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しかし、見直したとはいえ、それは本当にちょっとだけのこと。

だからと言って、シェーラがバランディに気を許したわけではない。


(だいたい急に訪ねてきて、パパやママたちを味方につけるなんて……姑息だわ)


母は、バランディとシェーラが一緒に出かけるようなことを言っていたが――――冗談ではないと思う。


あの(・・)バランディさんが、まるっきりの善意でこんなことするはずないもの。きっと他に“目的”があるはずよ!)


シェーラは真剣に考えこむ。



――――同時に、自分が“何か”を忘れているような気がした。


バランディが、急にこんな行動に出た理由につながる“何か”を、自分は知っているような気がするのだ。


(……なんだかとてもショッキングな話だったような気がするんだけど? ……驚天動地っていうか? 天変地異っていうか? それくらい動揺したような気がするわ?)


ただその後、シシルの間諜疑惑に驚いて、すっかり頭から飛んでいってしまったのだ。



――――いや、飛んでいかせたと言うべきか。



なんだったかなぁ? と、悩むシェーラのすぐ横に、弟のレクスがやってきた。



「……お姉ちゃん」


「なあに?」


昨年シェーラより身長が高くなった弟を、彼女は見上げる。

レクスは――――泣き出しそうな顔をしていた。



「お姉ちゃん、あの人と結婚(・・)するの?」



「へ? ……へ、えぇっ? ……へっほっん!?」


驚いたシェーラは、言葉にならない叫び声をあげた。

レクスは悲痛な顔で頷く。



「だって……あの人、うちに来た時に、パパとママにお姉ちゃんと『結婚したい』ってはっきり言ったんだ。『少なくとも自分はそのつもりでいる』って。――――お願いだよ、お姉ちゃん! 結婚なんてしないで!!」



レクスは真剣にそう頼んできた。

その言葉を聞くと同時に、シェーラは忘れていた“何か”を思い出す。



(そ、そうよ! 確か昨日、シシルが、バランディさんが『()を好き』だって、言ったんだわ!!)



思い出した途端、頬がカッと熱くなった。


(わ、私ったら! どうして、こんな重要なことを忘れていたの!?)


自分で自分が不思議だが、事実だから仕方ない。


きっとシェーラは無意識に、この情報を聞かなかったことにしようとしたのだ。

そうでなければ、いくらシシルの諜報員疑惑が衝撃的だったとはいえ、誰より結婚願望の強いシェーラが、自分に好意を寄せる人の情報を忘れるはずがない。


(だって……信じられないんだもの! バランディさんが『()を好き』だなんて、あり得ないわ!)


バランディと出会ってからの自分の行動を、シェーラは思い出してみる。


(全然好かれる要素がないじゃない!)


今までシェーラは好みの男性に対して、できるだけ普通(・・)の少女として接してきた。

可愛らしい言動を心がけ、相手の好みに合わせて振舞っていたのだ。

特に三人目の本屋の息子にフラれてからは、相手のプライドを傷つけないよう自分を抑えたりもしていた。


しかし、バランディに対しては、そんな気づかいをまったくしなかったのだ。

ほぼ素の自分を出していたと言ってもいい。


("あれ"で私を気に入るなんて、おかしいでしょう?)


そんなことあり得ないと、シェーラは思う。

熱くなった頬を冷ますこともできず、バランディを見た。



彼女の視線を受け止めたバランディは、ニヤリと笑う。


「……レクスくんだったかな? 残念だが、君の"お願い"は叶わない」


バランディはシェーラを見ながら、彼女ではなくレクスに対し話しかけた。

レクスは、キッとバランディを睨み返す。


「なんで!?」


「この町の女性のほとんどが、十四、五歳から結婚相手を決めはじめて、遅くても二十歳になる前には嫁ぐのが常識になっているからだ」


バランディの言葉は真実だった。

だからシェーラは婚活しているのだし、レクスもそれを知っている。


「結婚相手が“俺”かどうかはともかく、君のお姉さんは、あと数年の内には結婚して家を出て行く。……そうだろう?」


最後はシェーラに向かってバランディは聞いた。


シェーラは――――小さく頷く。

ここで嘘をついても仕方ないからだ。

レクスは、この世の終わりのような顔をした。


バランディは、笑みを深くする。

今度はしっかりレクスの方を向いた。



「そこで提案というか、君に知っておいてもらいたいことがあるんだが――――俺の家は、かなり広いんだ」



「え?」


レクスはポカンとしてしまう。

シェーラも意表を突かれた。


今の話のどこに、バランディの家の広さが関係あるのだろう?


驚く二人にかまわず、バランディは話を続ける。


「俺は別に家なんて大きくなくてもいいんだが、商売柄“はったり”ってやつも必要でね。無駄にでかい家には使っていない部屋がいくつもあるし、敷地内に別館も建っている。……それこそ、君の一家が丸々引っ越してきても(・・・・・・・・・・)大丈夫なくらい広い家だ」


バランディの言葉に、レクスはハッ! とする。


「――――君はお姉さんと、いつかは別々に暮らさざるを得ない。……だが“俺”なら、君たち家族ごと俺の家に引き受けることができる。もちろん夫婦のプライベートは守らせてもらうが……同じ屋根の下で暮らしてもらってもいいし、別館に住んでもらってもかまわない」


レクスの顔は、パッと明るくなった。


「お姉ちゃんとずっと一緒にいられるの?」


「ああ、俺と結婚すればな」


バランディは力強く頷いた。



シェーラは、ワナワナと体を震わせる。



(……なっ!? 何を勝手なことを言っているのよ!)



心の中で叫んだ。

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