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そんなこんなで、バランディを意識せざるをえなくなったシェーラだが、もちろん彼女はシシルの件を忘れてはいなかった。


(なんとかしなくっちゃ! これは、現実逃避(・・・・)でもなんでもなく、本当に必要なことだもの!)




――――あの日以降、バランディからのアプローチが激しい。


それは、毎朝シェーラを工場に送るために、家まで馬車で迎えに来るくらい。

工場からの帰りは、さすがにバランディも仕事で忙しいことが多く、送りに来たりはしないのだが、その代わり夕飯時に何かしらプレゼント――――食材だの、お菓子だの家族が喜ぶ物が多い――――を持ったバランディの部下が、彼からシェーラへの手紙を届けにやってくる。


(この手紙が、また曲者なのよね。甘い言葉の合間合間に、ゲンとの国境の町の様子とか、最近の政治情勢や経済情勢の情報が入っていて……読まずにいられないんだもの!)


どうせ朝に会うのだから、その時に話してくれればいいと思うのだが――――

『直接顔を見ているのに、そんな色気のない話ができるか』

そうバランディに一蹴され、結果ほぼ毎日手紙が届いている。


(意外に筆まめなのね。……つき合って返事を書く、こっちの身にもなってほしいわ)


……バランディに負けず劣らず筆まめなシェーラだった。


その上、前より休めるようになった休日は、ほとんどいつもデートに誘われる。


(ただのデートなら断るんだけど……キャビン織物工場で作った商品が実際に売られているお店の見学とか、最近流行の服飾品店のリサーチとかを兼ねられるから、断れないのよ!)


バランディは、一石二鳥がモットー。

どうせ出かけるなら、他の用事も一緒に済ませてしまいたいタイプだ。

そのへんはシェーラも同意見で、合理的な思考の二人の意向は一致していた。


そして、非常に優秀なバランディは、本来の目的であるデートにも一切手を抜かない。

完璧なエスコートに、聞き上手な会話。

食事もおいしく、見るもの体験するもの、全て楽しい。

毎回必ず渡される贈り物も、シェーラが気負わず受け取れる、さり気ないがセンスのいい物ばかりだった。

しかも歩く際は恋人繋ぎがデフォルトで、恥ずかしがるシェーラを甘く見つめるというデレっぷり。


(普段は強面の悪いイケメンが、あんな風にデレるなんて――――惚れてまうだろうっ! って叫んでしまいそう。……やっぱり侮れないわ)



亀の甲より年の功。

バランディは、今までつき合ってきた青年たちとは比べものにならないくらい、女性の扱いがうまかった。




(……ダメダメ! バランディさんのことばかり考えちゃ! 今はシシルのことよ)


シェーラは、勢いよく自分の頬をパンと叩く。

脳裏に浮かぶバランディの甘い笑顔を打ち消した。


代わりに思い浮かべるのは、大人しそうなシシルの顔だ。


皇族の目の光のことや、寿命のことを知っているシシルが、ただの一般人とは思えない。

しかし、彼が皇国の間諜なのか、それともかなりの高位貴族の庶子なのかは、まだわからないところだった。


(どっちにしろ、確かめないといけないわよね。皇国の間諜だったなら、それほど心配いらないんだけど)


バランディは嫌がるだろうし、何よりシシルに騙されていたことに傷つくだろうが、間諜が一般市民に害を与えることはない。


(正体なんて暴かずに、このまま放置するのも一つの手よね? それより、問題になるのは――――)


シシルが高位貴族とかの庶子だった場合だった。


シシルを逃がした“ばあや”は、皇族を頼れと言ったのだという。

それは、皇族ならばシシルを狙った者から彼を守ることができるということだ。


(反対に考えたら、皇族以外ではシシルを守り切れないってことよね?)


わざわざ皇族が対処しなければならないほどの相手など限られている。


(普通の貴族じゃないわ。よほど高位の貴族か、属国、他国の王族……そうでなければ、同じ皇族の誰か――――)


シェーラは、前世の記憶を掘り起こし、メラベリューの王族やメラベリューに住居を構える高位貴族、皇族の顔ぶれを思い出そうとした。


(メラベリュー王家を筆頭に、ペリアル侯爵家に、ドメニク旧皇家――――ああ、でも女皇の記憶は二十年近く前のものだもの。完全とは言えないわ。この前だって、メラベリューになんているはずないと思っていたレオが、いたくらいなんだもの)



最新の情報が、喉から手が出るほど、ほしい!



(あの時、レオの申し出を全力で断ったのは間違いだったかしら? ……せめて、連絡先の交換ぐらいしておくんだったわ)


内心悔やんでいれば――――




「カミュさん? ……シェーラ・カミュさんだろう?」


耳に懐かしい声が聞えてきた。


「え?」


振り返ったシェーラは、驚きのあまり口をポカンとあけてしまう。


そこには、たった今までシェーラが思い出し悔やんでいた相手――――レオが立っていた。

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