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「……バランディさんの情報?」


小首を傾げるシェーラの仕草に、レオは目を細めて頷く。


「ああ。私がメラベリューの文官だというのは知っているだろう?」


聞かれて、今度はシェーラが頷いた。

実際に知っているのは、メラベリューの文官のふりをした“皇国の第三皇子”だということだが――――そこは言う必要のないことだろう。

シェーラの顔をジッと見つめながら、レオは話を続けた。


「本当は、君にこんなことまで話すつもりはなかったんだけれど――――ジルベスタ・バランディは、メラベリュー王国にかなり影響力のある人物なんだ。本人は、こんな小さな田舎町――――あ、ごめんね。でも、田舎町なのは本当だから仕方ないよね? ――――で商会の代表なんかにおさまっているけれど、彼の組織は広範囲に根深く広がっている。彼の意向ひとつで膨大な数の人と金が動くんだ。……今は、そんな気がまったくなさそうなバランディだけど――――彼が反乱を起こせば、メラベリュー王家くらいなら滅びるんじゃないかな?」


サラリと告げられた内容に、シェーラは目を見開いた。



「――――嘘」


確かにバランディ商会の力が大きいのは知っていた。

ミームの町に限らずメラベリュー王国から果ては皇国全土にまで、商会の力は及ぶと聞いていたのだが、……しかし、小さな属国とはいえ王家を滅ぼせるまでとは、正直思っていなかった。

シェーラの否定の言葉を聞いたレオは、困ったように苦笑する。


「本当だよ。おそらく、バランディ自身も自分の力がそこまでだとは思っていないだろうけれどね。……彼には本人も知らない秘密(・・)があるんだよ。さすがにそれを君に教えるわけにはいかないけれど――――その秘密ゆえに、彼に協力する者は、とてもたくさんいるんだ。……平民にも“それ以外”の者の中にもね」


その秘密(・・)とは、間違いなくバランディが皇族の血を引く先祖返りだということだろう。


(バランディさんったら、ただの『没落貴族の庶子が、田舎町の小悪党になった』ってだけの“人”じゃなかったの? 意外に人脈と金脈も持っていたのね)


想像以上にバランディが大物だったことに、シェーラはびっくりする。

そんな彼女の表情の変化を、レオはつぶさに観察していた。


「まあ、そんなわけだからね。彼の商会には、メラベリュー王家から間諜が送りこまれていたんだ。だけど、その間諜が、ここ最近理由もなく解雇されている。ずっと気づかれなかったのに、いったい何があったんだろうって話になったんだよ。……私は、その調査に来たんだ」


レオの視線を感じながら――――シェーラは焦りまくっていた。


レオは、メラベリュー王家の間諜と言ったが、実際は皇国の間諜だろう。

そして、その間諜が解雇されたのは――――はっきり言って、シェーラのせいだった。


(私が、怪しい人をフレディさんに教えたからよね? ――――でも、間諜の目的は隣国ゲンの動向を探ることだと思っていたんですもの。それなら商会を追い出されても他の場所で諜報活動を続けられるから、たいして問題にならないと思ったのよ。……なのに、まさかバランディさん自身を見張っていたなんて思わなかったわ!)


しかし、勘違いでした! で謝って済むほど世の中、甘くない。

内心冷汗ダラダラながら、シェーラは必死でそれを隠す。

表面上は、思わぬ話を聞いて戸惑う少女の態を装った。

女皇時代に鍛えた鉄壁の外面(そとづら)を、これほどありがたいと思ったことはない。


どうしようと思っていたのだが……救いの手は、なんとレオ自身から差し伸べられた。



「――――まあ、でも、もう“そんなこと”は、どうでもいいんだけれどね」


「へ?」


意表を突かれたシェーラの鉄壁の外面が、ポロリと剥がれ落ちる。


「バランディの情報なんて、他でいくらでも調べられる。彼自身にも、王家を滅ぼそうって気は全くないんだから、そこまで警戒することもないし。……それより“そんなこと”は抜きにして、私は君とこの町を回りたいんだ。……つまり、君と本物のデートがしたいってことだよ」


「え? え? ええ!? ……デートォ?!」


素っ頓狂な声を上げるシェーラに、レオは真面目な顔で頷いた。


「私は、君のことをもっと知りたいと思っている。そのためには、デートをするのが一番手っ取り早いだろう? ……君とバランディは、まだ正式にはつき合っていないと聞いているけど、違わないよね?」


グッと顔を近づけてレオは聞いてくる。

シェーラは、返答に迷った。


(……た、確かに正式なおつき合いはしていないけど……でも、正直に答えたら、なんだかすごくマズイような気がするわ)


少なくとも、レオにデートを迫られるのは間違いない。

とはいえ、シシルの件もあるため、彼を完全に拒絶するわけにもいかなかった。



時間稼ぎのために、シェーラはコーヒーカップを口に運ぶ。


(レオとデートをせずに、シシルの情報だけをもらういい方法がないかしら?)


飲むふりをして考えた。

チラリと前を見てみれば、何故かレオが急に眉をひそめる。


(え?)


次の瞬間、レオの綺麗な青い目が、キラリと光った。


とたん、ざわっと周囲の音が復活する。

レオが音の遮蔽を解除したのだ。


(何かあったの?)


シェーラが首を傾げると同時に、彼女の肩を、ガッと誰かが掴んだ!

カップを落としそうになったシェーラは、慌てて両手で抱える。


「シェーラさん! 無事ですか!?」


聞こえてきたのは、少し高めの少年の声だった。

振り返ったシェーラの視線の先にいたのは、めちゃくちゃ焦った表情をしたシシルだ。


「え? ……シシル?!」


どうして彼が、ここにいるのだろう?

シシルは息を弾ませながら、シェーラの横に立つ。



「商会の仲間が、カフェに入っていくシェーラさんと、やたら綺麗な男の人を見たって言ったんです。――――だから!」



そう言ってシシルは、レオを睨んだ!

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