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――――確かに、レオの言葉は間違いないことだ。
しかし、何故かシェーラは、カチン! ときた。
(何? その今までの女性と比べるような聞き方は?)
バランディは、世に言うところの色男。しかも金も力も持っていて、女性からモテまくっている。
(あの年齢だもの。今までつき合ってきた女性がたくさんいただろうってことぐらい、よくわかっているわ!)
それでもシェーラは、バランディにとって自分は“特別”なのではないかと思っていた。
(そういう考えが、女性にはよくありがちな思い込みで、本当は全然違う可能性があるってことだって……知っているわ! だけど、だけど! 私は……バランディさんが見せてくれたあの“景色”を信じたいのよ!)
一生を共にしてもいいと思える相手に見せたい場所だと、そう告げられて見せられた景色。
息をのむほどに美しかったあの景色の中で受け取ったバランディからの告白を、シェーラは信じたい。
(だから、私はバランディさんを見るって約束したんだもの)
それを『今一番のお気に入り』などという、愛玩動物かおもちゃみたいな言い方で表現されたくない!
「…………“レオ”、あなたは、どうしてそんな言い方しかできないのですか!?」
ギュッと拳を握り締めたシェーラは、低い声でレオを叱りつけた!
「え?」
レオは、ポカンと口を開ける。
「『え?』では、ないでしょう!? 女性を男性の“お気に入り”呼ばわりするなんて、女性に対して失礼だと思わないのですか?」
「へ? え? ……失礼?」
レオの青い目が、これ以上ないほどに真ん丸に見開かれた。
どこか幼い感じのするその表情は、いたずらしてヴァレンティナに怒られていた子供時代のレオナルドを彷彿とさせるもの。
「…………あ、いや、その……私は、そんなつもりは。……っていうか、君……『レオ』って?」
なんとか気を取り直し、弁解しようとするレオの言葉を――――シェーラは、ぶった切った!
「”レオ”、あなたにそのつもりが有ろうと無かろうと、受け取る相手がそう感じた時点でダメなのです。自分の立場をよく考えて発言しなさいと、いつも言われているはずでしょう? 少し相手の気持ちになって考えればわかることなのに……努力を怠るのはやめなさい!」
――――それは、ヴァレンティナがレオナルドを叱る時の決まり文句だった。
末っ子皇子で甘えん坊。頭もきれて要領のいいレオナルドは……残念なことに努力家ではなかったのだ。
(なんでも簡単にできてしまうからなんでしょうけれど……周囲の人々の気持ちに気を配るのが苦手なのよね)
多少相手の気を損ねても結果を出すこと優先で、誰にどう思われようが気にしない。
(ああ、違うわ。誰にどう思われてもじゃなかったわ。……“どうでもいい相手”にどう思われても、まったく気にしないのよ)
そして、レオにとってどうでもいい相手は、とてもたくさんいたのだった。
というよりも、どうでもよくない大切な存在の方が、とても少なかったというべきか。
その“どうでもよくない”――――つまりは“大切な存在”の筆頭にいたのが、ヴァレンティナだった。
だからこそヴァレンティナは、レオをよく叱り窘めていたのだ。
(私に叱られるのが、レオには一番効くのよね。……そして、だからこそ叱りっぱなしにはできないのだけれど)
驚きのあまり、呆然とこちらを見るレオを、シェーラは見つめ返す。
視線をしっかり合わせて――――(一、二、三、四……)――――五まで数えたところで、ふんわりと笑いかけてあげた。
レオが、体をビクリと揺らす。
……この後、手を伸ばし、レオの頭を抱えて胸に抱き、優しく髪を梳きながら、彼の悪かった点やどうすれば良かったかを教え諭すまでが、ヴァレンティナのいつもの行動だ。
同じようにしようと思ったシェーラだが――――笑った時点で、ハッ! と我に返る。
(え? え? ちょっと待って!! ……うわっ!! 私……またやっちゃった?)
ふんわり笑ったはずの笑みが、バキバキに凍りつく。
(ま、まずいわ……今の私は、町の女工なのに! もう! バカバカバカ! 私のバカ!! この前と同じ失敗をするなんて!)
心の中で猛省したが――――後の祭りだ。
しかも、今回は口調まで、なんだかヴァレンティナっぽかったと思う。
前回と違い、社長や工場長もいなかったため、最後の決まり文句まで言ってしまったし――――
(こんなんじゃ、私もレオのことを叱れないじゃない! ……どうしよう? レオは、怒っているわよね?)
恐る恐るレオの方をうかがい見る。
シェーラに叱られた彼は、いまだ呆然としていた。
(それもそうよね? 平民のしかも女工に、一度ならず二度までも叱られたんだもの)
ここは謝る一択だと思ったシェーラは、立ち上がるために腰を浮かそうとする。
いまだに、レオに握られたままだった自分の手を引き抜こうとしたのだが。
その瞬間――――
彼女の手を握るレオの手に、グッと力が入った。
痛いくらいに強く掴まれる。
「え?」
「………………嬉しい」
世にも美しい男の口から、そんな言葉が飛び出した!




