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確かに嫌われてはいないだろうなと、シェーラは思う。
「バランディ商会のみなさんは、素直で気のいい方が多いですから。――――あと、食いしん坊な人が多いですね。私がクッキーを焼いて持って行くと、みなさん大喜びで食べてくださいます。お茶を淹れても、ものすごくおいしそうに飲んでくれるんですよ!」
大真面目で、シェーラはそう答えた。
(なんだかんだって、みんな可愛いのよね。……少なくとも、皇国の古狸貴族よりずっと素直だし、行動もわかりやすいわ! ……まあ、中にはバランディさんに変な遠慮をして、対応がぎこちない人もいるけれど。……別にあれは私を嫌っているわけじゃないだろうし)
――――今さら言うまでもないことだろうが、シシルを除くバランディ商会の従業員たちは、泣く子も黙る強面で、屈強な男たちばかりである。
彼らに対して『素直で気のいい』などという評価をする者は滅多にいないし、ましてや『可愛い』なんて思う者は――――皆無だろう。
それがうら若い少女であれば、なおさらだ。
バランディ商会に対して、ある程度の知識を持っているのだろうレオは、呆れたような視線をシェーラに向けてきた。
「……なんだか妬けるな」
小さくポツンと呟く。
「え?」
「私は、君と知り合ったばかりなのに、私よりずっと前から君と会っていて、なおかつ君の作ったクッキーやお茶を飲める者がいるだなんて……羨ましすぎる!」
「え? え?」
思いもよらないことを言われて、シェーラは戸惑った。
(そんなことを言われても――――)
困っていれば、目の前のレオは、大きなため息をつく。
豪華な金髪を片手でクシャリと握りしめた。
「……ハア、もういいよ。仕方ないから、今日はあのシシルという子が一緒についてきてもいいことにする。……その代わり、これは一つ貸しだからね。次は、絶対私と二人っきりでデートしてもらうから! ああ、そうだ。君の焼いたクッキーも食べたいし、お茶も淹れてくれると嬉しいな」
レオは、そんなことを言ってきた。
「………………は?」
シェーラはポカンとして、聞き返す。
(いやいや貸しって、何? ……しかも、次って……次があるの?)
あまりに驚きすぎて、言葉が出ない。
レオは、静かに席を立ち、シェーラの側に近づいてきた。
スッと手を差し伸べられたから、シェーラは条件反射で、その手に自分の手を乗せる。
女皇時代、彼女は何度もこうやってレオのエスコートを受けていたからだ。
呆然として見上げれば、レオはフッと表情を崩した。
腰を屈め、シェーラの耳元に顔を近づけてくる。
「バランディに伝えるといいよ。……悪いことは言わないから、あのシシルという子を、一刻も早く手放した方がいいと」
聞こえるか聞こえないかの声で、レオはそう囁いた。
シェーラは、目を見開く。
「……なっ!?」
「おっと、質問は“なし”だ」
声に皇気を込めて、レオは、“命令”した。
――――普通の人であれば、その命令に逆らうことはできないだろう。
何故自分が逆らえないのかもわからず、従う以外にできることはない。
しかし――――シェーラには、レオの皇気は効かなかった。
(シシルについて何がわかったの!? さっさと教えなさい!)
レオの襟首を掴み、そう問い質したい思いを、グッと堪える。
(そんなことをしたら、絶対不審がられるわ! レオの興味をますます引いちゃうのも間違いないし)
それだけは避けなければいけなかった。
(でもでも! シシルのことは、聞きたい! ……こんなことを言うなんて、やっぱりレオはシシルに見覚えがあるのよね!?)
心の中で、シェーラは葛藤した。
迷いに迷いフリーズしていれば――――ふんわりと乗せただけだった彼女の手が、いつの間にかレオにしっかり握られている。
「さあ早く行こう! ……お邪魔虫はいるけれど、でも気にする必要はないからね!」
そのまま会計も済まされ、シェーラはレオとカフェの外へ出た。
そこには宣言どおりシシルが待っていて――――二人が手を繋いでいる姿を見て、ギュッと唇を噛みしめる。
しかし、直接には何も言ってこなかった。
「行こう、シェーラ」
いつの間にかシェーラを親し気に呼び捨てにするレオに促され、シェーラは呆然と歩き出す。
数歩遅れてシシルがあとをついてきた。
――――その後のことは、実はシェーラは正直よく覚えていない。
彼女の頭の中は、なんとかしてシシルのことを聞き出せないかという思いで、いっぱいだったからだ。
最初から最後までレオと手を繋ぎっぱなしだったらしかったが、そちらも意識の外。
後で、シシルから涙目で怒られて、はじめて気がついたくらいだ。
(だって、レオと手を繋いで歩くのは、女皇時代に頻繁にあったことなんだもの)
町の案内も、きっと案内らしい案内はできなかったと思うのだが、レオはその辺のことは気にしていないようだ。
「楽しかったよ。また会おう」
眩しいほどの笑顔でそう言うと、上機嫌で帰って行った。
(……結局シシルのことを聞けなかったわ)
家への帰り道で、シェーラは、がっくりと肩を落とす。
――――レオは、バランディに対し、シシルを『手放せ』と忠告してきた。
つまりは、そうしなければバランディに危険が及ぶということなのだろう。
(シシルって、そんなにたいへんな身の上なのね。……レオは、バランディさんにはメラベリュー王家を滅ぼすほどの力があるって認めていたのに……それでも手放さなきゃいけないくらいなの?)
シェーラは、深く考え込んだ。
シシルの“ばあや”が、『瞳に光を持つ御方』を頼れと言ったと聞いた時から懸念はしていたが……シェーラの心配は、より悪い方で現実になってしまいそうだ。
(……この付近でメラベリュー王家よりも力がある者なんて、数えるほどしかいないわ)
かてて加えて、ここ最近の、隣国ゲンの怪しい動き。
(まさか、逃げ出した庶子一人を探すために、戦争しようとしているはずは、ないでしょうけれど――――)
いくらなんでも、そんなバカなことはないと思いたい。
(やっぱり、レオに問い質すべきだったかしら? ……でも、そんなことをしてしまったら――――)
自分は“普通の平民”ですと言い張るのは、難しくなってしまうだろう。
シェーラの思考は、深く深く沈んでいく。
どうにもならない思いの中で――――ふと、バランディの顔が脳裏に浮かんだ。
………………会いたいなと、思う。
(私が一人で悩んでいても仕方ないわ。……最終的にどうするかを決めるのはバランディさんだもの)
そう思って、空を見上げた。
夕暮れ時の薄暗がりの空に一番星が輝いている。
バランディの瞳の輝きに似た、金色に輝く星だ。
「……早く帰ってきなさいよ」
シェーラは、小さく呟いた。




