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レオに文句を言われたシシルは、彼に対し形ばかりに頭を下げる。
「気に障ったのならすみません。でも僕は、ボスが留守の間、シェーラさんを見ているように言われていますので。……あ、遅くなりました。僕はバランディ商会の雇用人でシシル・ヴェストルって言います」
礼儀正しく名乗ったシシルに、レオも「セオ・クリシュ、メラベリューの文官だ」と名乗り返した。
「さて、ヴェストルくん。君の事情はともかく、急に入ってきて、人のことを『変な虫』呼ばわりするのは感心しないな」
レオは、まずそう指摘した。
平気そうに見えたのだが、やっぱり『虫』呼ばわりは嫌だったらしい。
シシルは、「あ!」と叫んで慌てて口を押えた。
今さらそんなことをしても手遅れだろう。
青い目が、ジロリとシシルを睨む。
「それと、君が誰に何を頼まれているか知らないが――――今、私は“カミュさん本人”に町を案内するお願いをして、快く承諾してもらったところだ。私たち二人の約束に、君が口を出す権利はない」
美形の不機嫌顔には、迫力がある。
レオに淡々と言われたシシルは、ビクッと体をすくませた。
「でも!」
「でも? 君にとって、雇用主であるバランディ氏の言うことは絶対なのかもしれないが、世間一般の常識はそうではない。それくらいのことがわからぬ年齢ではないだろう?」
まったくもっての正論だった。
シェーラは――――ジ~ンと、感動する。
(レオが……あの、皇族一の常識知らずの甘えん坊のレオが! ……他人に常識を説くなんて!)
自分のやりたいことが一番で『常識? 何それ? おいしいの?』状態だった姪孫の著しい成長に、シェーラの目頭は熱くなる。
しかし、それと同時にシシルが少し可哀そうになった。
(生まれてからずっと監禁されて育てられ、死にかけたところをバランディさんに助けられたんですもの。……常識がないのも、バランディさんの意向を第一に考えるのも、ある意味仕方がないことよね?)
もちろん、それで初対面の相手に対する無礼が許されるかといえば、そうではない。
しかし、少し慰めるくらいは、してやってもいいだろう。
そう思ったシェーラは、目の前のシシルの手に、そっと手を触れる。
ピクリと震えたシシルは、恐る恐るシェーラを振り返った。
彼の目をしっかりとらえて――――笑いかけてやる。
「私のことを心配して来てくれてありがとう。……でも、私は大丈夫だから、安心して帰ってくださいね」
常識外れではあっても、シシルのしたことを、自分は決して怒っていないのだと伝わるように、頷いてやる。
「シェーラさん。……でも」
「大丈夫です。レ……セオ・クリシュさまは、お仕事の関係で私に町の案内を依頼されただけなんです。きちんと常識をお持ちのセオさまが、私に対して“何か”なさるはずがありません。心配はいりませんから、どうか帰って商会の皆さんにも安心するように伝えてください」
シェーラの言葉を聞いたレオは、眉間のしわを深くする。
「……でも」
そう言って唇を噛み、うつむいてしまった。
どうやらシシルはかなり心配性のようだ。
(それとも、バランディさんに叱られるって本気で思っているのかしら?)
少し呆れたシェーラだが、シシルを安心させるべく口を開く。
「本当に大丈夫ですよ。……それに、バランディさんがこの程度のことで怒るなんて、絶対ありませんから! そんな心の狭い男、こっちからお断りです! 万が一バランディさんが今回のことで怒るようなら、私がはっきりそう言ってやります! だから安心してください」
シェーラの言葉を聞いたシシルは、――――みるみる顔色を悪くした。
「……そ、それは止めてもらえると嬉しいかな?」
そんなことを言い出す。
シェーラはコテンと首を傾げた。
せっかく不安を取り除いてやろうとしているのに、シシルはあまり嬉しくないようだ。
レオまで微妙な表情でシェーラを見てきた。
「遠慮は、いりませんよ?」
シェーラの重ねての提案にも、シシルは首をブンブンと横に振る。
「遠慮なんてしていません! ……え、えっと! ……わかりました! じゃあ、僕はもうシェーラさんがセオ・クリシュさんの案内をするのを止めません! その代わり、僕もついていきます!」
大声で宣言した。
「え? なんで?」
どうしてそんなことになるのだろう?
シェーラは、わけがわからずキョトンとしてしまう。
「断る!」
レオは、間髪を入れず断った。
「そんな! 絶対、案内の邪魔はしませんから、ついていかせてください! ……それに、そうだ! 断られたって僕は勝手についていきますから! ぼ、僕のことは気にせずに、どうか町を回ってください」
シシルは、必死な様子でそう言った。
「でも、シシル、そんな必要は――――」
「ぼ、僕が自分で行きたいんです。……えっと、僕、外で待っていますね!」
止めようとするシェーラの言葉を遮り、言うだけ言ったシシルは、パタパタと走ってカフェから出て行く。
シェーラは、ポカンとそれを見送った。
戸惑いながら振り返れば、レオが額に手をあてうつむいている。
「……レオさま?」
「君は、バランディだけでなく、彼の仲間からもずいぶん気に入られているようだね」
低い声でそう呟いた。




