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あらためて言うまでもないことだろうが、シェーラの家は小さい。

当然リビングも狭く、四人用のテーブルに大人用の椅子が二つと子供用の椅子が四つ、壁際に置かれた小さな食器棚でいっぱいいっぱいになる部屋だ。


(いい加減、私も子供用の椅子じゃキツいんだけど)


いつもそう思いつつ子供用の椅子に座るシェーラなのだが――――今はそんなことを言っている場合ではなかった。


シェーラの家の狭いリビングの大人用椅子の一つに、堂々とした美丈夫が妙に馴染んで座っている。

それは言わずと知れたバランディで、今日の彼は、いつも着ているスーツではなくカジュアルなシャツとパンツといった格好だった。


(どこからどう見ても、お洒落な若者にしか見えないわ)


そのバランディの前の席に、シェーラの父が嬉しそうに座っている。

バランディの膝の上には、シェーラの一番下の弟が口をモグモグさせながら抱っこされていた。

弟の小さな両手には、シェーラの家では滅多に食べられないローストビーフがたっぷり挟まったサンドイッチが握られている。

見たことのないかごに入ったサンドイッチは、きっとバランディの手土産だろう。

いつもうるさいくらいにおしゃべりな末弟が、一心不乱にもくもくと食べる姿からは、サンドイッチのおいしさが、うかがい知れた。



「ああ! ずるい! パミュも! パミュもそれ食べる!」


バランディにお礼を言うのだと言っていた妹は、お礼なんてそっちのけで弟のサンドイッチに手を伸ばしている。


「これは、可愛いレディだ。……さあ、どうぞたくさん召し上がれ」


今まで見たことがないくらい優しく微笑んだバランディは、サンドイッチの入ったかごを持ち上げパミューラに差し出した。

すぐさま大喜びで、パミューラはサンドイッチにかぶりつく。


「おいひぃ! ……ありがと! お兄ちゃん!」


満面の笑みを浮かべて喜びを表す妹は……最高に愛らしかった。




(……すっかり懐柔されているわ)


そんな弟妹の様子に、シェーラは頭を抱える。

唯一、すぐ下の弟のレクスだけは警戒心もあらわにバランディを睨んでいた。

しかし、はじめて会うはずのお客さまに対してこの態度なのは、これはこれで問題かもしれない。



「やあ、おはようシェーラさん。昨日はうちのシシルがお世話になったね」


そんな中、シェーラを見たバランディが、爽やかに笑いかけてきた。


(……胡散臭い)


シェーラは思わずそう思う。

しかし、まさかそう言うわけにもいかなかった。

それに、挨拶をされればきちんと返すのがシェーラの流儀だ。


「おはようございます。バランディさん。……なんだかいろいろいただいたようですね。――――ありがとうございます」


シェーラはペコリと頭を下げた。

自分が頼んだわけでは一切なかったが、大喜びしている弟妹や母の手前、礼を言わないわけにもいかないだろう。


バランディは、満足している猫のようにうっすらと目を細めた。

黒い目の中の金彩が、キラリと光る。



「ああ、シェーラ! やっと来たのか。バランディさんが待ちくたびれていたぞ」


ドアに背を向けていたためシェーラに気づかなかった父が振り返り、上機嫌に声をかけてきた。


「待ちくたびれてはいませんよ。カミュさんや可愛い子供たちと楽しくお話させてもらっていましたからね」


「バランディさんにそう言ってもらえるなんて……俺は、幸せ者だ!」


シェーラの父は、社交辞令でもなんでもなく本気で感動しているようだ。

シェーラは、ポカンとしてしまう。



「……パパは、バランディさんを知っているの?」



町の市場で人夫として働く父は、真面目でお人好し。清貧を絵に描いたような人物で、間違ってもバランディ悪徳(・・)商会と関係があるようには見えない。

それなのに、いったいどこで父とバランディは知り合っていたのだろう?


頭に?マークを飛ばすシェーラに苦笑しながら、父は説明してくれた。



「バランディさんは、俺の――――いや、俺たち市場で働く人夫たちの恩人(・・)なんだよ」



それは、シェーラが産まれる前のこと。


――――当時、町の市場で働く人夫たちは、ただでさえ低い賃金を、市場を管理する役人にピンハネされて困窮していたという。

そこにバランディが現れて、狡猾でなかなか尻尾を掴ませなかった役人を罠にはめ、悪事を暴き追放したのだそうだ。


「バランディさんが助けてくれなかったら、俺も妻も、子供をつくろうなんて思えなかっただろう」


「あれは別に皆さんを助けようと思ってやったことではないですよ。あの役人は商会にとって邪魔な存在でしたし、それにその過程で、うちもかなり儲けさせてもらいましたからね」


感謝の眼差しを向ける父に対し、バランディはそんな必要はないとばかりに、首を横に振る。


「それでも、俺たちがあなたに助けられた事実は変わりない」


「大袈裟ですよ」


飄々としてそう言った。


シェーラの父は、眩しそうにバランディを仰ぎ見る。


「あなたは、あの時もそう言って、俺たちから礼のひとつも受け取ってくれなかったな」


「礼をされるようなことではないですからね」


静かに微笑みながら、男たちは話し合う。




思ってもみなかった話の内容に、シェーラは意表をつかれた。


(……え? バランディさんって、ひょっとして正義の味方なの?)


そんなことではないのだろうなとは、シェーラもわかっている。


その時は、たまたまバランディと、シェーラの父との利害が一致しただけの話だ。

バランディ商会が悪徳商会なのは変わりなく、シェーラの働く織物工場が潰されかけた事実は消えてなくなりはしない。


(でも、そう言えば……バランディ商会は、金持ちには容赦しないけれど、貧乏人にはわりと良心的だって聞いたことがあるわ)


それだって、利益の大きい金持ちからは厳しく取り立てて、利益の見込めない貧乏人には手をかけないだけなのかもしれない。



それでも――――



ちょっとだけバランディを見直したシェーラだった。

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