさんが行かないのなら、クリシュさまに頼むしかないのかしら?」



シェーラは困ったように首を傾げた。



「俺以外の奴に、お前のエスコートをさせるわけがないだろう!」



即座にバランディが怒鳴ってくる。


「え? ……でも、バランディさんは夜会に行かないんでしょう?」


「お前を一人でやるつもりはない! ――――というか、俺もお前もシシルも、欠席に決まっているだろう!」


大声で怒鳴られたシェーラは、「ええっ?」と顔をしかめた。



「夜会に行けば、ゲン国王を見られる(・・・・)のに?」



――――はっきり言って、それだけがシェーラが夜会の出席を決めた理由だった。



(夜会なんて、窮屈だし面倒だし、行ってもいいことなんて少しもないけれど。……だから、いくら工場にドレスを注文してくれるって言われても、行くつもりはなかったのよね。……でも、ゲン国王が来るのなら話は別だわ。百聞は一見にしかず。このチャンスを逃したら女が廃るもの!)


シェーラたち三人を呼んだレオの思惑は、さっぱりわからない。

しかし、千載一遇のチャンスを逃せるほど、今のシェーラに余裕はなかった。



「……あ、でもシシルさんは行かない方がいいかもしれませんよね? 君子危うきに近寄らずって言いますもの。何が起こるかわからないのに飛び込むのは、飛んで火にいる夏の虫かも?」



ゲン国王に狙われているシシルを連れて行くのは、リスクが高すぎる。

思惑を探るためだけなら、無理にシシルがいる必要はないだろう。


そう思ってシェーラは言ったのだが、バランディもフレディも呆れたように彼女を見つめてきた。



「……今の例え、そっくりそのままお前に言ってやる」

「そこまでわかっていて、どうして自分は行こうとするのですか?」



バランディは憮然として、フレディは本当に不思議そうにシェーラにたずねてきた。

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