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生まれた疑念をバランディに伝えるべきか否か、シェーラは逡巡する。


(皇族の目の光なんて言っても、バランディさんは、きっと信じないわ。自分が皇族の血を引いているとは知らないみたいだし――――なにより、なんでそんなことを“私”が知っているのかって話になるわよね?)


シェーラは田舎町の女工だ。

ちょっといろいろやらかして、バランディには普通の少女扱いされていないような気もするが――――しかし、間違いなく“平民の町娘”なのだ!


高位貴族以上の身分の者しか知り得ない皇族の特徴を知っているのは、明らかに不自然だろう。


(……皇族ファンってことにすれば、案外いけるかしら? 私は、レオの――――皇太子の第三皇子の絵姿も見たことがあるって思われているんだし)


以前、工場の社長室でレオと会った時のことを、シェーラは思い出す。


(……ああ、でもそれでバランディさんに信じてもらえたからって、どうすることもできないわよね? 彼は皇族の血は引いていても、皇族の地位も権力もないんだもの。……シシルにどんな事情があるのかわからないうちに、バランディさんを巻き込むのは危険だわ。……伝えるなら、きちんと対処できる力を持った相手じゃなきゃ)


思い悩むシェーラの頭の中に、豪華な金髪と澄んだブルーの瞳を持つ、完璧な美貌の青年の姿が思い浮かぶ。


(レオ……メラベリューの文官だって名乗っていたレオは、今もメラベリューにいるのかしら?)



シェーラがそう思った、その時――――



左右に木立の並ぶゆるやかな斜面を、馬車が上りきった。


「着いたぞ」


バランディの低い声と同時に、ブワッと吹いてきた風が、二人の髪を(なび)かせる。


見下ろす視界いっぱいに――――緩やかに流れる大河と、緑あふるる大地。青空を背景に遠くかすむ山々の大パノラマが広がった!


大河の両岸には、ピンクの小さな花を咲かせる樹々が、今を盛りと咲き誇っている。



「……っ!」



シェーラは、思わず息を呑んだ。


それは、皇国中の絶景と呼ばれる景色を数限りなく目にしてきた女皇であったシェーラでも、感動するほどの美しい景色だった。



「……ここに連れてきたかった」



馬車を止めたバランディが、静かに話しだす。


「ここは、俺の気に入りの場所なんだ。……ここに来てゆったりと流れる川を見ていると、どんなに絶望している時でも、自分の悩みとか迷いとかが小さく思えてくる。……この景色の前では、数十年も数百年も……きっとあっという間だ」


まるで己に言い聞かすような言葉に――――シェーラは、小さく頷いた。


シェーラの前世である女皇ヴァレンティナは、二百五十年を生きて死んだ。

皇族としては、少し短い一生だったが、普通の人間から見れば十分長い時だろう。

そのヴァレンティナから見ても、目の前の光景は、壮大で……全てを凌駕して、美しかった。


彼女(・・)には、バランディの気持ちが、よくわかる。




「……俺は、“好きな女”が、……一生を共にしてもいいと思えるような相手ができたら、ここに連れてこようと、ずっと思っていた」



続いたバランディの言葉に、シェーラは目を見開いた。

驚いて、隣に座る男の顔を見上げる。


バランディは、幸せそうに笑っていた。

大きな手が、シェーラの頬に伸びてきて、そっと触れる。



「俺は、お前に惚れている。お前となら、ずっと一緒に同じ景色を見ていられると思えるんだ」



低く静かな――――でも、熱のこもった男の声が、囁いた。



触れられた頬が、熱くてたまらない。

自分を見つめる真剣な目から、顔を逸らしてうつむきたいのに……できずに、黒の中の金に、シェーラは魅入られた。



「……お前の心が、まだ俺の方を向いていないことはわかっている。…………だから”俺を見ろ”。俺をお前の視界の中に入れてくれ」



ほてった耳に告げられる男の懇願は、とても小さな願いだった。


「……見、見るだけでいいの?」


戸惑いながら聞き返せば、バランディは艶やかに笑う。


「ああ。そういった対象として見てくれさえすれば、俺は、必ずお前の心を捉えて(・・・)みせるから」


目の前の男は、自信満々にそう言った。




(……どこまで傲岸不遜なの?)


呆れながらも、シェーラはバランディの願いを断り切れない。


(『俺を好きになれ』とか、『俺と結婚しろ』とかなら、問答無用で断れるのに!)






「…………見るだけなら」


結局、シェーラは頷いた。


彼女の返事を聞いたバランディは、それまでの艶やかさを一転――――くしゃりと顔を歪め、嬉しくてたまらない少年みたいな笑顔を見せる。


(は、反則だわっ!!)


シェーラの胸は、ドキドキと高鳴った。






大河から吹きあがる爽やかな風が、二人の間を通りぬける。


風に乗った花びらが、ひとひらシェーラの髪に落ち、それを取ったバランディは、花びらにそっと口づけた。


川は滔々と流れていく。




この日、ゲンの船は川に現れなかったが、シェーラにそんなことを気にする余裕がなかったことは、言うまでもない。

桜の季節ですね。

皆さま、お花見はされましたか?

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