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「シシルさんは、自分がゲンの王族――――しかも国王になれるかもしれない身分だってことを知っているんですか?」


その後、ようやく落ち着いたシェーラは、バランディに対しそうたずねる。

バランディは、自分から言ったことはないと、答えた。


「ただ、シシルは賢いですからね。うすうす気づいているかもしれません」


少し考え込みながら、フレディがバランディの言葉を補足する。

バランディも、そうだなと頷いた。


「……助けた後、堅気で信頼できる奴にシシルを預けようとしたら『俺の元にいたい』と言ったと、前に話しただろう? あの時、俺は選択肢のひとつとして『帰りたいか?』とも聞いたんだ。戻っても無事に暮らせるよう『手を貸そうか?』とも。――――シシルは首を横に振った。その後この件を蒸し返したことはない。……それがあいつの答えだ」


つまり、シシルは自分がゲンの国王だとしても、そんなものになりたくないということだろう。


(うんうん。大正解よね。国王も皇帝も激務だし、心労は募るしで、全然お勧めの仕事じゃないもの。そりゃあ、多少贅沢な暮らしはできるけど、その代わりに背負うのが、たくさんの民への責任じゃ、まったく割に合わないわ! 確かにやりがいはある仕事だけど……でも、どうせ仕事をするなら、やっぱりルーチンワーク! 織物工場の女工なんて最高よね!)


――――正真正銘、掛け値なしのシェーラの本音である。


(ホント、平民に生まれて良かったわ。今世の私、ラッキー! 最高にツイてるわ! 王侯貴族なんて職業選択の自由もないんだもの。シシルが帰りたくないのも、納得よ)


心の中で強く主張するシェーラだが――――しかし、同時に彼女は自分の考えが、あまり他人の共感を得られないことも知っていた。


(シシルはわかってくれるみたいだけど、……普通の人はそうじゃないもの。人ってどうしても見かけの華やかさに惹かれちゃうのよね。……ゲン国王もそうなのかしら?)


シェーラは、現在のゲン国王には、会ったことがない。




――――今のゲン国王が産まれたのは、シェーラの前世のヴァレンティナが死ぬ十年ほど前。


(弟が、お祝いの品に何を贈るか悩んでいて、一緒に選んだ記憶があるわ。……シシルは、その時にはもう産まれていたのよね? それにしては、そんな話は少しも聞いたことがなかったけれど)


いくら庶子とはいえ、隣国の国王の子が産まれたのだ。皇国の優れた情報網がそんな大きな出来事を見落とすとは思えない。

見落としていないのだとすれば――――弟である皇帝が、姉のヴァレンティナに、わざとその情報を教えなかったのかもしれなかった。

その頃のヴァレンティナは、とっくの昔に退位していて政治には一切かかわっていない。

隣国の王の庶子の誕生などという些末(さまつ)なことを知らされなくても、少しも不思議ではない立場だった。



――――しかし、シェーラはどこか釈然としないものを感じる。


(弟は、いつも『そんなことまで私に話してもいいの?』って思うようなこと(・・)まで、(ヴァレンティナ)に話していたんだもの)


大きなことから小さなことまで。

それはまるで、微に入り細を穿つよう。


『情報を知らなかったがために、姉上に危険が及んではいけませんからね』


大真面目でそう話す弟に『心配性ね』と、笑ったヴァレンティナだ。



(そんなあの子(・・・)が、私に大切な情報を隠していたなんて思えないんだけれど?)


しかし、事実は事実。

今さら考えても仕方ない。

現に、シシルは、今ここに存在しているのだから。


(過ぎたことより、考えなければならないのは、これからのことよね。……ああ、でもゲン国王の情報が少ないのは本当に痛いわ。策を練る対象相手の、人となりもわからないなんて、打つ手の選択に困るもの)


なんとかならないかと、シェーラは思う。


(できれば本人に直接会いたいところだけど……さすがにそれは無理よね? ……となれば情報を得るにはレオに聞くのが一番早いんだけど――――)


とはいえ昨日の今日でまたレオに会うのは、さすがにまずいと思われた。


(デートなんかじゃなく、町を案内――――それもシシルと一緒に案内しただけだって言っているのに、バランディさんはそれでも気に入らないみたいだし)


下手にバランディの逆鱗に触れて、また抱き上げられて町中を歩かれてはたまらない。



シェーラは、レオ以外でゲン国王の情報を持っている者がいないか思い出そうとして考え込んだ。


そんな彼女の背後に、バランディが回ってくる。

首筋にひやりと冷たい感触がして、次の瞬間シャラリと音がした。


「え?」


わずかな重みを首に感じ、視線を下げたシェーラは、自分が細くキレイな金のチェーンネックレスをしていることに気づく。

トップはなくて、代わりにダイヤを散りばめた細い指輪が付いていた。


「っ!? これ――――」


「土産だ。少し(・・)高価なものを買ってくると言っただろう? お前がこういったものに興味がないのは知っているが……このくらいなら着けても邪魔にならないからな」


シェーラは目を見開く!

そう言えば、バランディは出かける前にそんなことを言っていた。


しかし、このネックレスは――――


(少しどころか、とんでもなく高い(・・)わよね?!)


自慢じゃないが、女皇であったシェーラは宝飾品に対して目が肥えている。冠っていたティアラも着けていたアクセサリーも、全て国宝級ばかりだ。

その彼女の目から見ても、このネックレスの繊細さと美しさは、感嘆すべきものだった。

芸術品みたいなチェーンに無造作に付けられている指輪もまた一級品。

幅は細くとも装飾は凝っていて、散りばめられたダイヤは、小さいながらカットの美しさで否応なしに目を惹きつける。


両方とも相当高価なものだった。


(夜会なんかの正装用には向かないけれど……王侯貴族が普段使いに着けていても全然不思議じゃないレベルのものよね?)


少なくとも、町の女工の手が届くレベルでないことだけは、間違いない。



「バランディさん! こんな高価なもの――――」


もらえません! と続ける前に、素早くシェーラの前に回ったバランディの人さし指が彼女の唇に触れて言葉を遮る。


「ジルだ。――――“大人しく受け取る”約束だろう?」


ニヤリと笑って片目を瞑るバランディは、ものすごく色っぽかった。


「でも!」


「でも、じゃない。――――本当はもっと大きな“石”の付いた指輪にしたかったんだが……それこそ邪魔になるだろうとフレディに注意されて諦めた。受け取ってもらえなきゃ元も子もないからな」


そんなに残念そうに言われても、シェーラに同情できるはずもない。

キッと睨みつければ、バランディはとびきり甘く微笑んだ。



「いいから、黙ってもらってくれ。……この歳で、はじめての真剣な恋に浮かれる男を哀れに思ってくれるのならな」



その言い方は、ズルイと思う。

ムッとするシェーラの唇から名残惜しそうに指を離した男は、そっと彼女の左手を持ち上げた。


「今は、そのチェーンに指輪をかけてくれるだけでいい。……そして、もしも俺の想いに応えてくれる気になったのなら、その指輪を“ここ”に嵌めてくれないか?」


そう言ってバランディは、持ち上げたシェーラの薬指にそっと口づけを落とした。

とたん、シェーラの頬はカッ! と熱くなる。


左手の薬指につける指輪は――――結婚した男女の想いの証だ。



「それは――――」


「プロポーズだ。……俺は、お前を愛している」



甘く囁かれた吐息を薬指に感じ……シェーラは、沸騰した頭から湯気が出るのではないかと思った。





その後シェーラは、自分が何を話して何をしたのか、あまり覚えていない。

気がつけば自宅のベッドにいて、彼女の首にはバランディからもらった指輪付きのネックレスが、まだしっかりかかっていた。


(とりあえず、薬指に指輪はしていないから……セーフだったのよね?)


ぼんやりとそう考えて、再び顔を熱くする。





――――この日、シシルのことも、ゲン国王のことも、シェーラがまったく考えられなかったのは、仕方ないことだろう。

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