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「……だから?」


シシルの言葉を聞いたシェーラは、首を傾げる。

綺麗な男の人というのは、間違いなくレオのことだろう。

しかし、レオとシェーラがカフェに入ったことと、シシルがここに来たことが、どうして『だから』で結ばれるのか? ――――意味不明だ。


シェーラはさっぱりわからないのに、シシルは大きく頷いた。


「ええ、そうです。ボスが留守の間に、シェーラさんに“変な虫”がついたら、僕たちみんなボスに殺され(・・・)ますからね。……仲間は、全員殺気だって飛び出そうとしたんですが、僕は慌てて止めたんです。フレディさんから、みんなが暴走しそうな時は『止めろ』と命令されていましたから。……で、とりあえず代表で様子を見にきたんですけれど――――」


息を整えながら、そう説明するシシル。

シェーラは呆気にとられた。


「……“変な虫”って?」


いったいバランディ商会の者たちは、何を考えているのだろう?

彼らが、シェーラとバランディの仲が上手くいくことを願っているのは知っていたが、だからといって、シェーラが男性とカフェに入ったぐらいで駆けつけてくるのは、おかしいだろう。


(それぐらいで、バランディさんに殺されるなんて、有るはずないのに)


しかも、レオを『変な虫』呼ばわりだ。


(今のレオは、メラベリューの文官ってことになっているから、皇族に対する発言じゃないだけ、まだましだけど……でも、それだって国の役人相手に『虫』呼ばわりはダメよね?)


本当は高位貴族の庶子かもしれないシシルだが、今は一平民。

レオの対応次第では、不敬罪で捕まったって不思議じゃない。


(レオが、そんなことするとは思えないけれど――――)


心配して、そっとレオの反応を見てみれば――――『変な虫』と言われた男は、どこか困惑したようにシシルを見ていた。


「レオさま?」


「…………どこかで見たことがあるような?」


そう呟いて考え込む。


(え? レオは、シシルを知っているの?)


思わぬ反応に、シェーラは驚いた。

シシルを、高位貴族か属国、他国の王族もしくは皇族の、いわくつきの庶子だと思っているシェーラだが、それでもまさか皇国の皇子と面識があるとは思わなかった。


(だって、屋敷の中から一歩も出ずに育ったって話よね?)


少なくともバランディの話ではそうだった。

そんな育ちのシシルが皇子と面識なんて、あるはずがない。


(……てことは、レオはシシルに似ている彼の親族の誰かと会ったことがあるのかしら? まあ、他人の空似って可能性もあるけれど)


シェーラ――――いや、女皇ヴァレンティナに、シシルと似ている人物と会った記憶はない。


(レオが知っていて私が知らない誰か? ……私が死んでから皇家に参内するようになった新興貴族か……そうでなければ、レオが外交を担っていて単独で訪問していた属国、王国の人物ってこと?)


レーベンスブラウ皇国の領土は広大で、属国の数は二十を超える。

このため、皇族はそれぞれ地区ごとの担当を決めていた。


(最終的な統治は皇帝が行うのだけれど、でも同じような時期に行われる式典行事の全てに皇帝が出席するとか、どう考えても不可能だもの)


そんな時、皇帝の名代として出席するのが、そこを担当する皇族の仕事だった。


(レオの担当は、皇国の東方面――――この国メラベリューや隣接する三つの属国……それに、ゲンだったはず)


その中の女皇の知らない誰かに、シシルは似ているのだろうか?

シェーラは記憶を掘り起こす。


(メラベリュー王家は違うわよね? あそこの家系は高い鷲鼻が特徴的な悪役顔が多いから。……あと、代々のゲン王は、燃えるような金髪のワイルド系イケメンばかりだったわ)


女皇に心酔し、大袈裟な言葉で褒め称え、足元に(かしず)くゲン王は、まるで物語に登場する勇敢な騎士のよう。

皇族の男たちの洗練された完璧な美貌とはまた違う、猛々しい男の魅力で、皇宮の女性たちの一部から絶大な人気を博していた。


(確か、お芝居で金髪の騎士の物語が流行っていたんじゃなかったかしら? ……ゲン国王のセリフも芝居がかっていたし、ああいうのが好きな女の子って結構いるのよね)


その人気は、好きすぎてゲン国王の妃となった皇国の貴族令嬢もいたくらい。


(家系を遡れば皇女の降嫁もあったような名門貴族の令嬢だったはずだわ。私が退位した後だったから、実際に会ったことはないけれど……パッと見、気弱そうな令嬢なのによく思い切ったものだって、弟が驚いていたのを覚えているわ)


――――とまれ、今はそんなことを思い出している場合ではない。

しかし、いくらヴァレンティナの記憶を辿っても、シシルに似た顔は現れなかった。


(ああ、やっぱり私の記憶じゃ役に立たないわ。……なんとかレオが思い出してくれないかしら?)


シェーラは、期待を込めてレオを見る。



形の良い眉をひそめていた男は…………やがて、小さく首を横に振った。



「……まさか(・・・)な」



何が『まさか』なのか、じっくり教えてもらいたい!

シェーラは、勢い込んで聞こうとした。

テーブル越しに身を乗り出そうとしたのだが、そんな彼女の目の前に、シシルの細い手が伸ばされる。


「帰りましょう。シェーラさん」


「え? ……でも」


「わかっています。きっとシェーラさんは、こちらの男の人に、町の案内か何かをお願いされて、気軽に引き受けたんですよね? ――――でも、ダメです! ボスという人がありながら、他の男と人目を忍んで密会なんて……しちゃいけません!」


シシルの言葉に、シェーラはポカンとした。



「人目を忍んで? 密会? ……誰と誰が?」



まさか、自分とレオのことなのだろうか?

困惑するシェーラの様子に、シシルは安堵の息を吐く。


「よかった。……こんな綺麗な男の人と向かい合って座っていても、顔も赤くなっていないし、ボーっとなってもいないから大丈夫だとは思ったんですけど……シェーラさんには、本当に“そんな気”はなかったんですね」


よかったよかったと、喜ぶシシル。

反対に、レオの顔は苦虫を噛み潰したような不機嫌顔になった。



「……君は、ずいぶんとはっきりものを言う子だね」



冷たい声で、そう言った。

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