36
そこには、たった今までシェーラが思い出し悔やんでいたレオが立っていた。
「レ! ――――っと、セオ・クリシュさま!」
咄嗟に『レオ』と叫びそうになって、直ぐに今のレオナルドの偽名を思い出したシェーラは、慌てて言い直す。
「やあ、偶然だね。今日は、仕事はお休みなの?」
頭のてっぺんからつま先まで優雅な男は、微笑みながらシェーラに向かって歩いてきた。
ここは、シェーラがよく来るミームの町一番の大通り。
朝早くから賑わう町に突如現れた息を呑むような美形に、道行く人々が、みんなポカンと口を開ける。
(私も全然気づかなかったし――――レオったら、気配を消していたみたいね?)
皇気は、使い方次第では自分の存在感を極端に小さくできる。
どんなに目立つ人物でも、路傍の石みたいな印象に変えられるのだ。
(そう言えばレオは、昔は、みんなの目を盗んで、よく私のところへ遊びに来ていたわ)
末っ子で甘えん坊のレオの可愛いいたずらを、シェーラは懐かしく思い出す。
ゆっくり近づいてくる本物の皇子さまの背中では、ゆるく結んだ金の長髪がキラリと光を弾いた。
(ああ、レオったら、相変わらずカッコ可愛いわ!)
可愛い可愛い姪孫の姿に、シェーラの心は歓声を上げる。
(……っと、ああでも、見惚れている場合じゃないわよね? えっと『今日はお休みなの?』って聞かれたんだったわよね?)
デレっとしそうな意識を引きしめ、シェーラは背筋を伸ばした。
「は、はい! 珍しくデー……予定のない休みなんです!」
――――バランディは、大きな商談があるそうで、昨日からミームの町を離れている。
シェーラが休みなのに、デートができないことを最後まで悔しがっていたが……そこは四十六歳の大人。文句を言いながらもきちんと仕事に行った。
(一緒に出かけられない代わりに、高価なお土産を買ってくるって宣言していったのは……意味不明だけど?)
一回デートできないことと、高価な土産を買うことの、どこがどう繋がるのだろう?
(『大人しく受け取れ』とか偉そうに言っていたけど……いったい何を考えているのかしら?)
どう考えてもわからないシェーラだ。
しかし、おかげで今日のシェーラは、本当に久々にフリーの休日を満喫していた。
シシルの件は頭から離れないものの、一人気ままに散策している。
(いつもバランディさんに貰ってばかりだから、たまには何か買って返そうかと思って店を覘きにきたんだけど……まさか、レオに再会できるなんて思ってもみなかったわ!)
偶然とはいえ、これは絶好のチャンスだ。
(さすがに、今すぐシシルのことを相談するのは先走り過ぎだと思うけど……なんとかメラベリューの情報だけでも聞き出せないかしら?)
シェーラは、そう考える。
その時――――
「予定はないんだね? ……なら、お願いがあるのだけれど。私に、この町を案内してくれないだろうか?」
なんとレオの方から、そう頼んできた。
渡りに船とはこのことだ。
「あ! はい! 私でよければ」
シェーラは、一も二もなく頷いた。
レオは、ホッとしたような笑みを浮かべる。
「ああ、よかった。この前は即答で断られてしまったからね。……もちろん、私が悪かったのだけれど、そんなに嫌われてしまったのかと、落ちこんでいたんだよ」
少し肩を落とした姿が、哀れを誘った。
そんなレオの姿を見たシェーラの手がピクリと震える。――――思わず伸ばそうとして、慌ててギュッと握りこんだからだ。
(あ、危ない! 前世の“くせ”で、ついレオの頭を撫でるところだったわ)
末っ子の甘えた属性を持つレオは、子供の頃、何か落ちこむことがある度にヴァレンティナの元に駆けこんできた。
胸にグリグリと頭を押しつけてくるので、優しく撫でて慰めていたものだ。
その頻度は、あまり甘やかすなと、皇帝である弟に注意されたくらいだ。
「レオは、姉上に甘えたいだけなんですよ! あの子は、ああ見えて強かで、誰より狡猾なんですから」
彼女がレオを構う度、弟は不機嫌になった。
「まぁ、じゃあ、あなたに似たのね?」
クスクス笑って揶揄えば、威厳のある皇帝になったはずの弟が、プーッと頬を膨らませる。
「姉上!」
酷いと言って拗ねる弟を、慰め機嫌を取ってやるまでが、いつものパターン。
シェーラは、そんなことを懐かしく思い出す。
今は届かないレオの頭を見つめ、小さく首を横に振った。
「嫌いだなんて、そんなことありません。お申し出をお断りしたのは、私では畏れ多いと思ったからです」
彼女の言葉を聞いたレオは、パッと表情を明るくする。
「本当かい? 私を嫌いではない?」
「はい」
頷けば、この世のものとも思えないほど美しく笑った。
「ああ、よかった。……それなら私とつき合ってくれるかい?」
勢い込んで、レオはそう頼んできた。




