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すぐさまシェーラは、バランディに抗議しようとした。
しかしその前に、彼女の父が声を上げる。
「バランディさん、それは――――」
父のセリフを全て言わせず、わかっていると言うようにバランディは片手を上げた。
「カミュさん。もちろん、俺の提案は、どうしてもというわけではありません。――――この家は、あなたの城だ。小さいが居心地が良くて、あなたたち家族がこの家を愛していることがよくわかる。……あなたたちの思い出がたくさん詰まった家を出て一緒に暮らしてほしいなどと、俺には言う権利もないし、そのつもりもない。――――ただ、将来の選択肢のひとつとして覚えておいてほしいだけです。……俺には家族がいませんからね。賑やかな大家族は憧れだったんです。……一緒に暮らせれば、嬉しいと思います」
どこか寂し気な笑みを浮かべ、バランディはそう言った。
シェーラの父は、あっという間に表情を曇らせる。
「そ、そうか。あなたには、家族が――――」
善良な父の心の中は、今、バランディへの同情でいっぱいになっているのだろう。
(あざとすぎるでしょう!)
シェーラは、ギロリとバランディを睨んだ。
傲岸不遜を絵に描いたようなこの男が、家族を恋しがっているなど、今まで聞いたことがない。
(絶対あり得ないわよね!)
シェーラにとっては自明の理、火を見るよりも明らかなことだ。
ムカムカしていれば――――
「……お姉ちゃんと、ずっと一緒に暮らせるの?」
シェーラのすぐ隣から小さな呟き声が聞こえてきた。
陶然としたその声は、レクスの声だ。
「レ、レクス? ……あ、そういえばパミュたちは?」
やけに静かな幼い弟妹を見れば――――二人は、モグモグモグとサンドイッチを食べるのに一生懸命になっていた。
(……………………)
バランディを恩人と奉り、なおかつ彼の寂しい(?)環境に同情たっぷりの父。
姉とずっと一緒の未来図にうっとりしているすぐ下の弟。
わかりやすく食い気に嵌っている小さな弟妹。
(…………このままじゃダメだわ)
シェーラはそう思った。
なんとかしなければバランディの思うままだと思った、その時――――リビングのドアが開く。
入ってきたのは、両手に父とレクスのお弁当を持った母だった。
「あらあら、ずいぶん先走った話をしているのね? キッチンまでよく聞こえたわよ」
クスクスと笑う母に、バランディはバツが悪そうな顔をする。
「申し訳ありません。つい気が急いてしまって」
母は、笑いながら首を横に振った。
「いいえ、別に怒っているわけではありませんわ。いつも冷静沈着なバランディさんにも、こんな面があるのかと驚いてはいますけど」
お弁当を父とレクスに渡しながら、母はバランディから目を離さない。
そのまま言葉を続けた。
「紳士なバランディさんが、まず親である私たちや家族の了解を得ようとする気持ちは、よくわかります。……けれど、それより先にやることがあるのではないですか?」
母はそう言いながら、シェーラの肩に手を置く。
「あなたは、まだこの子に自分の口から伝えていないのでしょう?」
“何を”と、母は言わなかった。
あらかじめバランディに事情を聞いていたのかもしれないし、シェーラの様子を見ていて気づいたのかもしれない。
母の責めるような視線を受けて、バランディは「まいったな」と苦笑した。
「おっしゃるとおりですね。外堀ばかり埋めても、肝心の本人に告げられなければ、何もはじまらない」
母は、フワリと微笑んだ。
「生意気言ってすみません。……でも、私はこの子の母ですから、この子の幸せを何より願っているんです」
「ママ――――」
外見に反しバランディは、母や父より年上だ。
しかも両親はバランディに助けられた恩がある。
そのバランディに意見をするのは、母にとって、とても勇気のいることだっただろう。
それでもシェーラのために、母は言ってくれたのだ。
シェーラは、ジ~ン! と感動する。
その余韻に浸っていれば――――母が、シェーラの肩に乗せたままだった手に力を入れ、娘をドン! と突き飛ばした。
「へ? あっ……きゃっ!!」
突き飛ばされた先はバランディのところで、素早く椅子から立ち上がった男はシェーラをなんなく受け止める。
ついでに言えば、彼が膝に抱っこしていたはずの末弟は、いつの間にか父の膝の上へ移動させられていた。
(早業すぎるでしょう!?)
混乱しながらシェーラは心の中で叫ぶ。
「ということで、早めにデートに出かけて告られてきちゃいなさい。ハッピーな報告待っているわよ!」
明るく母はそう言った。




