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バランディの配下たちの、あまりに意外な思い込みに、しばし呆けていたシェーラだが、やがてポツリと呟く。
「……シシルさんみたいに可愛い子なら、結婚したって、いじめたりしないのに」
「なっ!?」
「えっ!?」
今度は、バランディとフレディが声を揃えて驚いた。
「――――それは?」
「結婚って! 俺の妻に、なってくれるということか!?」
首を傾げるフレディと、座っているソファーから腰を浮かせ身を乗り出して聞いてくるバランディ。
「え? ……あ、いや、そういうことじゃなくて――――」
焦って否定しながらも、シェーラは自分の発言に面食らっていた。
(べ、別に、バランディさんと、け……結婚! するとか、そういうことじゃなくて! ただ、単にシシルは可愛いから! いじめないっていう! そ、そういうことで……)
頬が、段々熱くなってくるのが、よくわかる。
「そういうことじゃないって、どういうことだ!?」
バランディの顔が、なお近づいた。
「え、えっと? ……その!」
シェーラとバランディが熱くなっていれば――――
「……ジル、余裕のない男は嫌われますよ」
ボソッとフレディが呟いた。
グッと息を止めたバランディは……渋々といった様子で引き下がり、浮かせていた腰をストンと下ろす。
シェーラは、ホッと息を吐いた。
(助かった! もう、私ったら、こんなことで焦っている場合じゃないのに!)
それより、彼女には先ほどのフレディの言葉の中で気になることがある。
それを問い質すことが先なのに……バランディが絡むと、シェーラはどうにも平常心を崩されてしまうようだった。
(こんなこと、女皇時代ではなかったわ)
自分で自分の反応に戸惑いながら、シェーラは気になったことを聞いてみる。
「……シシルさんは“皇都の支部に移る”んですか?」
聞かれたバランディは、眉間に深いしわを寄せた。
きっと、シシルを移すことは、彼にとって不本意なことなのだろう。
そんなバランディに苦笑しながら、フレディが頷いた。
「ええ、そうです。これは今回の件が原因ではなく、かなり以前から決まっていたことなのですが……シシルはあの外見ですからね、一か所にそう何年も置けないのですよ」
育ち盛りの少年が、数年経ってもまったく成長しない。
髪型や服装で少しは誤魔化すことができても、それにはおのずと限界があった。
「俺も若い頃は住処を転々としたもんだ。――――おかげであちこちに伝手ができたからな、悪いばかりのことじゃない」
額に寄せたしわを元に戻し、バランディは苦笑する。
――――彼の組織が皇国のあちこちに広がっているのには、そんな理由があったようだ。
「……皇都の支部ですか?」
「ああ。あそこには手練れの配下ばかりを集めている。そこそこお偉いさんも取り込んでいるからな。シシルも、そう簡単には手を出されないだろう。……何よりゲンから離れる方がシシルにとって安全だ」
それはそうかもしれなかった。
しかし、シェーラは、その考えに素直に頷くことができない。
(シシルはある意味“火種”だわ。一歩間違えれば、ゲンとの全面戦争を引き起こすきっかけにもなる)
そんな危険な火種が皇都に近づくことを、果たしてレオが――――皇帝が、許すだろうか?
よしんば許されたとしても、シシルがゲンとの政治的な駆け引きの材料になることは間違いなかった。
(シシルを見逃してくれるほど、皇国は甘くないもの)
そうでなくては、多くの属国を従え長きに渡る繁栄を維持してこられたはずがない。
シェーラは――――女皇は、それをよく知っていた。
(もしも私がまだ女皇の地位にあったのなら――――即刻シシルの身柄を、保護と称して拘束するでしょうね。逃げられないよう監禁して、一番皇国の利益になる形で“利用”するの)
もちろん、シシルの境遇には同情するだろう。
きっとシシルにとっても、それほど悪い環境にならないよう、出来る範囲の配慮はするはずだ。
しかし、それはあくまで女皇から見た配慮であって、シシルの希望とはかけ離れたものになると思われた。
(傀儡にしてゲンの新国王にするか……そうでなければ、皇宮で豪華な生活と引き換えに隔離して、ゲン国王へ恩を売ると同時に脅しの材料とする。……それとも――――)
少し考えるだけで、シェーラの頭の中には、シシルの使い道が次から次へと浮かんでくる。
(……女皇って、ホントに因果な商売よね。多数の幸福のために少数を切り捨て、結果、自分が一番傷ついていく)
シェーラは、自嘲に歪む顔を隠すように下を向いた。
(でも――――)
幸いにして、今のシェーラは“女皇”ではない!
皇国の属国メラベリューの田舎町ミームに住む平民で――――織物工場の”女工”なのだ。
皇国の繁栄も、住民の幸福も、考える必要などないのである!
(町の女工なら、知り合った可愛い少年の幸せを一番に考えても……私を……えっと、その……す、好きだって言ってくれた人が、悲しまない方法を考えても……全然オッケーのはずよね?)
シェーラの頬は、また熱くなった。
これでは、顔が上げられない。
「……どうした? 気分でも悪いのか?」
いつまで経ってもうつむいたままのシェーラを心配したバランディが、立ち上がり彼女の横にきて顔をのぞきこもうとする。
「だ! 大丈夫です!」
シェーラは慌てて顔を逸らした。
「大丈夫って? ……おい、耳が赤いぞ。まさか、熱があるんじゃないか!?」
「ありません!」
「そんなわけがあるか! 見せてみろ」
「ないったら、ないんです!」
シェーラの顔を正面から見ようと回り込むバランディと、見られまいとして彼から必死に顔を背けるシェーラ。
(もうっ! こんなことをしている場合じゃないのに!!)
シェーラが、どんなに心の中で叫んでも、頬の熱さは消えてくれない。
傍目にはいちゃついているとしか見えない二人の様子に、フレディは大きなため息をつく。
優雅にカップを持ち上げると、お茶をコクリと飲んだ。




